午前中の仕事を終え、東京駅で待ち合わせたヒカルとアキラは予め指定席を取ってあった新幹線で大阪へ向かった。 到着したのは陽が落ちる少し前。日没が早くなったと新幹線の窓からくすんだ空を見上げて呟くヒカルに、隣のアキラがそうだねと頷いていた。 大阪駅ではいつものように社が二人を迎えに来てくれていた。相変わらず頭ひとつ飛び出た分かりやすい目印に向かって手を振るヒカルと、一歩後ろで感慨深げに微笑を浮かべるアキラ。 二人を見つけた社は、一瞬顔をぐしゃっと顰めかけて、すぐに笑顔で弾き飛ばした。 「ちょっと乗り継ぎ悪いんやけどな。ま、静かで居心地ええで。角部屋やし、隣が先月引越したから騒いでも大丈夫や」 再会の喜びを分かち合うのも束の間、さくさくと新居に案内しようとする社の後ろでヒカルが空腹を訴える。 「な、お前ん家行く前になんか食ってかねえ? 俺腹減ってるんだけど」 「進藤、まだ四時だぞ。新幹線の中でお菓子を食べていただろう」 「あんなん腹の足しになるかよ。仕事終わらせてすぐ駅に向かったから、昼飯おにぎり二個しか食ってないのに」 「充分じゃないか」 心の底から呆れた、というように目を丸くして窘めるアキラに、不貞腐れた顔を向けるヒカル。 先導していた社はそんな二人を振り返って、実に嬉しそうな苦笑いを浮かべた。 それじゃあ先にどこかで茶でも、と社が頭の中で近場の店を検索し始めた時、ポケットに入れていた携帯電話が震えたのだろう、びくんと肩を揺らした社はポケットに手を伸ばした。 「もしもし? あー、オカン」 人が賑わう駅構内のため、周りの雑音に負けじと社は声を張り上げる。その大声が可笑しくて、ヒカルとアキラは顔を見合わせて笑った。 「あん? ああ、もう分ーっとるって、そのうち帰るわ。俺かてそこそこ忙しいんや」 社は左耳に携帯電話を当て、右手の人差し指を右耳に突っ込んでいる。周りの音を遮断しようという試みだろうが、そのために本人の声が不必要に大きくなってしまっている。 少し離れていようかと二人が人目を気にし始めた時、社とどうやら彼の母親らしい会話の雰囲気が若干変わった。 「周りうるさくてよう聞こえんわ。今? 駅や。なんでって……、今日な、友達来てんねん。ホラ、知っとるやろ、アイツや、塔矢。前うち来たやろが。それから……ああ!? なんやて!?」 突然驚いたように更なる大声をあげた社に、何事かと二人も眉を顰める。 「んな、急に……! ……せやけど、もう一人いるんや。それもアホみたいに食うやつやで。あー、そいつも同じ年やけど……でもなあ」 社は何やら困った顔をしながらちらりと横目でヒカルを見た。その視線で、「アホみたいに食うやつ」が自分であることを悟ったヒカルはむっとして目を据わらせる。 「あー、もー、うるさいな。ちょい待ち。おかんはともかく、こいつらの都合もあるんやから。」 そんな断りを入れてから耳に当てていた携帯を離した社は、二人に向かって申し訳なさそうにこんな提案を申し出た。 「あんな、うちのオカンがな、夕飯だけでも食ってけってうるさいんや。オカン、塔矢がお気に入りやったからこっち来てんなら連れて来いって喚いて喚いて……嫌なら何とかして断るけど」 きょとんとしたヒカルとアキラはお互いに顔を見合わせて、状況判断に数秒を要した。少し考えた後、先に口を開いたのはアキラだった。 「ボクは構わないけど。でも、突然お伺いしてご迷惑じゃないのか?」 「あーそれは全然や。男三人いるって教えたら張り切って飯作る、言うて」 次にヒカルが興味津々といった様子で答える。 「それってお前の実家ってこと? 面白そうじゃん。塔矢も行ったんだから、俺も行ってみたい」 「ええんか? まあ、飯食うだけなんやけどな。お前ら、ほんまにええんか?」 早口で二人の同意を確認した社は、小さくため息をついてから改めて携帯電話を握り直した。 「もしもし? んじゃ、これからそっち行くわ。夕飯食ったら俺んとこ戻るからな。あんま長居でけへんで。……ああ、じゃ」 通話を切った社は二人に向かって肩を竦め、すまんとまず一声謝った。 「最近あんまうちに連絡入れてなかったから、たまには帰って来いってうるさくてかなわんのや。おまけにお前もいるって口滑らせたもんやから、」 社がすっと指した指先をアキラが釣られるように見つめた。 「『なんでもっと早く言わんの!』ってな。オカン、お前を息子と同じ人種やと思っとらんからな」 母親の声を真似た社にアキラは苦笑し、隣のヒカルはじっとりとアキラに意味ありげな視線を送った。 「へーえ、お前、どんだけ愛想振りまいてきたの? ったく、外面いいんだからよ」 「失礼だな。普通だよ」 アキラが憮然として答えるが、ヒカルは信用した訳ではないようだった。 「お前、うちに顔出す時もムチャクチャ澄ましてるもんな。うちの母さんもすっかりやられてんだぜ、コイツの外面の良さに騙されて」 「騙しているつもりはないぞ。人聞きの悪いこと言わないでくれ」 そんなささやかな痴話喧嘩に軽く体力を削られつつ、懐かしいやり取りに苦笑した社は、そうと決まったらさくさく行こうと方向転換を決める。どこの店にも寄らずにすぐに私鉄の改札に向かおうとしている社の背中に、慌てたヒカルが声をかけた。 「あ、待てよ、だから俺腹減ってるって」 「極端なオカンやからな、行ったら死ぬほど食わされんで。それよりさっさと行かんと、遅くなったら引き留められたら困るからな。早いとこオカンを満足させたらんと」 真顔できっぱりと告げた社に口答えできず、不満げな顔で後をついていくヒカルの隣で、アキラがやれやれと肩を竦めた。 社の実家に向かう途中、電車に揺られながら改めて三人はぽつぽつと会話を交わす。帰宅ラッシュが始まりかかっている車内はそれなりに人が多く、三人は座ること無く扉の傍で手すりに掴まっていた。 「違和感あったのは最初の一ヶ月だけやな。今はもうすっかり慣れたで。一度一人暮らし始めたら実家暮らしに戻るの厳しいな」 四月から始まった社の一人暮らしも半年以上になり、元々家事が得意だった彼にとっては自炊も苦ではなく、自由な生活を満喫しているのだという。ヒカルはそんな社の話をフンフン頷きながら興味深く聞いていた。 「遅く帰っても気ぃ使わんでええし、早起きして弁当作ることもないしな」 「弁当って?」 ヒカルの問いかけに、社は事も無げに答える。 「妹のや。うちのオカン、朝ムチャクチャ弱いねん」 「い、妹ってあの子の? 美冬ちゃんだっけ? すげえ……お前、すげえヤツだったんだな……」 大袈裟に驚くヒカルに対して社は眉を顰めたが、隣のアキラは慣れた様子で軽く首を横に振ってみせた。 「進藤は家事のできる人間はみんな尊敬対象なんだよ。ボクなんか最近神様扱いだ」 「だってコイツすげーの! コイツの作るシチュー、半端なくウマイんだぞ!」 「あれだけ作れば腕も上がるよ」 「や、俺絶対無理! すげえよな、料理できるヤツはホント人間じゃない」 興奮したヒカルとうんざりしたアキラの噛み合わない会話を聞いて、社はぽかんと口を開ける。 確かに見るからにヒカルは家事がダメそうだが、隣のアキラだって元々は酷かったはずだ。腕が上がったのは良いことだが、それにしてもヒカルの反応がちょっと大きすぎるのではないだろうか。 ヨリを戻して再びアキラのマンションに通い始め、今度は料理を手伝ったりもするようになったのだろうか……? ――まさかヒカルがアキラのところへ転がり込む準備を進めているとは知らず、社はあれこれ考えては首を傾げていた。 |
Maybe〜と凄く構図が被ってしまった……
ちょっと無理のある展開ですけど気にしない。
今回は伏線もそこそこ貼ってごった煮みたいな話ですが
18〜19歳のまとめも近いのでどうぞさらりと流して下さい。