すらりと伸びた足、腕。長さがあるくせに細すぎないそれが不自然ではないのは、見合った長身がバランスをとっているからだった。 顎のラインで切り揃えられた黒髪は相変わらずだが、表情は五年前より随分大人びて、軽く伏せた眼差しが実に穏やかだった。緩く両端を吊り上げた口唇の形の良さは、ギャラリーの女性をうっとりとさせている。 切れ長の瞳が瞬きをする度、柔らかそうな睫毛がぱちぱちと揺れる。傍の誰かに話し掛けられ、彼は静かに微笑んだ――周囲からほう、とため息が漏れた。 「いや、大人になったねえ、塔矢アキラ」 「五年前でも充分だったのに、まだ光る余地があったとは羨ましいね」 すぐ後ろにいた年配棋士の会話を耳にし、ヒカルははっと意識を取り戻す。 放心している場合ではない。確かにあまりのオーラの放出振りに一瞬魂を抜かれてしまったが、あそこにいるのは帰国を待ちに待ったヒカルのライバル、塔矢アキラなのだ。 気を取り直して今度こそ、塔矢、と声をかけようとヒカルは息を吸い込んだ。しかしその寸前、 「トウヤ」 別の凛とした声が響き、またもがくりとヒカルの勢いは削がれてしまう。 邪魔をするのは誰だ、と顔を上げたヒカルの目に、アキラに続いてエレベーターを降りてきた見覚えのある男の顔が映った。 再びギャラリーがどよめく。 アキラに負けないどころかやや上回る長身で革靴を鳴らし、その隣にモデルのような佇まいで並んだ男。 真っ直ぐな鼻筋や薄い口唇といった顔を象るパーツはそれぞれ美しく、特に際立って光を放つ瞳には豪華な睫毛がびっしりと生えて重力に逆らっていた。 整った顔立ちは優男風だが、背が高いだけではない、肩幅の広さからも意外にがっしりとした身体つきが伺える。それでいてさりげなくスーツを着こなす様子が絵になり、どんな男でも彼を見て劣等感を感じずにはいられないだろう――今現在隣に立って遜色のないアキラを除いては。 「高永夏だ」 「え? あの?」 ざわざわとロビーが揺れる。 韓国のトップ棋士、高永夏。ヒカルたちより二つ年上の彼は現在二十四歳、その若さですでに韓国では四冠となり、国際棋戦での活躍も目覚しい。最早囲碁を嗜む人間で彼の名を知らない者はいないだろう。 その高永夏が、何故か帰国したアキラの隣に堂々と並んでいる。二人の桁外れの美形が揃った様はあまりに迫力がありすぎて、周囲の人間は彼らを取り囲んだ状態のままうかつに声をかけられずにいた。 情けなくもそのうちの一人に成り下がっていたヒカルは、しばし異様なオーラを放ち続ける二人にぼけっと見惚れていたが、いきなり背中を殴られて慌てて振り返る。見れば和谷が呆れた顔をして立っていた。 「何やってんだよ、早く話しかけろよ。ぼーっとしやがって、なっさけねえなあ」 和谷の言葉にヒカルはむっとして、殴られた背中を擦りながら口唇を尖らせる。 「い、行くよ、これから。永夏もいたからちょっと驚いただけだ」 「そんなこと言って、ビビってんじゃねえの〜? あいつら、どう見てもお前よりデカいしな」 目を細めてにやりと笑った和谷の言葉にヒカルは声を詰まらせる。 確かに遠目にも二人は随分と背が高く見える。180センチはゆうに越えているのではないだろうか? その上他の追随を許さない美形で、棋力はお墨付き。人を評価する上での全ての項目にAランクが輝きそうな二人を前に、ひょこひょこと出て行くのには勇気が必要だった。 しかし和谷に馬鹿にされたままで黙ってはいられない。何よりも、ヒカルはずっとアキラと逢うのを楽しみにしていたのだ。ここでギャラリーに混じってぼうっと見ているだけで、気づかれずにアキラが行ってしまったら何のためにここまでやってきたというのか。 ヒカルは意を決して一歩踏み出した。――そうだ、俺だってこっちじゃ王座だ。こいつらに引けなんか取らないはずだ。ヒカルは自分にそう言い聞かせながらずんずんと彼らに近づき、ようやくその名前を口にした。 「塔矢」 永夏に顔を向けていたアキラが振り返る。そしてヒカルの姿を認めたのだろう、僅かに目を大きくして優雅に微笑んだ。 「進藤、久しぶり」 その優しくも美しい笑顔に思わず胸が高鳴る。が、案の定向かい合ったアキラはヒカルよりも目線が上で、ヒカルはアキラを見上げて一瞬たじろいだ。 (デカい……!) 恐らく身長差としては五センチ程度のものなのだろうが、足が長く顔の小さいアキラの頭身のバランスが実際の身長よりもずっと彼を長身に見せていた。 おまけに間近で見るとアキラの整った顔が一段と美しく見える。五年前はこんなにいい男だっただろうか? 呆気に取られて口を開けたヒカルだったが、覚えていたものより少し低いとはいえ、耳に届いたアキラの声には懐かしい響きがあった。そのことに安堵し、肩の力を抜いて、久しぶりと応えようと口を開いた瞬間、 「シンドウ?」 ひょいっとアキラの横から顔を出した永夏に、条件反射でヒカルは眉間に皺を刻んでしまう。 永夏は北斗杯で二度当たり、結局二度とも勝てなかった宿敵だ。 同じ韓国棋院の洪秀英と共に、北斗杯終了後に碁会所で打った時はヒカルも勝ったことがあるが、秀英が言いにくそうに「今のは本気じゃなかった」と永夏の言葉を翻訳したりして、あまり気持ちの良い勝利とは言えなかった。 その永夏が、当然とばかりにアキラの隣にいるのはいい気がしなかった。これまで充分アキラを独り占めしてきただろうに、何故この男までのこのこついて来ているのか。文句を言いたくてもヒカルは韓国語が分からない。 アキラは永夏に顔を向け、何事かぺらぺらと話した。永夏もアキラにぺらぺらと話し、ちらりとヒカルを横目で見てふっと鼻で笑った。 思わずヒカルはむっとする。何を言っているか分からないが、馬鹿にされたような気がする――そんな内心をありありと表情に出してしまったのだろう、ヒカルを見たアキラが困ったように微笑んだ。 「永夏はキミに久しぶりに会えて嬉しいと言っているよ」 「……そんな感じに聞こえなかったけど……」 「本当だよ。……久しぶりだな。元気そうで良かった」 ふてくされるヒカルに、アキラはすっと手のひらを差し出した。一瞬戸惑ったヒカルは、にっこり笑っているアキラの笑顔に後押しされて、おずおずとその手を握り返す。アキラの手のひらは随分と大きく感じた。 ふいにぐいっとアキラが仰け反り、手は離れてしまう。永夏がアキラの肩を引っ張ったようだ。 二人は何かを早口で話し、永夏は少し機嫌が悪そうに、アキラはそれを窘めるような顔で、ヒカルの知らない言葉を話し続ける。 呆気に取られているヒカルを取り残し、今度は記者たちが我も我もとアキラと永夏を取り囲む。日本棋院の若手トップと謳われる進藤王座を押しのける勢いで、ヒカルはあっという間に輪から弾かれてしまった。 輪の中央では、アキラが落ち着いた様子で記者からの質問に応えていた。当然のように永夏にも質問の矛先が向いているようで、時折通訳をしながら間を取り持っている。 場慣れしたその雰囲気に誰もが感嘆のため息を漏らしていた。 ヒカルといえば、弾かれたまま輪の外でぼんやりとアキラを眺めているのみで、近づこうにも人垣に阻まれて叶わない。 間抜けにも口を半開きにしたまま突っ立っていたら、いつの間にか後ろに来ていた和谷がぽんと肩を叩いてきた。 「日ぃ改めたほうがいんじゃね? あの調子ならしばらく解放されねえだろ」 肩を竦める和谷に、ヒカルは苦い表情を見せながらも渋々頷く。 せっかくアキラと逢えたのに、ろくに話も出来ずに終わってしまうのは残念だが、ヒカルにも時間の都合がある。あの集団が散らばるのを待っていたら日が暮れてしまいそうだった。 ――でもまあ、帰国したんだから。これからはずっと日本にいるんだから、いつでも逢えるよな…… せめてもの慰めにそんなことを考えて、後ろ髪引かれつつもヒカルは棋院のロビーを後にした。最後に振り返った視界の中央で、アキラはギャラリーに向かって柔らかい微笑を湛えていた。 |
久しぶりに格好良いとされるアキラさんが!(初めて?)
実はアキラ+永夏のセットが結構好きだったりします……
ちなみにアキラさん183cm、永夏185cmの設定。
差はそれぞれ数センチですが顔ちっちゃくて足長い人って
すげーでかく見えるよね、ということで御勘弁を……
(あんまりデカくしすぎてもコワイと思ったので……)