ヒカルの訴えにアキラは目を見開いて、次いで顔を真っ赤に染めた。どうやら心当たりがあったのか、それは、と一言反論しかけたまま肝心の言葉を続けられずにいる。 じっとアキラを睨みつけるヒカルの目には、十代半ばに受けた傷は今でも痛んでいると言いたげな恨みが積もっていた。 「それだけじゃねえ。お前、こうも言ったんだ。」 俺さ、さっき植村先生に進藤くん可愛いって言われちゃった。年上にウケるタイプだって。 ――無理無理、キミみたいに子供っぽい奴が年上の相手なんてできっこない。騙されて捨てられるのがオチだ。高望みしないで現実を見ろ、恋愛なんか諦めろ―― 「恋愛なんか諦めろとは言っていない! ボクはただ、年上じゃなくてもいいんじゃないかと……!」 真っ赤な顔でそこまで捲くし立てたアキラだが、はっと何かに気づいて瞬きをした。 「まさか、それでキミは年上の女性とばかり付き合っていたのか?」 ヒカルはアキラを睨みつけたまま答えない。しかし薄ら耳が赤くなっているのを見ると、どうやら図星のようだ。 「……一度じゃなかったんだ。お前、何度も俺のことそうやってバカにしたんだ。だから俺、絶対お前見返してやるって思って……お前にダメ出しされた方法で成功してやるんだって……」 ヒカルは絞り出すように、悔しそうに鼻に皺を寄せながらぽつぽつと漏らした。 ぽかんと口を開けていたヒカルの言葉を聞いていたアキラは、何度か瞬きしてその内容をよく噛み砕いた後、気を取り直すように髪を振って負けじとヒカルを睨みつけた。 「そんな! そんなことを言うなら、キミだって……」 たまりかねたという感じでアキラが吐き出した鬱憤もまた、ヒカルが遡った頃と時を同じくした十年ほど前。 イベント先のホテル、いつも一人部屋かせいぜい二人なんだ。ボクくらいの年の棋士は大抵大部屋に詰め込まれているのに。 気を遣わなくてもいいって今度事務局に伝えておこうかな。ボクも大部屋に一緒でいいって。 ――ばっか、お前それは気遣いじゃねえよ。お前空気読めねえし、話も面白くねえし、大勢ん中突っ込んだら超白けるじゃん。事務局が余計に困るようなこと申出るんじゃねえぞ―― ヒカルを真似たアキラの寒々しい口調に負けず、ヒカルの顔が一気に青くなった。 ヒカルもまたアキラの言い分に覚えがあるようで、うっと言葉を詰まらせた後には奇妙な唸り声を微かに漏らすのみ。 アキラはそれだけじゃないと、拳を握り締めて熱っぽく続ける。 「さっきキミが年上云々の話をしていた当時。そもそもボクがこう言ったんじゃないか……」 さっきの取材? 半分は囲碁に関係ない話題だったな。 年の割に落ち着いてるとか、まあいつものお世辞だよ。今回はいちいち恋愛関係に持っていかれてしつこかったかな。 ああ、付き合うならどういうタイプがいいのかとか、そんな感じ。年下が似合いそうですねって言われたよ。大人びてるから、うまくリードできそうですねって…… ――リード? お前に出来る訳ねえじゃん。話っつったら囲碁ばっかで、女の子ドン引き間違いなし。年下だったら今時の女の子だからな〜、お前みたいに気の利かないタイプは相手にしねえだろ。悪いこと言わないから誰かと付き合おうなんて考えないほうがいいぞ―― 「そ、そこまで言ってないだろ! 俺は年下は面倒だぞってアドバイスしてやっただけじゃねえか……!」 青くなった顔でフォローを試みたヒカルだったが、話の流れから何かに気づいたようで目を丸くした。 「お前、ムキんなって年下とばっか付き合ってたのって……まさかそのせいなのか?」 ヒカルの問いかけにアキラは一度口を噤み、躊躇いながらもぼそぼそと言い訳するように口を開く。 「キミがあんまり酷い言い方をするから。ボクだって囲碁以外の話もできることを証明したくて……そ、それなのにキミはボクに会うたびに空気が読めない、無理だ、やめろと繰り返すばかりで」 ヒカルが気まずげに眉を垂らす。アキラも昔を思い出したのか、苦渋に顔を顰めたまま黙ってしまった。 二人は複雑な表情で睨み合っていたが、その間にもお互いの言葉を頭の中で繰り返していたらしく、やがて少しずつ追求された事柄に対してフォローを入れ始めた。 「……ボクは、あんまりキミがいろんな人と親しくするから……それ以上交友範囲を広げないでほしい、と思っただけで……」 「お、俺、周りのヤツらがお前に寄ってくんの……ヤだったから。それで、牽制もかねてちょっと大袈裟に言っただけだ……」 「キミが余計なことを吹き込まれて、年上にしか興味がなくなるのは嫌だったんだ。そりゃあ確かにキミは上の人に可愛がられるタイプだけど、だけどそれは年上に限った話ではなくって、ぼ、ボクだって」 「お前、ただでさえ大人っぽいのに年下ばっかり相手にしたら、お、俺の入る隙間ねえじゃん。絶対モテまくるから。落ちやすそうな年下なんか狙わないで、もっと、その、身近なところをだな……」 アキラの顔を侵食していた赤は、最早首まで達している。一方最初こそ青い顔をしていたヒカルも、今ではしっかり真っ赤に茹で上がっていた。 二人の語尾が徐々に小さくなり、相手を見ていた目は睨むというより様子を伺うような上目遣いに変わっている。 ちらちらと視線を絡め合い、先ほどとはまた違った気まずい空気を、アキラがわざとらしい咳払いで払拭しようとした。 「ゴホン! ……えーと……、……さっき、キミ……嫌いじゃないって、言った、よね」 「お、お前こそ、嫌いなんて言ってないって……言ったよな」 「つまり、嫌いじゃないとは、ど、どういう意味だ?」 「お前だって、嫌いじゃないなら何なんだよ。い、言えよ」 「……キミが先に言え。そしたらボクも言う」 「ふざけんな、お前が言え。それなら……俺も言ってやる」 「キミが先だ」 「お前だよ」 「キミだ」 「お前だ!」 再び掴み合いになりそうな不穏な空気が漂いかけたが、顔を真っ赤に染めて迫力も何もない二人はついに開き直ったようだった。 「だったら言ってやるよ、俺はお前が好きなんだよ! ガキん頃からずっと! ずーっと!!」 「ボクだってキミがずっとずっとずっと好きだったんだ! キミよりもずっと前から! ずーっと前から!!」 「嘘つけ、俺のが先だ!」 「いいやボクだ! ボクはずっとキミを見てた! だからキミに喜んでもらいたくてあれこれ頑張ったのに、キミはボクの好意を全部突っぱねて……!」 美味しい店を見つけたんだけど、食事に行かないか。ボクがご馳走するから。 ――なんだよこの店、俺こんなカッコですげー恥かいたじゃん。料理の名前も読めねーし、食った気しねえ。ラーメン屋行く―― 「お前こそ俺の純情踏みにじったじゃねえか! お、俺がどんな想いでお前にラブアピールしてたと思ってんだ!」 こ、これさっきもらったクッキー。お前、食えよ。 ――パサパサしていて焼きが足りないな。部分的にやたらと硬いし……どこの素人が作ったんだ? こんな微妙なものより、うちでよく買ってる洋菓子店のクッキーのほうが断然美味しいよ。 「そりゃ生地作ったのは母さんだけど! あれ、型抜いたの俺なんだからなっ! 弄くってるうちになんか油出てきてボソボソしちまったけど、一生懸命型抜きしたんだからな! 素人で悪かったな! 微妙で悪かったなっ!」 「キミが作った!? そんなこと一言も言わなかったじゃないか!! ぼ、ボクはてっきりキミがファンにもらったクッキーを押し付けたんだと思って……!」 「言えなかったんだよ! お前があんまりボロクソに言うから!」 「渡す前に言え! そ、それならボクは絶対に最後まで食べたのに……!」 「味で気づけバカ野郎! 愛が足りねえんだよ!」 「分かるか! それを言うならボクだって、恥を忍んで緒方さんにデート向きのお店を選んでもらったのに、キミがあんなにけなすからフォローのしようもなかったんだ!」 「で、デートって、ばっかやろ、ちょっとその辺で飯食おうぜみたいなノリで誘うからだろ! 大体最初っからあんな偉そうなとこ選ぶなよな! 分かんだろ普通!」 「ボクはいつだって真剣だったんだ! 適当なところで済ますなんて考えられなかったんだ!」 何かの箍が外れたかのように、二人は完全に熟れた顔で恥ずかしい言葉の応酬を続けた。 相手の攻撃にいちいち照れながら、照れ隠しに更なる暴露で応戦するといった、部外者にとっては脱力すること間違いないやり取りは数十分も交わされただろうか。 そろそろ手駒もなくなったのか、ネタに困った二人がふと沈黙を作ってしまうと、それまで勢いのみで培っていた空気はぺしゃんと力を失くす。 残ったのは恥ずかしさに震える成人男性二人だけで、ヒカルもアキラも自分たちが置かれている状況に激しく身悶えながら、肝心な結末をまだ迎えられていないことに気づく。 要するに、全ては誤解だったのだ。相手の自由を抑止しようと投げた言葉の裏を解されず、ダメージばかりを負わされたと勘違いした二人は自分が嫌われているものと思い込んだ。 言い返せば更に辛辣な言葉が返ってくる。ムキになった結果だと受け止める余裕は幼かった二人にはなく、言い返される度に口論はエスカレートした。 そのうち、顔を合わせればいがみ合うようになっていたのだ。一言言わなければ気が済まない。こんなに好きなのに、大きく逸れた方向に全力で突き進んで。 |
げえどんな乙女っぷりだ。
このアキヒカ175cm↑希望。夢を見たい。