カラコロと慣れない下駄が歌う。 ヒカルは覚束ない足取りで隣を歩くアキラに遅れまいとした。そんなヒカルにアキラは柔らかく微笑んで、歩幅を狭めてくれる。 袖から斜に白から黒へとグラデーションの入った布地に、上品な青磁色の藤模様が優雅なアキラの浴衣はヒカルよりも大人びていて、その着こなしに何人も女性が振り返る。そんなアキラが誇らしくも、やはり少し心配になってしまうヒカルだった。 ヒカルに浴衣を着付けた後、自らも手早く浴衣を着付けてあっという間に支度を終えたアキラ。 (塔矢の浴衣姿、カッコいい) 本人を前にしては決して言えない言葉を頭の中で呟く。 伝えてあげればきっとアキラは喜んでくれるだろう。素直になれないくせに、カッコいいアキラを独占したい我儘な自分がいる。 (このまま二人で行けたらいいのに) 律儀なアキラの足は真っ直ぐ神社に向かっているけれど。 「今日は花火、ないかな」 ふいにかかるアキラの声に、見惚れていたヒカルの心臓がどきんと音を立てた。 「え? あ、えーと……どうだろ」 「今なら落ち着いてキミと花火を見られる気がする」 「……?」 アキラの言葉の意図が分からず、少しヒカルは眉を寄せた。 そんなヒカルに、アキラは目を細めて笑うだけ。 真意を測りかねて、ヒカルがどうしたものか困ってしまったとき、ふとアキラの足が止まった。 「塔矢?」 アキラは指先をこめかみに当て、少し硬い表情で目を閉じた。 「どうした? 具合、悪いのか?」 「いや……なんでもない。ちょっと立ちくらみ」 そう言って笑うアキラの額が微かに青い気がする。 ヒカルは慌ててアキラの腕を引っ張った。 「バカ、お前やっぱり疲れてんだよ! 帰ろうぜ、無理して行くことないって」 「大丈夫だよ。ホントにちょっとくらっとしただけだから」 「ダメだ、俺あかりに電話すっから」 「もう少しキミと歩きたいんだ」 アキラの苦笑いにヒカルははっと息を呑んで、そのまま赤くなる。 「長居はしないから。彼女たちと少し歩いたら、帰ろう。一緒に」 青い笑顔はきっぱりとしている。ヒカルは何も言えなくなり、心配そうな眼差しこそ隠せなかったものの、アキラに促されることにした。 ――それなら、二人でこのままどこかに行っちゃおうよ。 その一言が素直に言えたら、自分たちはもっともっと幸せになれるかもしれないのに。 ヒカルは夢の中にいるような目でアキラの揺れる黒髪を見つめながら、ふらふらとその後をついていった。 「ヒカル、可愛い!」 開口一番のあかりの言葉にヒカルはむっとする。 「可愛いとはなんだよ。カッコいいじゃねぇのかよ」 自分の姿を見下ろして、確かに可愛い柄だけど、とヒカルはふてくされた。 「ヒカルのは可愛いよ。カッコいいのは塔矢くん」 あかりがヒカルとアキラを交互に見比べて、満足気に告げた言葉に女の子が全員頷いた。 「コイツは特別。俺単体だったらカッコいいだろ」 「どうかな〜?」 あかりとやり合っていると、ふと後ろにいたアキラがちょい、とヒカルの浴衣の袖を引っ張った。 振り返ると、バツの悪そうな顔をしたアキラがヒカルの目を避けるようにあらぬ方向を見ている。 (ああ……、そうか) ヒカルは理解した。――あんまり仲良くするな、と言っているのだ。 (なるほど、こうやって意志表示すればいいのか) 先ほど恥ずかしそうに「嫉妬した」と告げたアキラを思い出し、ヒカルはひっそり微笑む。そうだ、自分も気になったらちゃんとアクションを起こせばいいのだ。そうしたら些細な誤解なんて生まれない。 ヒカルはちょいちょいとアキラの浴衣に触れ、大丈夫だと合図を送る。 (だって俺、お前にベタ惚れだもん) そこまで伝わったかどうかは分からないが、安心したようにふっと笑うアキラの口元がキレイで、ヒカルもまた安堵した。 集まった女の子はあかりを入れて五人。全員華やかな色とりどりの浴衣を着て、髪も結い上げている。あかりの水色の浴衣もよく似合っているなとヒカルは思った。 美咲を見ると、淡い紫の浴衣の裾に華やかな蝶が舞う、大人びた柄を美しく着こなしていた。先ほどは下ろしていた髪をアップにして、覗くうなじは文句なしに色っぽい。 アキラとこんなことになっていなかったら、ヒカルも一瞬そそられてしまっただろう。彼女の控えめな微笑はどうにも男心をくすぐるのだ。 でも、指導碁を打っていた時のように不安になったりはしない。 アキラは、ヒカルを見ている。 ヒカルだけを見ていることが、今は分かる。 あの熱い胸に抱かれて、優しいキスをもらえるのは自分だけ。涼しげな瞳が熱を帯びるのも自分を見つめる時だけ。 愛されているって、嬉しくて苦しい。 ぞろぞろと七人の浴衣集団が神社の境内を横切ると、露店に群がる人々も思わず振り返る。 やはり目立つだろう。女の子の浴衣姿は珍しくなくても、浴衣を着た男性はそれほど見られない。 おまけにアキラはまるで普段着のようにさりげなく浴衣を身に着けていて、歩き方にもソツがない。ヒカルは普通にしているつもりだが、時折すれ違う人にクスクス笑われるのは蟹股だからなのだろうか。 (下駄って歩きにくいなあ) 見ると、あかりを含めて女の子たちはミュールやサンダルを履いていた。あれなら足が痛むことはないだろう。 (でも浴衣にスニーカーってのも変だろうし) ヒカルは鼻緒に挟んだ指の間がちりちり痛んできたのに気づいてしまった。絆創膏なんて持ってはいない。しかし足が痛いと騒いでしまったら、楽しげな雰囲気を壊してしまう。ヒカルはひっそりと痛みに耐えた。 思った以上に、集団でのお祭りというものは楽しかった。 全員でカキ氷を買っていろんな味を食べ比べたり、たまに行列のできている露店にヒカルが使いっぱしりをさせられたこともあったが、お祭りの浮かれ気分も相伴って純粋に楽しんでいるヒカルがいた。 しかし、天候のほうはあまり機嫌がよろしくなく、少し早めに夜が訪れてしまったかように黒い雲が広がっている。 「降りそうだな」 見上げたアキラが呟いて、女の子たちを見渡す。傘らしきものは持っている様子がないのを確認して、アキラは残念そうに微笑んだ。 「雨が降る前に解散しようか」 ええーと五人が不満の声を漏らす。 ヒカルは内心の喜びを隠しつつ、アキラに加勢することにした。 「お前ら傘ないんだろ。このままじゃ降るぞ、マジで」 「ならヒカルが傘買ってきてよ」 ムチャクチャ言うなよ。ヒカルはあかりを睨んだが、あかりは怯まない。 それどころか、何かアイコンタクトでヒカルに促しているようだ。 (あ……) ――ねえ、ヒカルも協力して? あかりの言葉が蘇り、身震いした。 そうだ、そもそも自分とアキラを誘ったのは、美咲とアキラをどうにかするためではなかったか。 ヒカルがそのことを思い出した時、女の子の一人が突然行動に出た。 「じゃあ、帰る前にお参りしていこ、塔矢くん!」 緑の浴衣の女の子がアキラの腕を引っ張り、黄色い浴衣の女の子が美咲の手を取る。 あ、と口を開けたヒカルの腕を、あかりが取った。 「ヒカル、もうちょっと出店見ていこ!」 あかりにぐいっと引っ張られ、ヒカルは仰け反る。踏ん張った足に鼻緒が食い込んで思わず顔を顰めた。 離せ、と口にする前に、最後の黒い浴衣の女の子がヒカルのもう一方の腕を取って、そのまま無理やり走らされる。 アキラもまた、女の子に引き摺られて呆気に取られたまま、驚いた顔がヒカルから遠ざかっていった。人込みが彼らの姿をあっという間に飲み込んでいく。 (ちょっと待て――!) 大胆かつ唐突な女の子のパワーの前に、二人は完全に引き離されてしまった。 |
要するに、浴衣のアキヒカが書きたかったわけです……
この年頃の女の子って強い。コワイものナシ。
女の子の結託って血託って感じがする。
それが崩れた時がコワイけど。