TEENAGE EMOTION






「ミスコン……?」
 ヒカルは目を丸くして、耳慣れない言葉を反芻するように聞き返した。
 定例の生徒会会議にて、近く開催される学園祭の催しについて話し合っていた時。
 学園内での「ミス・コンテスト」を行ったらどうかという意見が出されたのである。
 ヒカルが驚いたのは、その意見が他でもない塔矢派の筆頭飯島の発言であるということだった。
 塔矢派の連中は、育ちのいい人間が集まっているせいか、文化と伝統に重きを置いて奇抜なことには手を出さない。それこそ、女性の優劣をつけるコンテストなど、くだらないと一蹴しそうなものだが。
 進藤派と呼ばれる委員たちも同じように思ったらしく、微かに会議室がざわめいた。ヒカルは隣のアキラにちらりと目線だけ向けた。アキラはいつも通り無表情だが、わずかに眉が寄せられた気がする。
「今年は我が海王学園も五十周年の記念すべき年ですから、少し華やかな催しもあったほうがいいかと思いまして。もちろん学生らしく、品位と節度を保ったコンテストにするべきだとは思いますが」
 飯島が指先で眼鏡を押し上げながらすらすらと説明する。
 ヒカルは狐に摘まれたような顔をしつつも、異論があるわけではなかったのでどうしたものかと辺りを見渡す。
 和谷を筆頭に、それぞれ進藤派の面々も奇妙な表情をしているが、食って掛かる人間もいないようだ。確かに飯島の言う通り、多少華やかな催しがあったほうが人を呼び込むことができるだろう。
 そして、進藤派の人間は基本的にお祭り騒ぎが大好きだった。
 ヒカルは反対意見が出ないことを確認し、多少躊躇いつつも、
「まあ……俺は別にいいと思うけど」
 素直な感想を口にした。
 アキラは黙っている。彼にとってミス・コンテストとは不本意なものかもしれないが、もしアキラが反対してしまえば、塔矢派筆頭の飯島の顔を潰すことになってしまう。アキラは否定しないことで、暗黙の了解を示すことにしたようだ。
 ヒカルの好意的な意見を聞いた飯島は、どうやら相当詳細までコンテストの内容を練りこんでいたらしく、次々にどのように催すかの説明をし始めた。それにかかる予算、準備期間、人手、全て計算の上で細かく説かれ、混乱したヒカルはもういいと飯島を遮る。
「いいよ、じゃあそれはお前に全部任す。誰か異論あるヤツいる?」
 会議室が静かになる。不思議な空気だが、これで全員が飯島の出したミスコン案に賛成したことになった。


 会議終了後、残ったアキラは会議室の傍から人の気配が消えたことを確認し、おもむろに口を開いた。
「飯島君の今日の案……どう思う?」
「どう思うって……いんじゃねえの? 珍しく面白いこと言うじゃんって思ったけどさ」
 尋ねられたヒカルは、率直に思ったことを告げた。
 アキラはやや渋めの表情で、何やら考え込んでいるようだ。
「なんだよ、本当は反対だったんだろ? 女性を見世物にするな! とか何とか言いたかったんだろうけどさ」
「いや……ボクが気にしてるのはそんなことじゃない。彼が何故突然あんなことを言い出したのかが気になるんだ。今までそういった企画が上がった時、彼はことごとく叩き潰していたからね。」
「まあ、そういやそうだなあ……」
 飯島は塔矢派の中でも特に頭の固い人間で、世俗的なことには全く感心のない、それどころか嫌悪の対象とする男だった。
 これまでの学園祭に関する会議でも、進藤派が提案した様々なアイディアを飯島は常に跳ね除けていた。学園祭につきもののバンド演奏やショーなどは厳しく制限を設け、少しくらいハメを外しても構わないと思っている和谷などと激しくぶつかり合う毎日だった。
 その彼が、大衆ウケしそうなミスコンを勧める理由は確かに分からない。
「何か企んでないといいけど」
「企んでって、なんだよそれ。飯島はお前んとこの筆頭じゃん」
「それはそうだが、彼はキミのことをよく思っていないから。何かイベントに穴を開けて、キミの顔を潰すつもりかも……」
「まさか。学祭のイベントに穴開けるったら、ウチのガッコの名前が傷つくんだぜ。学園命のアイツがそんなことするかよ、学園祭なんてお偉方もいっぱい来るんだしさあ。それに、アイツの作ってきた企画書完璧だったぜ」
「……取り越し苦労ならいいんだけど……」
 まだ心配そうな表情を崩さないアキラを安心させるよう、ヒカルはにやっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「でも、俺の顔に穴が開いたらお前の天下じゃん? 副会長」
 アキラは肩を竦めて苦笑する。
「表向きにはそうかもな。でも、ボクは今のポジションが気に入ってる」
「そうなの?」
「対外的にはナンバー2でも、裏で実権を握ってるのが好きなんだ」
 その言葉にヒカルは咽せて、少々憮然とした顔になる。
「どうせ俺は何の役にも立ってませんよ」
「そんなことないよ。実際に人を魅きつける力があるのはキミだ。キミのカリスマ性がなければ生徒たちはまとまらない」
「お……おい、どこ触ってんだよ」
 つらっとした顔のまま、アキラの不埒な手がヒカルの腰に伸びてくる。ヒカルが思わず逃げようと身体を引くが、アキラの腕は悪びれずに追ってきた。
「キミの行動力……キミの明るさ……キミの笑顔……、キミが思っているよりずっと、キミは魅力的だよ……。表立ってキミをサポートできないのが悔しいくらいに」
「で……でも、いっつも、助けてくれるじゃん……あ……」
「影でコソコソね。たまに、もう何もかもぶちまけたくなる時があるよ」
 するするとヒカルの身体を這っていたアキラの手が、ふいに強くヒカルを抱き寄せた。
 そのまま深く口付けられて、一瞬息の止まったヒカルは苦しげに眉を歪める。
 口唇が離れ、呼吸を乱してヒカルが見上げたアキラの目には、すでにしっとりと艶が帯びていた。
「き……昨日、キツいやつしたじゃん……」
「うん。でもボクは、毎日だってキミが欲しい」
「バカ……」
 頬を赤らめ俯いたヒカルの顎を掬い、アキラは優しいキスを仕掛け、徐々に舌を絡めてヒカルの四肢から力を奪う。
 ヒカルの腕がアキラの背中に伸びるまで、それほど時間はかからなかった。




 ***




「あー、ムカつくぜ飯島のヤツ」
 口を食べ物でいっぱいにしながら、もごもごと和谷が憤る。
 昼時、生徒で賑わう学生食堂はどこもほぼ満席だが、ヒカルと和谷と伊角が座るその一角はやんわりと距離を置かれていた。さすがに生徒会の役員が三人も座っていれば、近づこうとする一般生徒も少ないようだ。
「アイツ、ミスコンなんて言って結局はウチのスポンサー連中とお近づきになりたいだけじゃねえか」
 和谷の物怖じしない発言に、伊角は苦笑しつつも軽く辺りを警戒した。いくら生徒会のメンバーとはいえ、権力のある人間の陰口が周囲に伝われば立場が悪くなる。
「まあ、確かにおかしいとは思ったよな。飯島がミスコンを提案するなんて」
「そうだよ、やっぱあん時何でも理由つけて反対しとくんだった!」
 ヒカルは二人の会話をぼんやり聞きながら、昼食のラーメンをすする。
 飯島に担当を一任したミス・コンテストの詳細が、つい先ほど一般生徒に向けて公開されたのだ。
 勿論生徒会長であるヒカルは事前にその内容に目を通してはいたが、具体的にどういうものなのかは理解していなかった。要するに、適当にさらりと斜め読みして終わっていたのである。
 ロビーに貼り出されたミス・コンテストの知らせは全校生徒の注目を集めた。
 すでに数人の女性の写真と簡単なプロフィールも添えられ、あでやかなそのポスターには次のような詳細が書かれていた。

 学園祭の前日まで、現在候補として写真を掲載されている女生徒の一般投票を受付け、上位五人が本選で争う。
 本選では、ダンス・英会話・マナーチェックの他、自由に特技披露、質疑応答の時間を設ける。なお、本選出場者はダンスパートナーがいることが必須条件。
 本選は学園祭最終日、学内ホールにて。

「あそこに載ってる女たち、生徒会推薦とかって言ってよ、みんな大企業のお嬢様ばっかりじゃねえか」
「今日から一週間、追加で参加者を募集するそうだが、あの面々を見て応募しようって気にはならないだろうな」
「そうだよ、大体ダンスに英会話にマナーチェックだって? そんなもん一般生徒がマスターできるわけねえじゃん。つまり、ミスコンと見せかけてコネを売っとこうって魂胆だろ」
「そうなると、本命は日高グループのお嬢様かな。あそこは世界中に拠点を持っているから……」
 ヒカルは黙って二人の会話を聞いていた。
 正直、ヒカルは和谷のように腹立たしい気持ちにはならなかった。
 飯島の目的が和谷の言う通りなら、アキラが心配したようなことは起こらないだろう。
 ミス・コンテストだろうが、日本を代表する企業の娘自慢になろうが、無事に学園祭が終了できればそれでいい。出場者は限られることになるだろうが、それでも華やかさはあるだろう。
「まあ、いいんじゃねえ? どうせ見に来るのは偉いおっさんばっかりなんだ。大和撫子に夢見てるようなさ。学園祭が成功すれば何でもいいよ」
 ヒカルがさっぱりした口調でそんなことを言うと、和谷は気が削がれたような複雑な表情になった。
「なんだよ、進藤。生徒会長らしい発言しやがって」
「どういう意味だよ。あ、分かったぞ。和谷、あのコンテストじゃ奈瀬が出れないから怒ってんだろ!」
「バッ……! ち、違ぇーよ、バカ!」
 ヒカルと伊角は真っ赤になった和谷を見て笑い、その楽しげな様子を周りの生徒たちが遠巻きに伺っていた。
 学園祭まであまり日がない。これから忙しい日々が続くだろうけれど、その分よい学園祭になればいいとヒカルは願っていた。
 ――キミのカリスマ性がなければ生徒たちはまとまらない――
 アキラはああ言っていたが、実際生徒会にどれだけ貢献できているのか怪しいところだ。ヒカルがすることと言えば、何か問題が立ち上がった時に面白可笑しい提案をしてアキラとぶつかり、後からアキラに良案を授けてもらってそれを実行する、その程度である。
 せめて学園祭では生徒会長として、できるだけのことはしよう。皆に喜んでもらえるような、楽しい学園祭になるといい――
 ヒカルは気合を込めて拳を握り締めた。






この世界では和谷も伊角さんも飯島くんも奈瀬ちゃんもみんな同じ年。
でも伊角さんを呼ぶ時はみんな「さん」付け。
パラレルって素晴らしいなあ。