TEENAGE EMOTION






 目の回るような忙しさを経て、準備期間も終わり――
 学園祭が開催されて三日目の最終日。
 連日、どの催しも盛況で、海王学園第五十回学園祭は来校者が過去に例を見ないほどの数字になった。
 その分生徒会の役員たちも忙しく走り回らなければならなかったが、生徒会長であるヒカルは充実感を感じていた。
 あと一日で学園祭が終わる。実質、生徒会長としての主な仕事はこの学園祭がラストだった。
 アキラや他の仲間に助けられながら、無事に任期を終えられそうで、ヒカルはほっと息をついていた。
 最終日の目玉は飯島が企画したミス・コンテスト。それさえ終われば、後は閉会式まであっという間だ。
 ヒカルは自分に割り当てられた貴重な休憩時間で昼食をとるため、生徒会会議室の扉を開いた。
「おう、進藤」
「和谷、伊角さん」
 会議室では先客の和谷と伊角が弁当を広げていた。見たところあらかた食べ終わっているようだった。
「進藤、これから休憩?」
「ああ、三十分しかないけど。その後ミスコンの審査やるんだ」
「ちえ、いいなあ審査員の仕事。俺も伊角さんも、この後講堂で閉会式の準備なんだよ」
「仕方ないだろ、割り当て決まってんだから。時間いいのか?」
 ヒカルが促すと、和谷は腕時計を見下ろしてやべっと声をあげた。
「のんびりしてらんねーや。伊角さん、行こう」
「ああ、審査員頑張れよ、進藤」
 ばたばたと後片付けをして、二人は慌しく会議室を去っていく。
 一人取り残されたヒカルは、さて、と肩の力を抜いた。
「俺も早いとこ食っちゃわないと……」
 今回のシフトは塔矢派の役員に任せたせいか、ヒカルを始め進藤派の役員には少々きつい配分になっているような気がする。
 ヒカルも分刻みのスケジュールで、この三日間ですっかりくたくたになってしまっているけれど、それもあと少しだと思えば力がみなぎってくる。
 まずは腹ごしらえして、最後の仕事に備えなければ……
 ヒカルが生徒会用に用意されている弁当が入った箱に近づこうとすると、ふいに会議室の扉ががらりと開いた。
 振り返ると、目出し帽を被って顔の分からない男が三人、明らかに怪しい風体で会議室の中に入ってきた。
「な……なんだお前ら」
 ヒカルが大声をあげるより早く、三人のうちの一人がヒカルに向かって突進してきた。
 身構える暇もないままみぞおちを強く殴られ、ヒカルはチカチカと目の前に散る火花を視界の中に追いかけた。
 それが意識を失う前の最後の景色だった。




 ***




 生徒会の副会長として、また塔矢グループの跡取り息子として、今回アキラには学園祭に招待されているスポンサー的存在の企業社長らの相手をするという厄介な仕事があった。
 さすがにこの役割は、たとえ生徒会長と言えどもヒカルには到底無理な作業だった。
 この三日間、肉体的な労働こそなかったものの、精神的には疲労がどっさり蓄積されたアキラは、ようやく三日目にして自由な時間を得ることができた。
 この後学内ホールで飯島企画のミス・コンテストが開催される。スポンサー連中は審査員として参加するため、久方ぶりに作り笑いから解放されたアキラは、難しい顔でふうと息をついた。
(……疲れた)
 本格的に父の跡を継いだらこんなものでは済まされないということは理解できるが、まだ十代のアキラにとって父親や祖父ほどに年の離れた御大尽の御機嫌取りをするのは苦痛だった。
 もっと大人にならなければ――そんなことを考えながら、アキラは疲れた身体を休めるため生徒会会議室へと向かった。
 人の気配のない室内、迷わず扉を開いて奥へ進むと、何かが床に落ちているのに気がつく。
「……?」
 無造作に捨てられたような携帯電話。少しごつごつしたアウトドア対応のこの携帯電話には見覚えがあった。
「進藤の……?」
 間違いないだろう、彼が好んでつけていた碁石のストラップもそのままだ。
 生徒会長ともなれば常に連絡をとりあいながら学園祭を仕切らなければならないのに、こんなところに落としていくとは。
 ひょっとしたら探しているかもしれないな。アキラは独り言を呟き、携帯電話を握り締めた。
 三日間、ほとんど口を聞くことはおろか、ヒカルと顔を合わせることもほとんどなかった。
 どうも進藤派のメンバーには少々きつめのシフト体制が組まれていたようで、彼らは常に走り回っている状態だった。
 申し訳ないと思いながらも、彼らの労を労うよりはヒカルに会えなかったことに寂しさを感じるアキラだった。
 ――学園祭が終わったら、ゆっくりヒカルと何処かに出かけようか……。
 学内では人目があり、まともに話すことも適わない。人前で常にいがみ合っているフリをしなければならないのも、最初こそ楽しんでいたが時が経つにつれてだんだん苦痛になってきた。
 以前ヒカルに言った通り、ヒカルは人を魅きつける不思議な力がある。
 あの笑顔にたまらなく魅了されてしまう。いつか自分以外にも、彼に魅かれてやまない人間が現れるのではないかと思うと、大勢の前でヒカルは自分のものだと叫びたくなってしまう――
 アキラは独占欲の強さに苦笑しながら、制服の胸ポケットにヒカルの携帯電話を忍ばせた。
 今頃、彼はミス・コンテストの審査員としてホールにいるだろう。
 終わった時間を見計らって、人目につかないようにこっそり渡してあげないと……
 アキラがそんなことを考えていた時、がらりと会議室の扉が開いた。
 振り返ると、生徒会の顧問的存在である緒方教頭が顔を覗かせていた。
「緒方教頭」
 咄嗟にさりげなく佇まいを正したアキラに、緒方は軽く手を上げてみせた。畏まるなという意味のようだ。
「今年は盛況のようだな。生徒会の評価もまずまずだ。御苦労だった」
「まだ学園祭は終わっていないので気は抜けませんが……ありがとうございます」
「ここにはお前しかいないな? ……丁度良い、少し気になっていることがあってな。一度話しておきたいと思っていた」
 アキラは思い掛けない緒方の言葉に瞬きし、不思議そうに首を傾げた。
「気になっている……とは?」
「ああ。実は……進藤のことなんだが」
 その名前を聞いた瞬間、アキラの表情がにわかに強張った。
 すぐにあからさまに反応を示してしまったことに後悔し、緒方の様子を伺う。
 緒方は肩を軽く持ち上げ、苦笑しているようだった。
「身構えるな。お前らが本当は犬猿の仲でもなんでもないことは分かっているさ」
 アキラがぎくりと身を竦ませる。
「な……何故……」
「周りのイメージに気を使ってるんだろうが、大人にはバレバレだ」
 バレバレだなんて気持ちの悪い言葉を使わないで欲しい。アキラは軽い現実逃避を謀ったが、ごまかしても無駄なのだろうということは理解した。
 ふうとため息をつき、開き直ったように顔を上げる。
「適いませんね。……それで、進藤のことで気になっていることとは何です」
「ああ。当初から怪んではいたんだが、お前達の会長選挙の時……不審な組織票が動いたという噂があってな」
「組織票……?」
 アキラは片眉を持ち上げた。
 聞かない話ではないが、本来組織票は権力のある人間が利用するものだと思っていた。
 最終的に票を一番多く集めて会長に選出されたのはヒカルだ。何の後ろ楯もないヒカルが、会長に選ばれたことこそ不正のない証ではなかったのだろうか?
「お前の支持派が、進藤が会長になるよう票を集めたという噂だ」
「ボクの……? ……まさか、そんな……」
 理解できない、というようにアキラは首を横に振った。
 アキラを支持する塔矢派は、揃いも揃ってヒカルに対して嫌悪感すら抱いている。そんな彼らが、なんの利益があってヒカルに票を集めるというのか。
 緒方はずり落ちた眼鏡を指先で押し上げ、やや険しい顔で続けた。
「理由は定かではないが、俺はこう睨んでいる。ヤツを会長にさせ、何らかの方法でそこから失脚させる……」
「あ……」
「我が校の生徒会役員ともなると、進学や就職には俄然有利になるが、問題を起こして失脚となればその影響力も凄いだろうな」
 アキラは目を見開き、そして青ざめた。
 ……あり得ない話ではない。そのくらい、やりかねないメンバーが揃っている。
 そしてはっと顔を上げる。
 突然ミス・コンテストの提案をした飯島。――もしや最初に感じた嫌な予感は当たっていたのでは?
 生徒会の任期ももうじき終わる。残された大きな仕事と言えば、この学園祭を成功させることだけ。
 その学園祭も、残すところ目玉企画のミス・コンテストと閉会式で終わってしまう。
 何かが起こるとしたら、その二つのどちらかしか考えられない。
 アキラは胸の携帯電話をポケットの上から押さえ、口唇を引き締めた。
「進藤を……探して来ます。今頃、ホールにいるはずですから」
「ああ、俺もアイツは気に入ってるんでな。頼む」
「ありがとうございました、緒方教頭!」
 アキラは頭を下げ、それから普段らしからぬ慌ただしい動きで会議室を飛び出した。
 胸騒ぎがする。もし、ヒカルの身に何か起こっていたら……
 アキラは廊下を風のように駆け抜けた。






自分で書いたのにあまりにバカバカしくて窒息しそう。
目だし帽てアンタ。
(リク戴いた話なのにすいません・真剣に馬鹿やってます)