- 寺 山 だ よ り -

東小学校の「職員地域研修会」
【No.1110】 2013年07月25日

 お隣の東小学校で「職員地域研修会」が開かれ「まほら秦野みちしるべの会」がその講師を務めた。 
 「少雨決行」、8時30分に先生方20数名を会員13人で案内開始。学校周辺の歴史的・文化的な価値のある碑や建造物を見て回った。
 そして10時から視聴覚教室で座学。「東地区の地名の由来と意味」を私が話す。相模、神奈川、秦野、そして東地区の大字名、更にはバス停の名称となっている小字の意味を知ってもらった。
 この研修会は、若い先生方や本校での在勤年数が少ない先生が多いこと。地域出身の先生もいない。それで地域を踏まえた授業を行うのに苦労している現実があるので開かれた。会員たちと談笑しながらの地域ウオークは、それだけでも意味があったと思う。何しろ、この日参加したわが会の会員の年齢層は50代が二人。他は60、70歳代なのだから。
 道祖神についてやや専門的な質問は私をとても喜ばせた。

【No.1109】 2013年07月17日

 7月12日のこのページを読んだtakumiさんからつぎのようなメールが届いた。

 武先生の徒然日記、大変嬉しく読ませて頂きました。今後とも末長くお付き合いできるよう、頑張ります! 期待していて下さい! takumi☆

広報紙復活 
【No.1108】 2013年07月12日

 昨日のPTA広報講座は一学期に発行された号の紙面クリニック。先生紹介と入学式が年度第1号の紙面の定番ではあるが、ていねいな取材と紙面づくりがなされているものが多く「褒めるだけ」のクリニック。
 特に私を嬉しくさせたのは、数年ぶりに広報が復活しその第1号がクリニックの対象として登場したことだった。
 題字は「広報ボランティア通信(仮)」となっているが、A4判・8ページ、企画もレイアウトも見事な広報紙である。しかも3人の有志で作成。
「経費はどうしましたか」と尋ねたら「広報委員会が無いので広報発行費はありません。でも広報紙を読んだ会長さんが『これからも出してほしい』と経費を捻出してくれた」とニコニコ。
 PTAの役員の中で広報委員は最も敬遠される。そして何かの理由で広報紙が消滅すると、その復活はなかなかむずかしい。だが会員の多くはPTA広報を通しての学校・子どもの情報はほしい、思っている。
 2人で動き出し、途中で一人加わり、できたこの広報。最終ページに「急募 年齢・性別・経験 問いません。パソコンできなくてもダイジョウブ。条件は只一つ『一緒に広報誌を作ってみたい人』まってま〜す」とある。精一杯応援したい。

いよいよ実働
【No.1107】 2013年07月09日

7月8日
 東中学校の広報委員会の活動に参加。きょうは『東中新聞』1000号に向けていよいよ取材活動に入る日。発行は10月15日。「発行日が守られない新聞は信用されない」と、まず伝えた。記念号なので、校外の取材も多いので取材するマナーを教えた。
 子どもたちの気持ちは高揚し始めている。指導に当たる3人の先生は新聞づくりの指導は未経験。それだけに、子どもたちと同じように不安もあるようだが、それを乗り越えようとする積極性を感じる。「後押しする」し甲斐がある。

嬉しい報告二つ
【No.1106】 2013年07月03日

 5月28日の日記に書いた(『エコー』303号参照)東婦人会3人の『ダンゴ焼き』の勉強会の成果は、6月30日の「東の里文化芸能発表会」で十分に表れたらしい。「小道具などにも力を入れたので寸劇は大好評だった」との電話を代表のKさんからもらった。「先生に見てもらえなかったのが残念」と言われてしまった。
 見本として貸し出していた壁新聞をC先生が返しに来た。小学校6年の担任になった今年、クラスで学級新聞の発行を始めた。「3号まで出ました。子どもたち、とても喜んで書いています。そのうち持ってきます」とにこにこ。Cさんは中学時代、新聞づくりで頑張った子。新聞づくりで彼女の得たものを、今度は自分のクラスの子どもたちに得させようとしている。

今週が山場だった なんとか乗り越えた
【No.1105】 2013年06月24日

6月23日
秦野青年会議所創立50周年記念事業「楽しいはだのみぃつけた ワクワク体験ツアー!」が上地区で行われ、100名を超す親子が自然や歴史に触れた。「まほら秦野みちしるべの会」はその中の「道祖神を見てまわろう」を担当。この道祖神巡りのほか、たけのこ採り、竹の伐採体験、水鉄砲作り、そして最後は採りたての竹の子を焼いて食べた。まほらの会の7名がお手伝いをした。
 私にとって今週が今学期の山場だったがなんとか乗り越えることができた。


6月22日
 午後1時55分から東中学校の「総合的な学習の時間」の授業を担当。全生徒を対象にした授業だが、保護者や地域にも公開されたので会場は体育館。聴講者はおおよそ300人ほど。
授業は「地名が語る東地区の歴史・文化」の第1回で「寺山地区(東中学校周辺)」。終わっての反省は毎回同じ。「もう少し余裕を持って話さなければ」。

 
6月20日
 10時に伊勢原市の「阿夫利睦会」の二人がわが家を来訪してくださった。「阿夫利睦会」は伊勢原から秦野に続く古道・大山道の整備を精力的に行っている。伊勢原側の道筋の主要な地点には道標も設置した。そして、秦野側の入り口に道標を立ててほしい、と私たち「まほら秦野みちしるべの会」にお願いにみえたのだ。「まほらの会」は4名(横山会長、小泉、野村さん、れに私)でお迎えした。軽トラには道標が載せてあった。
 表示板の部分は横95、縦35、厚さ5cmで栗の一枚板。「大山古道出入り口(坂本道)至 イヨリ峠 禊の大滝 大山町 所要時間80分」。柱は地中部分を含め2m。見事な道標である。
 睦会の会長磯崎さんとの出会いは、伊勢原で開かれた「おおやまサミット」の折。大山道に再度スポットライトを当てたい、という同じ思いがあったからだ。「まほらの会」が道標の設置を終えたときに両会がイヨリ峠に集まり、食事会をすることになっている。「できれば夏山の間に」と磯崎さんの言葉。
 
6月19日
秦野市P連情報委員会の「市P連だより」の企画・編集会議。80号は7月上旬の発行。担当のAグループは出稿に向けて紙面整理。81号を担当するBグループは企画の段階で「わが校の自慢」という特集を組む。「自慢」というカテゴリーをきちんと整理しておくことを助言。集まった12名は、私への質問、委員間での意見交換など活発。「学習意欲十分」と見た。


6月18日
 横須賀市PTA協議会の「広報委員指導者研修会」。参加は160人ほどか。各単Pの広報委員長や活動に積極的な委員の研修会なので質問が4件。終了後の相談も10件ほど出たので少しはお役に立てたのではないか、と思った。終わってから『軍港めぐり』というクルーズに参加。さらに鎌倉大仏に参拝。大仏の近くの長谷寺はアジサイのシーズン、さらに世界遺産のこともあり、午後4時過ぎなのに、車や観光客で大変な混雑。


納得の一日
【No.1104】 2013年06月16日

6月15日 
 8時過ぎ筍を採りに藪に入る。帰って来たのは9時過ぎ。収穫物を近所に届ける。そして野菜畑の手入れ。今年はキュウリが見事に育って大満足。11時にイオンに買出しに行っている妻を迎えにいく。帰り道、いつものお米屋さんでビールを買う。
 昼食は12時半。食事中にI先生が招請状を持って来訪。 食後1時間の休息(まどろむ)。これはいつもの通り。2時から来週の講座の資料の確認。4時半から夕飯の乾麺をゆでる。汁も作る。麺類が食べたいときは全てを自分でする。妻を台所に入れない。
 5時半から夕食。今日のビールは甘い。ラグビーの対ウェールズ戦を再放送で観戦。結果は7時のニュースで知っているので途中入浴。9時半に就寝。
睡眠薬代わりに枕元に本は置いてあるが「無用」。
 こんな生活が「年齢相応」と納得した一日。

PTA広報に子どもの写真を載せること
【No.1103】 2013年06月14日

 PTA広報委員会が校内で子どもたちの写真を撮ることの禁止。広報に使うことができる写真は教師撮影のもので教師の提供されたもの(現実には、広報委員会が「あの行事の写真を撮ってほしい」とお願いしても協力はほとんどしてもらえない)。子どもが誰であるかが識別できる写真は載せてはいけない。後ろ向きや小さな人影しか見えない写真が提供される。
 学校側のこれらの条件の根拠は「個人情報保護法」があるから、「子どもたちのプライバシーに関わるから」と説明がされたとのこと。
 「今年度から特にキツイ条件を付けられたので、広報委員のやる気は喪失。『広報は邪魔』、もしかしたらPTAはいらない、ということかもしれない」と当該Pの広報委員長さんは言う。
 この学校は個人情報保護法を正しく理解していない。個人情報保護法は自治会、町内会、サークル団体(PTAもこの中に入る)などには適用されない。

 昨日のPTA広報づくり講座で相談されたことである。

ワンツーフィニッシュ 
【No.1102】 2013年06月10日

6月7日
 午後3時過ぎ、秦野市P連情報委員長のOさんから「平成24年度の県PTA広報誌コンクール(この日は表彰式)」の結果の第一報が入った。
 県P会長賞 「みなみPTA」秦野・南中P
 県教育長賞 「西のいぶき」秦野・西小P
 「秦野がワンツーフィニッシュ。本町中も優良賞」と少々興奮気味の声。
 夜になり西小のIさんから電話。南中のKさんからメール。それぞれが入賞の喜び・感激を伝えてきた。『努力は人を裏切らない』

「東中新聞」 ただいま992号
【No.1101】 2013年06月05日

6月1日   
 午前中、畑でスギナと意地の戦い。あとからあとから芽をだす。それをシャベルで掘り出す。
 N中のP広報委員3人が来る。25年度の進路指導(公立高校の選抜方法の変更)の具体的な話を聞かせてもらう。中学校の先生たちの混乱、というより苦しさを知った。

6月2日
 ユウガオとアサガオを鉢に定植。まるで箱庭のような小さな世界だが、自前の種なので納得。
 昨日からタカフチ山から猟銃の発砲音が聞こえてくる。鹿の捕獲が始まったと新聞に書かれていた。捕獲と言っても「駆除」。「先生んチは藪で鹿を飼っているのかよう」と教え子に言われた。聞けば、ウチの竹林に鹿が数頭定住しているらしいとのこと。筍の季節だが、鹿にすでに試食されていることだろう。駆除は人と鹿(動物)の共存のためには仕方ないことだが。

6月3日
 本格的な農家のMさんがネギの苗を200本ほど持ってきてくれた。そして、植え方を教えてくれた。「二本ずつくっつけて植えな。お互いに成長し合おうと頑張るから」。私は、株間を空けて十分に養分がとれるようにと植えていた。「切磋琢磨」が成長には必要、ということらしい。
 3時半から東中の「東中新聞・発刊1000号」の企画会議に出席する。生徒も指導する先生も1000という数字に戸惑っている。求められるなら、できる限り協力したい。5月24日発行号が992。1000号は確実に近づいている。

入 梅
【No.1100】 2013年05月30日

5月29日
 大根中学校は地域の人を講師として招き「ふれあい講座」を年間3回開いている。もう10年以上継続されている。私はちょうど10年前にも招かれ、今回と同じような「新聞づくり」の講座をもった。
保護者7人を含め23人が参加してくれた。参加者がさまざまなので「新聞づくり」から少し離れ「新聞の役割、新聞の持っている力」に力点を置いた講座にした。
きょう、関東地方も入梅と発表された。OHCを使ったので窓を閉め、カーテンも引いたのでかなり汗をかいた。

5月28日
東婦人会の3人が道祖神のことを詳しく知りたいと訪ねてきた。ある会で地域の文化の一つとして道祖神祭り(どんど焼き)のことを発表するのだそうだ。
 3人に特にお願いしたことは、『ドンド焼き』という一般的な表現ではなく、秦野地方特有の『ダンゴ焼き』という言葉を使ってほしい、ということ。『目ひとつ小僧』の紙芝居も見てもらった。
 3人とはいろいろなところ―たとえばPTA広報づくり、地域めぐりの参加者としてなど―で出会っているので楽しい勉強会になった。
 

思いがけない出会い
【No.1099】 2013年05月22日

5月20日
中井町教育委員会の「広報紙づくり講座」。担当が替わって新採用のUさん。一生懸命さが初々しい。そのUさんが遠慮がちに言った。
 「母も先生のお話を聞いたそうです。なつかしがっていました」「あ、Uさんは地元の方ですか」「いいえ隣り町の大井です。私が中学生のとき、母はPTAの広報委員をやったのだそうです」。
 驚きと感激の私。「親子二代で話を聞いていただけるなんて光栄です。お母さんによろしくお伝え下さい」。
 Uさんの傍らに立っている上司が名刺を差し出す。笑顔だがやや緊張気味。どこかで見た顔! そう思いながら名刺を交換した。「そうだ、Kさん! 以前お父さんから聞いた、中井町に勤めているって」「四月から社会教育課に来ました。よろしくお願いします」。Kさんは東中時代の教え子。自宅は我が家から200メートルほどのところ。

 この日の講座で私が汗をかいたの気温のせいだけではなかった。充実した講座にした、と思っているが。

一週間
【No.1098】 2013年05月19日

5月18日
1959年に創設された教育懇談会「八八会」に私が参加したのは20年前。その会がきょうで解散。
 創設の目指すものと現会員の意識の違いが会の存続の意義を失わせてきたからだ。教育は時代を超えた確固たる信念の元で行われているのは確かだが、教育に関わる者の意識の変革は欠かせない。会を引っ張る会員の高齢化、そしてジェネレーションギャップ。そんな中での会の存続は難しいとも判断した。一抹の寂しさはあるが、会のメンバーとは「他の会でも会えるから」と、明るく別れた。

5月17日
寒川町でのPTA広報講座。会場へは電車で。JR相模線沿いに圏央道の一部であるさがみ縦貫道路が開かれ、街の風景も大きく変わりつつある。
 担当のYさんが私と出会ってから7年と言った。始まる前に「お久しぶりです。また戻ってきました。今年が最後です」と挨拶に来てくれたのFさん。私の講座には4回出席。終わってから早速相談。今年の活動に期待したい。

5月15日
 秦野市P連の広報講座。会場は文化会館の小ホール。参加者は300名弱。最前列に手話通訳士を伴って参加された方を見た。「PTAで“子育てご一緒に”」と話している私。このお母さんの姿に心が引き締まった。
 昨年度の委員さんなど20数名が激励?に来場。もちろん「今年も広報 やります」と、笑顔であいさつに来てくれた人もいた。

5月14日
 松田町の広報講座にはPTAだけでなく地域団体も参加される。体育協会のAさんは「7回目の参加です」と笑う。町の子ども館に勤めているKさんは15年前、中学校のP広報委員だった。そのときの経験を活かし、館の広報活動を頑張っている。
 そのKさん、講座の中で例示したPTA広報を見て「隔世の感。驚く。感心するばかり。刺激を受けました」と喜んで帰って行った。生まれ故郷の名品「桜海老」をお土産にいただいた。

5月13日
 鶴巻中学校生徒会広報委員会の「新聞作り講習会」に招かれた。私が最後に勤めた学校。あの頃とまったく変わらない校舎や校庭の風景に、懐かしさ、そして安堵感を覚えた。現校長先生は当時一緒に仕事をしたH先生。昔話に花が咲いた。
 生徒向けの講座だがPTAの広報委員も5名席に着いていた。終わってから会長さんが挨拶に見えた。「新聞づくりの話は初めてです。楽しかったです」と言ってもらえた。子どもたちもよく聞いてくれた。3年生のOさんが「先生の『新聞は読まれて、初めて完成』という言葉に感動しました」と言ってくれた。

5月12日
 還暦を迎えた教え子たちの同窓会に招かれた。千昌夫が歌う「還暦祝い唄」で挨拶。
 気がつきゃ何と 六十年よ 
 白髪こじわが 我が勲章さ 
 胸をたたいて 悠々と 
 も一度青春を呼ぼうじゃないか 
 今日はめでたい 今日はめでたい 還暦祝い唄 

 今日は[母の日」 参加者の数を気にしていた幹事だったが、同級生の半数近く・45名の参加。福島から参加のSさんから《除染》の現実を聞かされた。

P広報講座でのこと
【No.1097】 2013年05月10日

5月8日
 伊勢原市P連の広報紙作り講座でのこと。私としては珍しく上着をつけたまま話し始めたのだが、ヒートアップ。それで上着を脱ぎどこに置こうかと話を止めた瞬間、最前列の一人がつかつかと近づき、私から上着をさっと取り上げ(?)、自席に。

5月9日
 茅ヶ崎市のPTA広報講座。終わってからの相談の一つ。子どもたちにも読ませたいものを載せたいが、PTA広報にはそういう記事はなじまないのか、という内容。「親子で読める広報は理想のPTA広報」と話し、そうすることを勧めた。すると「こうやって自分たちでハードルを高くしていくんだよね」、と委員長がが笑いながら仲間を見回した。

25回忌
【No.1096】 2013年05月06日

5月5日
 母の7回忌、父の25回忌の法要を行う。25回忌は一般的には行われないようだが、命日が5月2日なので「なんでオレの供養をしないんだ」と叱られそうなので、一緒に行うことにした。内心は喜んでいるのだが、「当然だろう」と母に言っているに違いない。

5月6日
 スギナとの格闘を一応終え(終えたことにした)、今日になってようやく畑を耕すことができた。周りの畑にはナス、キュウリ、トマト、ピーマンなどの苗がすっかり根付いているのに、ウチはこれから。ところが明日からまた講座。畑に向けての体力、気力が不十分。年齢を感じる。
 五月晴れの一日だったが、青嵐。父が旅立った日も今日のような日だった。
 

大型連休の真っ只中
【No.1095】 2013年05月04日

5月3日
 秦野福祉センターで開かれた秦野みのげ文化の会の総会で基調講演。
 演題は「富士道を歩く〜千村・屈掛から蓑毛・大日堂〜」とした。「文化の会」は「(蓑毛の) 大日堂、不動堂、十王堂、仁王門およびその内部に安置されている仏像群の維持、保全と活用を計り、歴史、文化の継承、周辺の持続的発展などをめざし、秦野の貴重な文化財として後世に伝えていくことを目的とする」会。
 この日の私の話は蓑毛地区の民俗的なものだったので、会員には新鮮なものだったようだ。3月の伊勢原の「おおやまみちサミット」に参加された大学の先生、秦野市の学芸員の顔も見え、かなり緊張した。
 終わってから「まほらの会」のイラストマップを求められたり、ウオークに参加したいという方もあった。「みちしるべの会」の仲間6人が応援に駆けつけてくれた。ありがたいこと。

5月4日
 昼少し前、まほらのイラストマップを手にされた3名の男性が突然来訪された。どこかの講座で私の話を聞かれ、今日東地区を歩いていらっしゃるとのこと。
 中のお一人が奄美大島出身で、「奄美に武姓を名乗る家がある。もしかして奄美のご出身では」と訪ねてみえたのだ。寺山の武姓は横須賀が発生の地。三代将軍源実朝公の御首と三浦の武士・武常晴との関係をお話した。これからその御首塚を訪ねられるとのこと。
 きょうは五月晴れ。楽しく歩かれることだろう。「まほらの会」の活動が活きていることを感じたこの二日間だった。

北上だより
【No.1094】 2013年05月02日

5月1日 届いたファックスの「北上だより」 

 ちょっとご無沙汰でした、武先生。『エコー』いつもありがとうございます。
 4月15日から始まった『北上展勝地さくらまつり』には全国から、また外国からもたくさんの観光客が訪れています。29日は天候にも恵まれ4キロの渋滞だったそうです。
 今、桜は八分咲き。暖かい日もありますが寒暖差が激しく、暖房はまだ欠かせません。今日も最高気温は8℃、明朝の最低気温は4℃とか。
 低温のせいだけではなく、花芽を食ってしまう鷽の被害なのか、今年の花はバラつきが多く、色も白っぽいような気がします。
 いつもなら馬鈴薯の植え付けを済ませ、そろそろ田植えが始まろうかというのに、今年はなかなか季節が進みません。雪が多かったので土の硬いこと硬いこと。雪の重さに耐えた土たちに空気をいっぱい吸わせてあげたい、ふかふかにしてあげたいと思っているのに、きょうもまた雨模様。北上がすっかり春色に染まるにはまだまだ時間がかかりそうです。
 子どもたちはと言えば、末娘も次女と同じ高校に合格し、入学式で新入生を代表して宣誓をしました。
 私が今がんばっていることは主人と子どもたちの3個の弁当の中身をマンネリ化させないようにする、ことです。うちのお弁当箱は決して小さくはありません。バランスの良い食事になるよう毎朝がんばっています。
 きょうはこの辺で失礼します。 またお便りします。  渡辺 知子

シーズンイン
【No.1093】 2013年04月26日

 私の2013年のシーズンインは23日の足柄下郡のPTA広報講座で。そしてきのう25日は大井町の広報紙づくり講座。来週は2講座。そして連休明けからハードスケジュールとなる。
 何かを得よう、あるいは「藁をもつかむ」気持ちで9時半という時間に会場に駆けつけてくる人。もちろん、年度第1号の校正を見せるPTAもあるのだが、そういう参加者の気持ちにできる限り応えたい。

惜 別
【No.1092】 2013年04月21日

 「85歳になったので自動車免許を返上しました。少し不便を感じていますが、良いこともあります。歩くことで大勢の人と言葉を交わすことができ、新しい世界が広がったように思えます。これからさらに新たな出会いを楽しみます。」
 今年の2月15日、ある会で明るく元気にこう挨拶された石原悦夫先生。その二カ月後の4月15日、先生と突然のお別れになってしまった。
 10数年前のこと、私は先生にハーモニカの演奏をお願いしたことがあった。私たちの世代より上の者にとってハーモニカは憧れの楽器。先生はそのハーモニカの名手だった。
 「息が続くかどうか」と言いながら、吹いて下さったのは古賀メロディーの名曲中の名曲『丘を越えて』だった。前奏、間奏がそれぞれ曲を成している「丘を越えて」は、明るいリズムとメロディーで私の大好きな曲である。 『丘を超えて』行ってしまった先生のそのステージが浮かんでくる。

4月13日 きょうはイイ日だった
【No.1091】 2013年04月14日

 午後1時30分から東公民館で「秦野ゆとりの会(菊作りの会)」の月例会。
会のさなか「面会者がみえた」と連絡があり、出てみたら昨年度のPTA広報 委員3人だった。
 この日は24年度市P連広報紙コンクールの表彰式だった。彼女たちが携わった『西のいぶき』は優秀賞として受賞。その表彰状を見せに来てくれたのだ。思いがけないこと、うれしかった。3人と記念写真に納まる。
 別れ際に「これ、記念につくりました」とDVDをくれた。広報の取材で撮った写真を映像に収めたもので、音楽も組み込まれている。こういうことができるのが今のPTA会員なのだ。
 夕方6時から57歳が集まる飲み会に出かけた。中3の担任をしたのが縁で年に一度泊りがけで飲む会を開いている彼ら。昨年は私はでられなかった。それで、あらためて今夜の飲み会を設けてくれた。
 東地区に居を構える男性11人が参加。自営業、会社経営者、地方公務員、会社員、教員、JA職員、獣医などさまざまな職種の人の集まりなので、学ぶことがいっぱいある。この会では私は同級生として扱ってくれる。
 一人が『エコー』300号のことを書いた毎日新聞の「人・模・様」をその席で披露してくれた。みんな喜んでくれた。

6日の毎日新聞の夕刊に
【No.1090】 2013年04月09日

 千葉の知人から「6日の毎日新聞の夕刊に先生が出ている」とメールをもらった。それで毎日新聞の販売店にお願いし、新聞を手にすることができた。夕刊のコラム『人・模・様』の出ていた私。見出しは「教師の声届けて創刊300号に」。カラー写真も添えられている。「もったいない」こと。

花に嵐
【No.1089】 2013年04月04日

 朝から春の嵐。東公民館の事業「古道大山道を歩く・寺山地区の路傍の神仏を訪ねて」の日。
 雨の場合は座学の予定になっている。それで「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生さ」を枕詞に2時間の講座。歩くことが好きな人が集まる講座だから、と出席者が少なくなるだろうと思っていたが、荒天の中、半数の人が来てくれた。
 この日訪ねるはずだった野仏を画像で紹介。終わってから「座学もたまにはいい。とても面白かった」と好評。「一緒に歩いて回りたい」の声が多く、5月に再度この講座を開くことになった。
 ウオーキングの途中で見てもらうはずだった桜(我が家のも)は来年までお預け。

4月1日 春爛漫
【No.1088】 2013年04月02日

 前年度広報委員だった母子に出会った。小2の男の子が言った。「これから友達のうちの人とカラオケに行くんだ」。小学生の孫二人を連れた知人にも会った。「これから小田原に映画を見せに行くんだ。せっつかれてね。映画なんて困るんだけど」と言いながらもまんざらでもない口調。
 春休みはイイ 桜は咲くし、気候もイイし、何しろ宿題がないのがいい。
 秦野の水無川沿いに車を走らせた。ここは隠れた桜の名所。ソメイヨシノと枝垂桜が見ごろだった。
 

“おおやまみち”まちづくりサミットin伊勢原
【No.1087】 2013年03月25日

3月24日 
 善波隧道を出たら桜はほぼ満開。産業能率大学を会場に開かれた「第1回“おおやまみち”まちづくりサミットin伊勢原」に参加した。サミットと称するこの催しの主催は伊勢原市。
 会の前半は3団体による活動報告で、「みちしるべの会」は『富士から大山へ・富士道を歩く』で登壇。後半は伊勢原市長と周辺の秦野・厚木・海老名・平塚市、大井町、松田町の首長さん7名によるシンポジュウムがもたれた。参加者はおおよそ400名とか。「まほらの会」からも9名。
 夕方、こんなメールが届いた「本日、伊勢原で武先生のおおやまみちの話は大変勉強になり興味深く拝聴いたしました。私は県の第四の観光地を考えるアドバイザーをしており、認定に作業に関わりましたので出席しました。秦野市にきて30年ですが、恥ずかしながら地元のことは詳しく知りません。今後、武先生のセミナーや講演会に機会があればお伺いしたいです。M」

道祖神の招きにあひて
【No.1086】 2013年03月18日

3月16日
 秦野市PTAの今年度の広報紙コンクールが開かれ、私も審査員の一人として参加。審査員はP連情報委員会から7名、P連会長、教職員代表の校長先生、そして広報講座の講師の私の全10名。
 年間5回・42ページを発行されたものに代表されるように、充実した広報紙ばかりで審査は厳しいものになった。午前10時から午後3時終了のはずが1時間オーバー。
 この結果の発表を兼ね、昨日(3月17日)から、本町公民館で「秦野市PTA広報展示会」が開かれている(3月30日まで)。この展示会は「開かれた学校を」との趣旨も踏まえている。たくさんの市民が見てくださることを願っている。

3月17日
 北公民館主催の講演会「道祖神・ワンダーワールド」の講師を務めた。参加者は20数名。
 現役の頃一緒に仕事をした同僚のAさん、今年度N小のPTA広報委員のIさん、そして30年ぶり再会の元W中PTA広報委員のYさん。大山街道、東海道などの街道マップを作っている風人社のKさんは東京から来てくれた。こんな人たちに囲まれ、少々上がり気味の110分だった。
 私にとって道祖神はまさに《ワンダーワールド》。芭蕉が『奥の細道』の序で、「道祖神のまねきにあひて、取るもの手につかず、ももひきの破れをつづり」と記しているが、見知らぬ地で私を待っている道祖神に会いに出かけなければならない。

2011年3月11日から2年が経った
【No.1085】 2013年03月11日

 今日で2011年3月11日から2年が経った。気仙沼市、南三陸町の人々の暮らしを毎日届く「三陸新報」を通して眺めている(失礼な言い方をお許しください)。

1 震災後の生活を広告欄から読み取っている。
・葬儀のお知らせをする喪主は、旧住所を記し、括弧書きで現住所の仮設住宅を知らせている。自宅から葬送できない悲しみ・無念さをそこに読み取る。
・3月8日付けに出た「臨時休業のお知らせ」。その本文は「日ごろのご愛顧誠にありがとうございます。悪夢のようだった東日本大震災からまもなく二年を迎えようとして降りますが、未だ心の傷が完全に癒えぬまま時だけが過ぎた二年間でした。お客様にはもうしわけございませんが明9日(土)〜11日(月)まで休業を頂き、静かに心の整理を付けたいと存じます。これからも復興に向けて頑張りますので宜しくお願い申し上げます。」
・未だ帰らぬご主人への思いを「願わくは寒くなる前に 雪の季節が来る前にお帰り下さい。只々ひたすらあなたのお帰りを待っています」。第2回恋文大賞を受けた菅原文子さん(気仙沼市)の言葉に、未だ帰らぬ人を待つ人々の心、推し量るには余りある。(3月5日付け)

卒業 二題
【No.1084】 2013年03月09日

3月8日
 今日は中学校の卒業式。午後1時ころ、東中の広報委員長Nさんが次年度の委員長Gさんを連れて一年間のお礼に来てくれた。この日発行された『東中新聞』はB4判6ページの卒業記念号。「よく頑張ったね」とほめた。Gさんには「困ったらおいで」と言った。
 午後5時少し前、「紙芝居チーム『竹の子』」の智子さんが炊き立てのお赤飯を持ってきてくれた。ご長男が今日東中を卒業したのだ。夕食にお赤飯でお祝いをするのだ。卒業にかかわる二つのこと。 心が温まった一日になった。

渾身の力作
【No.1083】 2013年03月05日

 3月は年度末、PTA活動も締めくくりに入っている。N小の広報委員三人が年度最終号を持って訪ねてきた。
 A4判・8ページのこの号は経費の関係で学校印刷だからモノクロ。
表紙の写真の一枚。突然降ってきた雪に喜ぶ子供たちを撮った写真―編集会議の最中に校庭に飛び出して撮ったのだそうだ・本物の記者顔負けの動き―は出色。
 企画モノの「6年間の思い出・贈る言葉」は、6年生から「先生へ、家族へ、友達へ、登校班のみんなへ」である。そして6年生の家族からは「今伝えたいわが子への思い」。卒業生を励ます視点は広範でしかもシャープ。第二企画は「一文字に思いを込めて」。全職員が、学級の子に、教科担で教えた子に、保健室などいろいろなところで出会った子たちに、一文字で卒業・進級を祝うエールを送っている。後半の3ページはPTA活動の反省と次年度への期待。
 まさに渾身の力を込めた作品。「これが私たちの広報」という主張がみなぎる紙面。そして、そこには次に向かう決意のようなものも感じた。
「満点! 言うことありません」。こう告げた私に、三人は拍手で喜びを表した。 


全国新聞教育研究協議会から表彰状をいただきました
【No.1082】 2013年03月03日

 2日午後1時から毎日新聞東京本社の毎日ホールで、第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの表彰式が行われた。招かれた入賞29校は全国コンクールの文字通り「北海道から九州」という広がりだった。
 その表彰式にはハプニングがあった。山形・鶴岡市立田川小学校の児童が折からの強風で列車が動かず、開式には間に合わないとの連絡が入った。式後の祝賀パーティーの開始を遅らせ待つこと1時間半、児童を先頭に保護者、先生の三人が緊張の面持ちで会場に姿を現した。会場は万雷の拍手。そして、1校だけの表彰式が行われた。
 後で主催者が教えてくれたエピソード。受賞した女の子の身に着けていた服は、この日のためにお母さんが仕立てたものだった。濃いブルーの生地に白い縁取りがしてあるワンピース。胸元の白い蝶が印象的だった。
 パーティーが始まりP広報の受賞者の皆さんと歓談していると、司会者が「これから特別表彰式を行うのでしばしご注目を」と会場に声をかけた。そして、突然私の名が呼ばれた。少しビールを飲んでいることもあり、混乱した。
 全国新聞教育研究協議会の木野村雅子会長さんがにこやかに私を壇上に招く。そして読み上げられた表彰状は『エコー』発刊300号に到達したことの評価だった。「消え入りたい」そんな思いで立っている私。ただ、新聞の仲間がこうして祝福してくれたことにあふれ出る感謝の念。花束と記念品もいただいた。
 「ひと言ご挨拶を」と言われ、「みんなで新聞をつくりり、みんなでその新聞を読んで話し合い、学級・を学校・PTAを、世の中を良いほうに変えましょう。それが『新聞づくりは仲間づくり』という言葉の意味です。これからも新聞づくりを続けてください」。お礼言わなければいけないのに、そんなことを口走ってしまった。

 祝賀パーティーが終わると「別席で武さんの300号を祝う会をするから」と居酒屋に連れて行かれた。その席についてくださったのは、このコンクールの運営、審査に当たった毎日新聞、協賛団体、全新研の関係者18名。会の中でその皆さん全員の方から私に向けてのひと言を頂いた。まさに「汗顔の至り」。いつもならかなりいただくアルコールだが、このときばかりはコップを口に持っていくことができなかった。ただじっと顔を伏せているだけ。そうしている間に私の中にふつふつと湧き上がってきた喜び。人とのつながりの持つ重さ、特に支えられていることへの感謝の思いに、こみ上げるものがあった。
皆さん、本当にありがとうございました。

三陸新報
【No.1081】 2013年03月01日

2月24日のNHK・TVの「小さな旅」で気仙沼市唐桑地区で復興に向けて頑張る人たちの姿を見た。あの「第十八共徳丸」の撤去についてのニュースも流れた。
 大震災の日からまもなく2年という歳月が流れようとしている。遅々とした復興の現状などマスコミは伝えているが、本当のことはわからない。

 昨年4月、気仙沼市の三陸新報社を 訪ねた折、市内の高・中・小学校のPTA広報を読ませてもらい、子どもたちのふるさと・気仙沼に寄せる思いに心を打たれた。2年を経たその子どもたちの成長を知りたいと思った。それで三陸新報の購読を申し込んだ。
 そして今日の午後、郵送で三陸新報が届いた。2月20日付け以降の新聞もいただいた。その中の20日のコラム『萬有流転』欄に、『エコー』のことが紹介されていた。思いがけないことで感激あるのみ。
 

春近し 
【No.1080】 2013年02月22日

 19日夜半から寺山に本格的な雪。この冬初めての積雪。20日の朝の天候は曇り。我が家から見える風景は北国の冬景色。
 玄関先に立つ梅は満開。樹皮だけで生きているこの梅、樹齢は100年は超えているだろう。私が子供のころから見ている樹形と変わっていない。
 思い切って刈り込んでもらった雪柳に花芽がびっしり。
 中休みの時間に校庭で遊ぶ子供たちの声も春の近いのを教えてくれる。

 一昨日、大先輩のN先生が激励の文を持ってご来訪くださった。M市の教育長さんからも電話を頂いた。昨夏、大相撲十勝場所で知り合ったYukaさん親子からお祝いの手紙が届く。

 昨日、地域紙のO記者ご夫妻が300号のお祝いに花束と色紙をもってわざわざ来てくれた。OさんにはPTA広報講座や「みちしるべの会」のことも幾度か記事にしてもらい、ずっと私の後押しをしてもらっている。

第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの結果
【No.1079】 2013年02月14日

第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの結果(秦野市関係の入賞校) 2013年2月14日発表

 ◇学校新聞の部
  佳 作  秦野市立東中学校
  奨励賞  本町中学校
 ◇学級新聞の部
  奨励賞  秦野市立西中学校2-5
 ◇PTA新聞の部
  全国新聞教育研究協議会賞  秦野市立西中学校PTA
  佳 作  本町中学校PTA 西小学校PTA 渋沢中学校PTA
  奨励賞  本町小学校PTA 南中学校PTA 渋沢小学校PTA
  PTA新聞の部の入賞は44紙。秦野市から7紙入賞。
 
 詳しくは全国新聞教育研究協議会のホームペーシで(私のホームページのリンク集から入ってください)。

道祖神・ワンダーワールド
【No.1078】 2013年02月11日

 本町公民館で開いた「イラストマップ展『まほら秦野』」は好評につき、北公民館でも開催することになりました。その展示会に関連した講演会「道祖神・ワンダーワールド」を開きます。

まほら秦野みちしるべ 
  ― 古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会
 会 場  秦野市立北公民館1Fホール
 日 時  平成25年2月15日(金)〜28日(木)午前9:00〜午後5:00
      ※2月17日(日)24日(日)イラストマップをお譲りします(有料)

  ― 古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会 
   講演会 「道祖神・ワンダーワールド」
         − 北地区の道祖神について−          
           講師  まほら秦野みちしるべの会 武 勝美
 会 場  秦野市立北公民館2F音楽室
 日 時  平成25年3月17日(日)午前10:00〜12:00

                  お問い合わせは 北公民館 75−1678

日馬富士のサインしたまな板
【No.1077】 2013年02月08日

2月7日 
 欅のまな板に横綱日馬富士のサインと似顔絵。もちろん横綱自筆のもの。成チャンがそれを持って現れた。「先生が相撲が好きらしいから。デイサービスのとき先生が相撲取りのサインを見せて話しをした、とお袋が言っていたのを思い出して」とニコニコ。
成チャンは材木屋。日馬富士らを招いて行われた出雲大社相模分祠の節分祭に協力したお礼が、日馬富士の「サイン入りまな板」なのだそうだ。それを私にプレゼントしてくれた。絵が得意な横綱の自画像もあるこのまな板。どこに飾ろうと思案中である。
 夕方、俊さんが、寺山の奥・矢名曽の道路わきに立つ野仏2体を写真に撮って持ってきてくれた。1体は摩滅がひどく形体も分からない。他の1体は頭部のみ。聖観音と半跏思惟像の如意輪観音のように見える。そうだとしたら供養碑。一度見に行かなければ。

水森かおり
【No.1076】 2013年02月06日

2月4日
 「JAはだの」の『水森かおりコンサート』に出かけた。自由席だから早く行かなければ良い席には座れない。私が着いたのは1時45分頃。
 会場は文化会館の1450席の大ホール。席は「あ列→ほ列」があり、取れた席は「の列」・22番。さすがにこの辺りになると自由に席は選べる。
 ショウの第2部は、日本の北から南へご当地ソングで旅をする「歌紀行」。「恋の町札幌」から「ブルーライトヨコハマ」、そして沖縄の「花」まで10曲をワンコーラスずつ歌ったのだが、客席で歌った。彼女は、観客に握手を求めながら歌い、進む。そして最後尾「ほ列」まで登ってきた。私の席は「の列」・22番。通路である。「もしかしたらこういうことがあるかもしれない」とかすかな期待を込めて通路脇を選んだのだった。それが功を奏し、彼女との握手の恩恵にあずかった。
 歌謡ショーにそれほど多く出かけているわけではないが、(でも10回は超えている)、ホールの最後列まで登ってきて握手をする歌手を初めて見た。
 おそらく観客の1割超と握手をしただろう水森さん。年齢は39とのこと。正味1時間30分のワンマンステージ。彼女は秦野の地にもう一度足を踏み入れることはないかもしれない。だからこそ「一期一会」とエンタテイナーに徹した彼女。そしてその体力・エネルギーにもただただ感嘆。ファンになった。

この1週間
【No.1075】 2013年02月04日

2月3日 
午後になってHPの『マンスリーエッセイ」のページが更新されていないことを発見。それであわててアップ。「日本最古の道祖神」に会いに行った話。ついでにアクセスカウンターにも目をやったら、2日に25万アクセスに到達していたようだ。2000年10月8日のスタートだから12年4カ月で25万。“健闘”していると思う。
 夕方5時から「豆撒き」。いつものように「福は内」だけ。

・2月2日 新聞コンクールで毎日新聞東京本社へ。

・1月29日 「ゆとりの会」の新年会。全員が“オーバー60歳”だが、会場は居酒屋で飲み放題コース。皆さん元気。私も?。

・1月27日 本町公民館で『まほら秦野みちしるべ』のミニ講座。「秦野の道祖神」の話。

まほら秦野みちしるべ イラストマップ発表会は成功
【No.1074】 2013年01月24日

1月20日 「『大山道のイラストマップ』はとりあえず完成」と言うことで、協力していただいた皆さんにマップの披露と、お礼のための報告会を開いた。市内の協力者は20名、。この展示会は新聞で紹介されたこともあり、特別参加として伊勢原市経済環境部から4名、厚木から公民館長さん、市議さんも来場。
 報告者三人の落ち着きぶりは、実践活動に支えられているからだと思った。展示会場も賑わい、地図の実費販売も好調。手描きであることが賞賛された。入会希望の話も数件。
 夜、全会員の参加で「ご苦労さん会」を開く。全員参加がこれまた感激。地図の拡大に協力してもらった測量会社のY社長も駆けつけてくれ、楽しい会になった。

道祖神祭りの集い
【No.1073】 2013年01月17日

1月14日
 秦野は雪ではなく暴風雨。それで道祖神のダンゴ焼きは16日に延期。だが清水・東の原子ども会の「道祖神の集い」は予定通りに行われた。荒天なので参加は少ないのではないかと気にしながら会場の「あずま荘」へ。ところが親子合わせて30数名の参加。
 紙芝居チーム「竹の子」で「目ひとつ小僧」を上演。昨年、この会場のこの会が初舞台だった智子さん、きょうは名演。私の出番は「清水の道祖神・久奈斗大神碑」の説明。この碑の在り処を知っていた子どもはほんのわずか。来年は現地で説明をしたい。
 紙芝居は好評で会長さんに「大成功」と喜んでもらった。

またまた道祖神
【No.1072】 2013年01月11日

「長野・山梨の道祖神を訪ねて」
1月8日  6時半に出発。最初に安曇野の穂高神社御船会館で開かれている「道祖神特別展」へ。次は安曇野市豊科郷土博物館に寄り、近くの道祖神御柱の立っている場所を教えてもらう。新田地区と三郷地区の三カ所の御柱を見る。地元の女性に御柱の在り処を尋ねたら数カ所を挙げてくれた。小学生に聞いたら「知らない」。

9日 今回の道祖神めぐりのメインは、長野・辰野町澤底地区の双体道祖神。「日本最古」といわれているから。澤底地区は地名が持つイメージとは違い、谷間になだらかな耕地が広がっている。戸数100ほどとか。その集落、田畑を見下ろす場所に立つ「裾まくり」道祖神。甲子塔、寒念仏碑、庚申塔、馬頭観音碑などに囲まれていた。年末に降った雪が残っていた。諏訪地方は降雪量は少ないが、気温が上がらないので雪はなかなか解けないのだそうだ。 東京・麹町の『一元最中』が供えてあった。山梨の『月の雫』も。それで、私は『カンロ飴』を。
 午後、山梨県立博物館の「やまなしの道祖神祭り展」を観る。学芸員と少し話しをする。その後笛吹市内の丸石道祖神二体(石和八幡宮境内、笛吹権三郎像に並んでいるもの)を観る。丸石の道祖神は山梨県内しか見られないらしい。
 最後に立ち寄り湯「ほったらかし温泉」の露天風呂から夕暮れの富士を眺めた。楽しい旅だった。

望外の喜び
【No.1071】 2013年01月06日

1月4 日
 冬晴れの朝、富士講碑を撮りに出かけた。10時過ぎに帰ってきたら「パトカー(ミニパトカーらしい)が来ました。赤色灯は回っていなかったけど、びっくりしました」と妻。この地区を担当する駐在さんが訪ねてみえたのだ。
 暮れの28日、秦野署のN課長さんから私に電話があった。電話の中身は、27日に神奈川新聞が取り上げてくれた『大山道のイラストマップ完成』の記事を読み、「市内の駐在所や交番にその地図を備えさせてほしい」とのお願いだった。思ってもみなかった地図の使われ方だが“望外の喜び”。さっそく地図を持っていった。
 パトカーの警官は「本署からイラストマップをもらった。活用したい」とお礼に私に会いにみえたのだった。

新しい年
【No.1070】 2013年01月04日

1月3日 
 二宮で箱根駅伝の応援。午後、出雲大社相模分祠で行われた福迎祭に初めて行ってみた。横綱日馬富士など伊勢ケ浜部屋の力士が福餅を撒くのでたいへんな賑わい(きょう4日の新聞は今朝3000人と報じた)。
 祭りのメインの餅撒きが始まった。私が居たところは餅など届くはずのない場所。ところが「あみターン、こっち、こっち、こっちに投げて」と、若い女性の声が後ろから飛ぶと、安美錦関がニコニコ顔でこちらにも投げはじめた。
 その一個が誰かの手に当たり私の足元に落ちた! その一個を求め私を含め4本の手が伸びた。だが餅の落ちたところは私のテリトリー。「そう簡単に侵略はさせない」。こうして、私は今年最初の福を拾い上げた。
 ところが餅撒きのあと、日馬富士、安美錦などにより、並んだ参拝者に餅が手渡されたのだった。全員が幸せになれることは良いこと。
 「あみタン」こと安美錦関には、昨年帯広でサインをもらい写真に入ってもらった。彼に近づき「安美錦関!」と声を掛けると、なんと関取は来てくれた。それでツーショットの写真を見せ、去年十勝場所でのサインのお礼を言い、心ばかりのお土産を渡した。「そういえば秦野から来たと言っていたね」と関取。そしてピンクの福餅をくれた。拾った白と安美錦関のくれた餅とで紅白の餅。今年のスタートは上々である。
 帰り道、遠回りして大山道の道標の写真を撮りに渋沢、堀山下の三カ所を回った。
 家に着いた私を追いかけるようにUさんが「大山阿夫利神社に娘の合格のお願いに行ってきました」と訪ねてきた。蓑毛からの往復だから、登山に等しい。その元気に驚く。私のために「健康祈願」のお守りを受けてきてくれた。もったいないこと。

あと旬日で新年 
【No.1069】 2012年12月23日

12月18日 14日から始まった庭木の手入れ。雨の日もあり予定通りに進まない。それできょうは一挙6人が入った。

20日 「まほらの会」のイラストマップの展示会の案内状を横山会長と関係者の方々に届ける。「行くから」との言葉を何人かの方から頂いた。
 信楽の倉田さんから来年の干支『巳』(信楽焼き)が届く。倉田さんは『ECHO』創刊からの読者の一人。毎年信楽焼きの干支を届けてくださている。

21日 冬至。まほらの会のKさんが柚子を持ってきてくれた。隣屋敷に鈴なりだった柚子も届いた。午後、1月20日の「まほら秦野イラストマップ展」の報告会に使う『秦野市内の大山道の道標』のPPTの編集会議を東公民館で開く。形は出来上がった。私の報告もこれに合ったものにしたい。

今年最後の講座
【No.1068】 2012年12月16日

12月15日
東公民館祭りの日。「まほら秦野みちしるべの会」は『まほら秦野イラストマップ展』で参加。夏休み中に開いた「夏休みの思い出を親子で壁新聞に」の講座の作品20数点も展示した。
 この日は「足柄上郡PTA連絡協議会リーダー研修会」に招かれていた。会に所属する20の単位PTAの会長・副会長さん、教頭先生など70余名参加の研修会。午後2時15分から『私が出会った人』という演題で1時間30分の講演。気仙沼の子どもたちの言葉をメインに「私はいつも子どもに教えられてきた。大人は子どもにいつも負かされる」と話した。
 その後の交流懇親会に誘われるままに参加。現役の先生方、さまざまな職種のPTAの役員の方々から、その生き方・子育てなどのことを学ばせてもらった。
 今年の私の活動はこの講演で終了。

35年ぶりの再会
【No.1067】 2012年12月11日

12月10日

11月26日の朝日新聞の神奈川版「ルポかながわ」に私が登場しているのを見つけたYさんが、遠方から訪ねてきてくれた。Yさんは、私が2年間中学生新聞にコラムを担当したとき担当記者さん。実に35年ぶりの再会である。
 今、Yさんは「大山道」に興味をもち、田村通りのことを調べているとのこと。私たち『まほらの会』の活動を参考にしたいと訪ねてみえたのだ。我が家から見える大山、富士山の大きさに喜んでくれたYさん。1月20日に行う『大山道イラストマップ完成報告会』に出席すると言って帰っていった。
 コラム「職員室」を書いたのは秦野・西中時代。西中の文化祭の記事にしてもらった。スクラップしておいたその記事の写真をみながら「この子といろいろ話した思い出がある」と懐かしんでくれた。
 人の縁は摩訶不思議、「一期一会」を思う。

12月8日
【No.1066】 2012年12月09日

 新聞は連日総選挙の特集や関連記事。だが寺山には選挙カーはまだ一台しか入ってこない。その寺山から見える初冬の里山は、安野光雅さんの描く田園の絵のような暖かな色合いがまだ残っている。
 もうとうに《年》は忘れている年齢なのに、年末になると、こんな私にも忘年会の声がかかる。
 11月30日 厚木の玉川温泉で初めて教壇に立った学校の子どもたちの同窓会。61名中30名の参加。この数はスゴイ。午後2時から始まって帰宅したのは午後9時。こんな言葉なんて無いが、『好飲』。
 12月5日 秦野ゆとりの会の忘年会。この会は全員が還暦を過ぎた者の集まり。32名中25人の参加。《酔えば昭和人》
 12月8日 八八会。毎年5月と12月の八日の日に集まる会。こちらは元教員6人の会。

 今から30年くらい前のこと。「12月8日は何の日?」と授業の初めに尋ねた。私が子どもたちに期待した答えは「太平洋戦争が始まった日」。だが
 「先生の誕生日」「給料日?」。
 それで宿題にした。翌朝、一人の女の子が職員室に答えをもってきた。「12月8日はお釈迦様が悟りを開いた日。『成道会』の日」。 
 「開戦の日」と「悟りを開いた日」。 

蓑毛越えで豆腐料理を食べに
【No.1065】 2012年12月04日

12月3日
 朝、天候はいかに、と大山に見れば、文字通り「雨降り山」の景色。だが東公民館の事業「大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて NO3」は実施。8時30分に蓑毛バス停には参加申込者全員がそろう。
「まほらの会」が主管のこの日の「ウオーキング」は、現実には登山である。
 コースは「蓑毛越え」と呼ばれている大山登山。大山阿夫利神社下社参拝、雨降山大山寺では紅葉狩り、そして「おおすみ山荘」で豆腐料理の昼食。最後に先導師・佐藤大住さんの大山信仰の話を聞くという人気のツアー。
 私の役割は出発点である大日堂境内に立つ「従是不動石尊道」と記された道標と、「秦野の地名はここより起こる」と書かれている仏名塔の解説をすること。その後の路傍の神仏の説明は横山会長が担当。登山のサポートは小山田、小野、大津会員がした。
 佐藤大住師の話す「大山の先導師(かつては御師と呼ばれていた)と大山名物の豆腐との関わり」は興味深いものだった。

 この一週間
【No.1064】 2012年11月25日

11月19・20日 
 秦野ゆとりの会の研修旅行で日光へ。今年で13回を数えるが、参加20人は過去最高。
2社1寺をガイドさんについてもらって2時間半をかけて見学・参拝。鳴き龍の説明をしている僧が拍子木で龍を鳴かせた。
中学校の修学旅行は日光だった。そのとき詠んだ一句。これは我が生涯の傑作!
拍手に龍鳴かせたる小春かな   勝美

21日 
 武厚子のさをり織り展が伊勢原でスタート。今年で15回、よく続くと思う。それに敬意を表して4日間、私も会場に詰める。

23日
 教職員OBの懇親会。見回せば参加者の中で3番目の高齢。乾杯の発声を頼まれた。古き良き時代の《武勇伝》を披瀝し合う元気に満ちた会だった。 

24日
 さをり織り展 無事終了。ご来場くださった皆さんに心からお礼を申し上げます。

25日
 「まほら秦野みちしるべの会」で作ってきた『大山道の道標・イラストマップ』市内7地区11図が今日完成。来年1月13日から31日まで本町公民館で展示会を行う。

衆議院解散
【No.1063】 2012年11月17日

きのう衆議院の解散。
3年前の2009年9月21日の私の雑メモ帳に、その日の『朝日歌壇』から次の歌を転記したのだった。

投票所の壁際に亀立ち上りひっくり返ってまた立ち上がる   白石 瑞紀

五十四年少数派に票入れて来て此度やうやく意趣を晴らしつ  押  勇次

恐らくはこれが最後の一票を迷わず決めて投票に行く     岩下 竹由

一票がこんなに力があるんだとつくづく思うまたしも思う   黒沼  智

八月は史実が一つ加わりぬ暴力の無き平成維新        木村 久子

決めたのはわたしたちです覚悟して四年の間観ていきましょう 一ノ渡 啓

 

喪中はがき
【No.1062】 2012年11月11日

 この9月にご主人を亡くされたUさんから喪中はがきが届いた。狩野芳崖の「悲母観音」の切手が貼られていた。合掌。
T家の七七回忌の法要に出席。T家は同じ町内(寺山)にあるので参列者の半数は顔なじみ。「お斎」になり、同年代の4、5人で子供のころの生活を懐かしがるような話に花が咲いた。
 話題の一つになった「油屋、醤油屋、屋根屋、点け木屋、鍛冶屋、笊屋、柄杓屋、車屋(水車)、紙漉き屋、石屋(石工)、板屋」のような屋号の家が通じ合ったこと。
 法事は、今は亡き人が近くに居てもあまり会うことはない人たちを一堂に集め、つながりを確かなものにする。別な表現をすれば、法事は地域(集落)を存続させるために大切な役割を担っているのだ。

秋日和 野仏めぐり
【No.1061】 2012年11月08日

 今朝も穏やかな秋日和。久しぶりに一人で蓑毛の野仏めぐりに出かけた。最初に訪ねたのは横畑の双体道祖神。造立日が記されていない僧形の合掌像。形体からすると秦野市内で造立された道祖神の中でもかなり初期のものと思える。
 次に回ったのは大日堂境内の仏名塔。1720年の造立。「秦氏の末裔がこの寺の仏さんを守護するためにこの地に住み着いたので、この地を秦野と呼ぶようになった」ということが刻まれている塔。最後は才戸の道祖神、この像は市内で初出の男女男女双体像。道祖神は、地蔵→ 僧形双体(合掌)→ 僧形双体(拱手)→ 男女双体→ 文字碑、という順で出現したとか。
 男女双体道祖神には色々なスタイルがあって、直立合掌、祝言(ふくべと杯)・握手・肩組み・餅つき像など。ここ才戸のものは合掌像。男性が女性の右に立っている。
 三つの野仏像の汚れを歯ブラシと布でぬぐいカメラに収めた

11月
【No.1060】 2012年11月02日

11月1日
 秋の深まりが感じられる朝。今日から11月>
お願いすることがあってFさんを訪問。軒先に並べられた「福助作りの菊」はまさに“百花繚乱”。80鉢くらいあるとか。「近所や知り合いに届けて喜んでもらっている」とのこと。「菊づくり菊見るときは陰の人」のFさんだった。
 午後、市美術展、菊花展が開かれている文化会館へ出かけた。美術展にはYさん、菊花展にはOさんが出品している。Yさんは今年も100号の大作で「戸隠鏡池」を描いた。Oさんの「福助作り」は入賞していた。F、Y、Oさんは、私も所属している「ゆとりの会」の仲間。
 
 露地植えの夕顔がまだまだつぼみを持っている。そして今日も一つ咲いた。夕方咲くこの花の開くようすは見たことがない。
 今週の初め、図書館で白洲正子さんの本を借りた。なぜ彼女の著書を選んだのかと言えば、白洲ご夫妻の住まい『武相荘』の入り口近くに義弟が居を構えているから。
 本の題にもなっているエッセイの「夕顔」。その中に次のようなことが書かれている。
 「夕方、夕顔の蕾の前に椅子を据え、一つの蕾に集中して目をはなさぬように開花を待っていた。」 4時、5時、7時と咲くのを待ったが「蕾はぴくりともせず、かすかにふるえるような動きをみせたかと思うと、さもくたびれたように首を垂れてしまった。ほかの花はみな元気に咲ききっているのにこれはどうしたことか。もしや息を吹き返してくれはせぬかと、十一時まで見つづけたが、しまいにはまった生きる力を失って、地に落ちた。」「その翌晩も翌々晩もためしたけれども」結果は同じだった。「おもうに夕顔は、花を咲かせるという重大な秘事を凝視されていることが堪えがたかったのではあるまいか。」 
  

「道」 2題
【No.1059】 2012年10月28日

10月27日
 午前9時から渋沢公民館で「矢倉沢往還を歩く」講座。「まほらの会」が主管。歩く前の30分が私の担当で、その日の講座のオリエンテーション。「矢倉沢往還と富士道」「富士山と大山・木花之佐久夜毘売と大山津見神」「往来手形」の話をする。それぞれのテーマで90分くらいはほしい。現地案内は横山会長、田村、磯野、小山田、高橋、小野会員で。
 午後4時から東中学校昭和45年卒の子どもたちの同窓会。32名の出席。還暦間近とあって、生活に変化を求めている子も何人かいた。
 特筆すべきはこの4月から大学生になったという福久美さん。「ここで皆さんに大学生になったことを発表して、退路(挫折)を絶ちたい」と笑顔。日本文学を学んでいるらしい。隆さんは有名ホテルの元シェフ。この春退職。今はドカティの1200ccのバイクを買い(240万とか)、乗り回している。「来年4月に会社を興す。そのときは協力を」と挨拶した。

秋たけなわ
【No.1058】 2012年10月24日

「落花生は畑に立ったままの状態でやられた。一本に二三粒残っているだけ。それを来年の種にする。笑い話にもならない。柿も食べられた」。ハクビシンの被害を50代の農婦が話してくれた。桃もスイカも全滅に近いようだった。
 50本植えたサツマイモは大豊作。夏の暑さのせいなのだろうか大き過ぎる。「ベニアズマだから。おいしいから」と言いながら知り合いに食べてもらっている。
 先日、夏の壁新聞講座に参加した親子10人が訪ねてきたので、イモ掘りをしてもらった。子どもは泥遊びは好きだ。大はしゃぎで、「もっと掘りたい」とせがむ。その光景を眺めながら「焼き芋大会をやろう」と母親たちは相談。でも落ち葉がなさそうだった。
 今朝の寺山の気温は室内で15度。金木犀の香が消えると山茶花が咲き出す。今年のザル菊は昨年よりは大きく育っている。黄色が花を開き始めた。

きょうから新聞週間
【No.1057】 2012年10月15日

 10月4日の日記に「朝7時半、鮮やかな大きな虹をバス停で眺めた」と書いた。そうしたらAさんからメールが届いた。「私も虹を見ました。よく見ると二重の虹! なにかいいことありそう! と朝から写真を撮ってしまいました。先生と同じ虹を見ていたのですね。その時の写真を送ります。会社が昨日引っ越しをしました。それで2トントラックを運転してしまいました。色々な経験ができて楽しい。でも筋肉痛です!」
 今日から新聞週間。数日前の新聞の一面の記事が誤報だったようだ。私たちが現在の新聞に求めるのは速さではない。正確な解説力である。
 「私は紙面に印刷された文字を読むことが大好きです。表紙を見た時やページをめくる時のワクワク感、紙の手ざわり、インクのにおい、それら全部ひっくるめて楽しいのです」。これはあるPTA広報委員の言葉だが、早朝私が新聞を手にしたときの感想と同じだ。
 新聞は今日は休刊日。17日出稿を目前にしたN小広報委員3名が来訪。連日、学校に出かけ、少しでも読みやすいものにしようと編集作業をがんばっているようだ。

時の流れ
【No.1056】 2012年10月10日

 薬をもらいに亀崎医院に行く。血圧は「とてもいいねえ」と言ってくれた。そして、パソコンのカルテを見ながら「きょうは東京オリンピックの日だね」と華家先生。こんな話題が出るのは先生と私も“年齢相応”だから。
 一昨日の10月8日、このホームページも13年目に入った。
 時間の経過、時の流れが、私の中に何かを堆積させてくれたならいいのだが…。
 朝顔の鉢をようやく片付けることができた。広報紙のクリニック4紙を返送する。

御殿場線で湯河原から帰宅
【No.1055】 2012年10月05日

10月4日  
 朝7時半、鮮やかな大きな虹をバス停で眺めた。午前9時30分から湯河原町で足柄下郡三町合同のPTA広報講座。「通学カバンの重さ」「津波への対応の不安」「家庭学習」。いずれのテーマも、学校との意識のずれを感じている広報委員会が「どのように記事したらいいのか」かという、PTA広報の編集権に関わることについての話し合いがなされた。私にとっても充実した講座だった。その高ぶりもあり帰路は沼津に出て御殿場線に乗る。沼津・御殿場間は初めての乗車。駅そばを食べすっかり旅気分。

中野区でP広報講座
【No.1054】 2012年10月01日

9月29日
 中野区での「PTA広報クリニック」を午後1時30分から。この4月に開校した中野中学校PTAが広報「中野NOW」を6月に発行した。すごいと思う。生徒数の減少で併合された二校のPTAが、併合に向けてしっかり準備をしたのだ。だから広報紙の発行もできた。特に「先生紹介」のページはこの学校の生徒・保護者には欠かせないページだった。
参加者の、私の紙面クリニックへの反応はかなりストレートだったので、話し甲斐があった。
講座の中で『ばんえい十勝』の話をしたら、なんと今日の受講生の中にその関係者がいた。ウソは話せない、と思った。

大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて
【No.1053】 2012年09月28日

9月26日
 東公民館主催の「大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて」の講座を「まほら秦野みちしるべの会」で担当。
 この講座での私の仕事はウォークに入る前のオリエンテーション。秦野地方独特の「天社神塔(地神塔)について解説をした。そして、ウォーク後の“まとめ”で「金目川の“金目”とは」の話。参加者の一人から「道祖神と地神の違いは」との質問も出た。
 この日の参加者は26名。「大山道を歩く」というこの講座をはじめてもう9年になるが人気のある講座で『広報はだの』に案内が出ると即日「満員御礼」となるとか。
 ふるさとを知り、ふるさとを愛し、ふるさとを育てる、これが「まほらの会」の目指すものである。
 10月には渋沢公民館で「大山道(富士道)を歩く・大山と富士山」の講座を開く。

「中の中日小豆飯」
【No.1052】 2012年09月22日

9月19・20日
 秦野市P連の「広報クリニック」。二日間で22PTAが今年度発行した広報紙全紙の紙面クリニックを行う。小・中学校ごとに2グループずつを編成し、1グループ90分で集団面接の形式。1紙20分位で紙面の診断をする。このスタイルの紙面クリニックのよいところは、自分たちの広報紙だけでなく同グループの他校の広報紙のクリニックも目にすることができるということ。
 優れたところを最初に挙げ、それに研究してほしいことを加える。異なった条件の中で作られる広報紙。《比較》はしないように心がけた。
 クリニック終了後、質問や相談がたくさんあったことで、この講座の疲れは報われた。
 
 20日の毎日小学生新聞に「『夏休みの思い出を壁新聞に』の講座」の記事が出た。
 今日から開かれる秦野煙草祭りの中の催物の一つに「学習展」がある。そこに《壁新聞》が展示されるという手紙が届いた。

 きょうは秋分の日・お彼岸の中日である。朝ごはんは「中の中日小豆飯」だった。

秦野市P連の広報紙
【No.1051】 2012年09月15日

9月14日
 秦野こども館で秦野市P連情報委員会を対象にした広報づくり講座。
 市情報委員会は『市P連だより』と『情報委員会だより』の2紙を、それぞれ年2回発行している。『P連だより』は会の活動などの情報を会員に知らせることがねらい。一方の『委員会だより』は市内22校のPTA活動や子どもに関する情報を交換し、それを記事にして会員に届けている。会員への問題提起を意識しているとも言える。
 今年度すでに一回ずつ発行しているので、企画、レイアウトを中心に反省(紙面クリニック)をしたのがこの日の講座。「2紙ともに全国的に見ても、かなりハイレベルの広報紙」と評価した。
 このホームページ『秦野の新聞教育』のページ「8月1日更新」にその2紙はアップしてあるので読んでいただければ幸い。

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