- 寺 山 だ よ り -

七草粥
【No.1002】 2012年01月07日

 5日、墓参で「遠走り」をした。その夜、胃腸の調子が狂いだし少々苦しむ。6日も不調。好きなビールを飲まないので夕食の時間は15分。そして寝床へ。それでも七草の準備はした。
 そして今朝七草粥を食べた。今朝の「天声人語」に、「腸に春滴るや粥の味」と詠んだ漱石のことが書いてあった。恐れ多いとは思うが「同じ」だった。

箱根駅伝
【No.1001】 2012年01月03日

 Mさんからの年賀状に、「大学駅伝、2日に柏原くんの最後の(箱根での)雄姿を見に行きます」とあった。2日、わが家もまた箱根駅伝を見に小田原に出かけた。
 時間があるので初参りに訪れた報徳二宮神社の境内で、Fさん夫妻に会う。「初詣でのあと、柏原選手の最後の走りを見ます」と笑う先生。ウチと同じだ。
 今年の見学場所は5区の中継点の真向かい。息子が午前9時半ころから陣取ってくれた場所。「ここはベストポジションだよ」は、左隣りに立っていたおばさんの言葉。この人は毎年ここで応援をしているという熱狂的な箱根駅伝ファン。右隣りの女性は午前9時から坐っている、と言った。後から聞こえてくる会話は関西弁。
 柏原選手が控え室からアップに現われる。テレビカメラのクルーやカメラマンがどっと押し寄せ、十重二十重。彼の控えめな笑いに困惑感があるように思えた。そしてリレーゾーンを行き来するアップを始めると「カッシー!」と若い女性たちの斉唱。他にも「柏原!」や「がんばって!」という声が飛ぶ。彼を見るため、応援するためリレーゾーンの先、箱根寄りの沿道に人、人、人。
 田口選手からタスキを受け走り出した柏原選手を見て、なぜか「一期一会」を思った。もう箱根駅伝で彼の姿を見ることはできない。
 彼はこの日のレースの感想を「僕が苦しかったのはたった一時間ちょっと。福島の人たちに比べたら、全然きつくなかった」と言った。彼が言った「一時間ちょっとの苦しみ」は、4年間のすべての苦しみの昇華されたものだ。

おおみそか
【No.1000】 2011年12月31日

12月26・27日 
 庭師が入る(今年は遅い。「前懸かりだけで勘弁して、あとは春に」と“泣き”を入れられた。) 年賀状投函
28日
 大掃除・郷土玩具の埃払いで一日終わる(昭和60年度の野球部の子たちがくれた修学旅行のお土産にくれた「爺さん婆さんのゲートボール人形」を眺めなぜか嬉しくなった) 
29日
 続大掃除 注連飾りなどの買い物 雑煮に使う里芋を洗う   
30日
 続々大掃除・窓ガラス磨き 正月飾りをする(注連飾りを21か所に) のし餅が届く  
31日
 餅を切る まだ大掃除が続く(相談室と庭掃除) 墓参り ヒトガタで大祓 年越しの灯明上げ 除夜 初詣で・鹿島神社と円通寺 

 妻は年の暮はイヤだ、と言う。私の動きに「付き合いきれない」のだそうだ。今年もどうやら元気で暮らせた。ありがたいことだ。

紙芝居チーム・竹の子
【No.999】 2011年12月22日

12月21日
 『あずま荘デイサービス』で“ダンゴ焼き(道祖神祭り)”の話をする。紙芝居を描いた伊東祐子さん、関智子さんにも手伝ってもらった。関さんの紙芝居「目一つ小僧」も上演。忘れていたことを懐かしく思い出し、楽しんでもらえたと思っている。
 この日の昼食は一足早く「年越しそば」。それで年越しそばの由来も話した。きょうの参加者は38名で過去最高、と聞かされた。

 伊東、関さんの作品を1回ずつ私が上演してきのたが、これからはそれぞれ“ひとり立ち”する。1月14日、清水・東の原のだんご焼きの夜、関さんは子供たちに「目一つ小僧」を見せる。伊東さんは1月18日、市PTA連絡協議会情報委員会で「めひとつ小僧」を上演する。一つのことを次代に引き継ぐことができ嬉しい。「これであと50年は“ダンゴ焼き”は存続する」と二人に言った私だった。三人は「紙芝居チーム・竹の子」と名乗り、紙芝居「目一つ小僧」を上演することにしている。
 きょうで今年の講演・講座は終了。

年の暮れらしい一日
【No.998】 2011年12月17日

14日
 JAはだのの組合員基礎講座「地域の伝承文化」の第2回目。
 今回はひと月後(1月14日)に迎える道祖神祭りを主題にした。題して「秦野地方の道祖神祭り(ダンゴ焼き)」。伊東さんの描いた紙芝居「めひとつ小僧」の初上演も。「ダンゴ」といえば、秦野の郷土料理に「へらへらダンゴ」というものがある。(今は、その存在はほとんど忘れられている)。その「へらへらダンゴ」も紹介した。「まほらの会」から6名、紙芝居の伊東さんと関さん、道祖神を調べている友人2人などの特別参加もあった。きょうの講座も好評(自画自賛!)。
 夜は「まほらの会」の忘年会。参加は11名。
 いかにも年の暮れらしい一日。

カラオケは無し
【No.997】 2011年12月12日

12月10日・11日 
 毎年開かれている教え子たちの同期会が箱根で開かれ招かれた。参加者は7名で7時から懇親会。
 50代も半ばを超えた彼ら。親を送ったり、子供の結婚など、人生の岐路に立っている話を聴かされた。二人が私の授業の思い出も語ってくれた。一人は、私がネズミを素手で捕まえた話、もう一人は、私の飛行機の初搭乗のことだった。3時間の宴会のあと、私の部屋で二次会。
 11時過ぎまで歓談は続く。一人が「もう先生を寝かしてやろうよ」と言ってくれてお開き。だが彼らは別室に移り午前2時まで三次会。今回はカラオケは無し。
 強羅までの道筋の紅葉は見ごろだった。

続・紙芝居「目ひとつ小僧」
【No.996】 2011年12月05日

 11月29日にも書いたが、「『目一つ小僧』の紙芝居の完成」が12月3日の『タウンニュース』に取り上げられた。記事を書いたO記者が「反響がある。上演依頼や、貸りたいなどのお願いの電話が編集室に6件入った」と連絡してきた。思いがけないことだったが嬉しいこと。
 HPの「エコー最新号」のページに、その記事と紙芝居の表紙をアップしました。見てください。

柏でラストラン 皆さん ありがとうこざいました
【No.995】 2011年12月03日

12月1日 
 昨日とは打って変わり冷たい雨の朝。きょうは柏市P連の広報紙講座。「PTA広報紙を作ってみて」というタイトルで、9時半から午後3時半まで26校の紙面の講評をする。講座のあとの相談が7校。
 私の“柏通い”は平成17年から始まり、きょうで13回になる。柏市のP広報づくりの実力は、昨年度の千葉県コンクールで柏第一小が「最優秀賞」、「優秀賞」に柏第三小と光ヶ丘中が選ばれるというみごとなもの。この結果を《花道?》に、柏市でのPTA広報紙づくり講座を今回で終わることにした。
 市P連の役員さん、事務局のスタッフの方、毎回、前夜祭を開き元気付けをしてくれた新聞教育関係の仲間。講座の助手を務めてくれたSさん、Kさん、そして、春の講座には毎回300を数えられるくらい参加してくださった広報委員さん。皆さん、ほんとうにありがとうございました。
 昼休みに、考えられないよう失態を演じたことも最終回というこの講座を記憶にとどめるに“ふさわしい”こととしておきます。
 
(なお、この講座のことは2日付け毎日新聞千葉版で報じられています。ウエブでも読むことができます。)

紙芝居『目ひとつ小僧』
【No.994】 2011年11月29日

 二人のお母さんが挑戦していた紙芝居『目ひとつ小僧』の原画が完成。  きのうの午後、わが家にそれぞれが描いた絵をもってきてくれた。中一と中三の子どもがいる伊東さんは、ことしの1月の市P連情報委員会の研修会で私の道祖神祭りの話を聴いた。もう一人は関さんで、中二と小六の子のお母さん。わが家の隣りに住む。関さんは三年前の1月14日、だんご焼き(道祖神祭りのことをこう呼ぶ)の夜、私が地域の子供たちに話した『目ひとつ小僧』を子供たちと一緒に聴いた。
 二人が描いた絵は、私の想像していたものをはるかに超えるすばらしいものだった。面識の全くない二人なのに、打ち合わせをしたかのように時代設定が見事に異なっていた。伊東さんの舞台は江戸時代、関さんは現代版である。
 12月14日JAはだのの組合員講座(伊東版)で、12月21日はあずま荘のデイサービス(関版)で試みの上演を行い、来年1月14日にお披露目となる。

一週間(11月21日〜26日)
【No.993】 2011年11月29日

11月21日 
 相模原市旭ブロックのPTA広報講座。1校ごとに面談し次号の企画やレイアウトなどを一緒に考えた。

11月22日〜26日
 武厚子の「さをり織り展」の会場に常駐。西東京市のYさんなど『エコー』の読者十余名にもご来場いただいた。総来場者は200名超。盛況だった。

鬼門
【No.992】 2011年11月20日

11月19日
 中野区の中学校PTA広報講座の三日目。第一日は5月21日だった。この日記にも書いたが、講座の帰りに乗るはずのロマンスカーがホームに入線したのに動かなくなり運休。もう一つ講座を秦野で持っていたので慌てた一幕があった。 
 そしてきのう、切符を取っておいた「はこね12号」が秦野駅ですでに20分遅れ。開会5分前に会場に滑り込み。帰りの特急も大雨で20分延着。中野はどうやら鬼門(方角から見ても丑寅に近い位置)らしい。
 土曜日の午後、ひどい雨の中、区内の全12校からの参加があった。講座では紙面クリニック、そして年度最終号の企画のヒントを与えた。主催者から「確実に広報の質が上がっています。委員の意識も変わってきています。来年度も」と、申し出があった。中野にとって私が“裏鬼門”にならないことを願う。
 

キャンディー
【No.991】 2011年11月16日

11月15日
 藤沢市民生児童委員編集委員会の広報づくり講座。午後1時半から2時間「広報誌の基本的な作り方」について話をする。
 講座が終わったとき最前列の女性の委員さんが「ありがとうごさいました。お疲れになられたでしょう。これをどうぞ」と笑顔でキャンディーを三粒くださった。

マップ展 好評のうちに終了
【No.990】 2011年11月14日

 大山道マップ展示会は盛況裡?はともかく、来場者には好評のうちに昨日午後5時で終了。
 訪れた人の多くは年配者なので、地図に示された建造物や野仏に子供の頃の思い出をつなげているようだった。中年の健康維持のためにウオーキングをしている人は、この地図を持ち歩くと言っていた。
 昨日のミニ講座には20名程の参加があった。3回の講座すべてに出席してくださった方、終了後1時間ほど生まれた地・蓑毛の話をしてくださった大先輩、多額な活動資金をくださった方など、私たちは大いに勇気付けられた。
こんなメールも今朝届いた。

 昨日はありがとうございました。「へぇ〜」っという話が聞けてとてもよかったです。后土神はそういえば、父から聞いたことのあるなぁ〜と思いながら聞いていました。今川町にあるお観音さんにたくさん置いてある馬頭観音のこともおばあちゃんから聞いた記憶もよみがえってきました。よくお観音さんのところへ行って拝んでいたような、遊んでいたような…。先生のお話を聞いて30数年前のことがいろいろがよみがえってきました。
 神社の造りに出雲系と伊勢系があるなんて知りませんでした。早速、ネットで検索してみてしまいました。ほんとだ!!また「おりこうさん」になってしまいました。
 この「おりこうさん」という言葉はおばあちゃんがよく使っていた言葉でした。なにか一つ知ったり、聞いたり、覚えてりすると、「またひとつおりこうさんになったね」と言ってくれました。もう子どもたちが大きくなってしまったのですが、私も今から「おりこうさんになったね」と言ってあげることにします。
 マップ、ほんとにすばらしいです。本にしてください。 相原

好評? イラストマップ展
【No.989】 2011年11月10日

 大山道のイラストマップ展。昨日の神奈川新聞で報じていただきました。さっそく次のようなメールが届きました。

 おはようございます。今朝の神奈川新聞で「マップ展」の記事読みました。私も昨日、マップを見せていただきました。
 すごい出来ですね。昭和10年の頃の今川町通りの詳細な家並みの図、子どものころの映像を思い描きながら見ていました。すると私の子どもの頃にもあったお店を見つけました。「あった、あった、この家、このお店」と、思わず声が出てしまい、周囲を見まわしてしまいました。「大工」と書いてあったので、「旧道のここにも大工さんがあった(私のおじいちゃんの家)。ここが材木屋でここが駄菓子屋」とつぶやいたりもしました。ご年配のご夫婦も見学されていて感激されていました。置かれていたノートに「マップが欲しい」書かれていました。私も欲しいです。会の皆さんといろいろな場所を見て回りたいです。 明美


イラストマップ展 本町公民館でスタート
【No.988】 2011年11月07日

 本町公民館での「まほら秦野みちしるべの会」のイラストマップ展を昨日から始めた。初日のため、午後1時半から「ミニ講座」と称したマップの説明会を行なった。 
 内藤元教育長先生、市史編纂室、雑誌「風さやぐ」の記者さん、写真家の大山さん、伊勢原の観光ボランティアなど20数名がその説明会に出席したてくださった。説明は当番の会員で行なった。1時間ほどの会だったが充実した会になった。参加してくださった皆さんのお陰です。深謝。

公民館祭りに三部門で参加
【No.987】 2011年11月06日

11月5日
 東公民館祭り。朝八時半から午後四時少し前まで頑張る。「ゆとりの会」の菊花展。今年の私の福助は過去最低(毎年、こう書いている)。それでザル菊一点だけ並べさせてもらった。会として今年初めて「折り紙(恐竜を折る)講座」を開いた。親子連れなど30人ほど参加。会員の田中さんのていねいな指導で落伍者は無し。私も、それこそ《手取り、足取り》の指導で何とか一匹完成。
 「大山道の道標マップ」の展示。その地図をつかって「東地区の道祖神めぐり」のミニ講座をひらく。「ゆとりの会」の皆さんが大勢参加してくれた。ありがたいこと。
 公民館の事業『夏の思い出を壁新聞に』講座の新聞24点を展示。一般来場者にはあまり関心を示してもらえなかったが、どの作品も立派。
折り紙といい、新聞といい、子どもの力は無限と思った。



ご案内
【No.986】 2011年11月02日

◎まほら秦野みちしるべの会
「大山道を歩く」 イラストマップ展
 期日 11月5日(土)
 会場 秦野市立東公民館(公民館祭り参加)  
    ミニ講座5日(土)13時30分〜14時
    「東地区の道祖神めぐり」 武 勝美
 
◎まほら秦野みちしるべの会
「大山道を歩く」 イラストマップ展
 期日 11月6日(日)〜13日(日)
 会場 秦野市立本町公民館  
    ミニ講座
    6日(日)「大山道のイラストマップについて」 横山 信子
    7日(月) &13日(日)「大山道を歩く 路傍の神仏」 武 勝美
    (いずれも13時30分〜14時)

 ご参加 お待ちしています。

子どもがつくった新聞 
【No.985】 2011年11月02日

11月1日
 午後4時過ぎ「夏休みの想い出を壁新聞に」の講座に参加した小学生5人がその新聞を持ってきた。講座の中では完成していなかったのできょう初めて目にした新聞。どれも力作。なによりカラフルで楽しい。夏休みの宿題として提出し「先生に褒められた」との報告も。
 ご褒美に「サツマイモ掘り」を提供。素手で掘らせた。出てきたミミズをつまんでお母さんに写真を撮ってもらう女の子もいた。けっこう野性的な子太刀だった。三家族9人が楽しんでくれた。壁新聞は7日から東公民館に展示する。
 東中学校生徒会が発行する『東中新聞』955号が届いた。一面のトップ見出しは「減り続ける電気使用量 三月以降は大幅ダウン」。3月11日の東日本大震災を教訓に、今までも取り組んできた校内での「エコ活動」をさらに発展させ、続けていこうと呼びかけている。

ドラゴンズ 二連覇
【No.984】 2011年10月19日

10月18日
 秦野市農業協同組合の組合員基礎講座で「地域の伝承文化について」話した。この講座は新規組合員を対象にしたもので全6回出席で修了証が出る。
 冒頭、秦野独特の民俗である《大山への初山参り》をしたかどうかを尋ねた。だが出席者34名全員がNO。ここ秦野を第二のふるさととして生活している人たちということだ。
 秦野を知ることは秦野が好きになること。秦野を好きになり、ふるさととして秦野を育ててほしい。そんな思いで90分間話をした。終わって質問が4つ。質問者の一人は会津出身の女性だった。
 
 プロ野球、今年のセ・リーグはドラゴンズが苦しみながら優勝。打てないチームなのに、今年はさらに中心打者が軒並み不振。今夜もベイスターズを相手に時間切れ・引き分けで優勝。ブランコの一振り、そして浅尾をはじめとする投手陣総動員(これは今年の落合野球の戦法)で逃げきった。昨年は10月1日、試合の無い日、マジック対象のカープが負けて優勝が決まった。今年は「引き分け」で、昨年は「優勝の決まった翌日」の《胴上げ》。
 物心ついてからプロ野球はドラゴンズフアン。ナゴヤドームにも出かけている。だが、スタンドにいると勝った験しがないという貧乏神の私。だから今夜はテレビは観なかった。でもラジオは聴いていたが。


10月19日
 午前10時〜12時で市P連の情報委員会が年4回発行する『たより』の企画会議に招かれた。今年は「防災」をメインテーマにして企画記事を作っている。次号は12月発行。市内22校の校長先生にの防災についてのアンケート調査をお願いしたらしい。この夏、東北の被災地に出かけた先生方のレポートも集められている。充実したものになりそうだ。

豆名月
【No.983】 2011年10月14日

 きのうは10月13日、『十三夜』。ススキを挿し、月見マンジュウを13個、豆腐、この日掘ったサツマイモ、そして生の落花生を供えた。
 この落花生は里芋畑の中に一株だけ生えていたもの。ウチでは落花生は作らない。たぶんカラスがどこかの畑で蒔かれた種を掘り出してきて、落としていったものだろう。その一株に36のサヤが付いていた。思いがけない収穫だった。十三夜は「豆名月」とも言う。ちなみに十五夜は「芋名月」。昼間は曇っていたが夜半には十六夜の良い月が眺められた。

感 謝
【No.982】 2011年10月13日

 こんな励ましのメールをAさんからいただきました。ありがたいことです。このごろ自分がしていることが「継続は惰性」となっているようです。せめて年齢相応のものにしたいです。 

 アクセス数200000突破!。「今日の日記」を読んだら「アクセスはまもなく20万」と書いてあったので、確認したらすでに突破の後でした。『エコー』のホームページ開設12年周年の日に突破、すごいです、おそれいりましたm(_ _)m いつもの言い方ですが「すごい!」 失礼ですが、そのお歳でホームページを開き、更新までこなしてしまう、スーパーKATUMIですね。(お店の名前ではありません) 私が先生と同じ年齢になった時、いったい何をしてるんでしょう? パソコン、ぱちぱちやって老人会の新聞をいつものメンバーで作ってたりして(笑)(笑)
 これからも愛読者としてアクセス増に貢献させていただきます(^O^)

開設12年周年の日
【No.981】 2011年10月08日

 きょうは『エコー』のホームページ開設12年周年の日です。毎月1回の更新を132回出来たことは皆さんの支え・励ましがあったからです。アクセスはまもなく20万になります。

3町合同のPTA広報講座を湯河原町で
【No.980】 2011年10月07日

 季節の変わり目、数日前にカゼをひいた。そんな体調の中、きのうは湯河原町・真鶴町・箱根町合同のPTA広報講座。会場は湯河原町の地域福祉センター。3町の全校・10校の参加があった。
 9月までに発行された全21紙の紙面の講評が中心のこの講座。ここでも昨年までとは違った紙面の高まりが感じられた。
 相模湾に面している湯河原・真鶴両町全6校の広報紙が地震・津波への対応の企画記事を載せていた。中でも「そのときどうする? 登下校中」など3つの問いで、子供たちの災害に備える心づもりを確認させるシートを作成した『そよかぜ』の企画は“出色”。緊迫感が地域にあることを感じさせてくれた。

イラストマップ 9図まで完成
【No.979】 2011年09月30日

 「まほら秦野みちしるべの会」が取り組んでいる『大山道の道標』をメインしたイラストマップづくり。きょう会長の横山さんに拡大地図を2枚渡した。この地図に彩色し仕上げてくれるのが横山さん。これで市内7地区のうち5地区・9図まで完成。残りは2地区ですでに北地区の学習に入っている。
 11月の東公民館祭りに9図を展示し、参観者に手を入れてもらい充実させる。9月になって本町公民館から展示会の話をいただいた。それでその打ち合わせもした。
 イラストマップ展示会は11月7日から13日まで。この間、大山道についてのミニ講座を2回開く(7日と13日)。時間は午後1時半から。私の出番は13日で「路傍の神仏」について話す。よろしかったら本町公民館まで足をお運び下さい。

「納得・満足」の一日
【No.978】 2011年09月26日

 お彼岸の中日、墓参りで寄った菩提寺・円通寺。倉の屋根が半分飛ばされていた。寺の隣りの鹿島神社の「数本の立ち木の枝が折れ、片付けが大変だった」と出会った氏子代表が言った。
 わが家の台風の被害。栗畑のもっとも樹勢の良い2本が折れた。畑のネギが吹きちぎられた、今年は良く出来ていたのに。庭の藤棚が西風にあおられ、棚が壊れた。
 きのうは一日、その藤棚の修理。伸びた弦を半分に詰め、棚をどうやら立ち直らせることが出来た。だがあまりに切り過ぎ少し心配。来年も花を付けてくれることを願うだけ。ついでに庭の芝も刈り込んだ。昨日は「納得・満足」の一日。

道祖神の里からのご案内
【No.977】 2011年09月19日

 この夏訪ねた高崎市の倉渕公民館から「道祖神の里めぐりに参加しませんか」との案内状が届いた。HPを見て下さってのことらしい。
 日時は11月6日午前10時の出発で、道案内から解説まで倉渕中学の生徒さんがするとのこと。地域を大切にする子供たちがいることをすばらしい。どうぞ坂下の「にっこり道祖神さん」、そしてステキな中学生に会いに行ってください。 倉渕公民館の電話は027-378-3113です。

この三日間
【No.976】 2011年09月15日

13日  
 秦野地方のお盆の民俗「砂もり・ツジ」について現地の調査をした「一味ちがう郷づくりの会」が、その結果を堀川公民館で展示・発表しているので見学に行った。明治の大合併(1888−1889年)間では堀山下村だった現堀山下地区。それほど広くないこの地区でも、ツジの作りは小字単位で異なることを知った。

14・15日
 秦野市P連主催の広報づくり講座を持つ。二日間で22校から広報委員が144名参加。22校を7グループにわけ集団面接をする。1校15分程の持ち時間で今年度発行された広報紙の講評をした。昨年度に劣らないしっかりとした紙面づくりされているものがほとんどだった。とりわけ南小が7月に発行した特別号「震災について考える」は力作。私が望んでいた紙面を作ってくれた。私との面接の後、そのグループで交流会を開く。この交流会では意見がたくさん出るのでどのグループも持ち時間をはるかに超えていた。
 きょうは9月15日、帰ってから『十五夜』の仕度をする。

開会30分前から会議
【No.975】 2011年09月13日

9月12日 
 午後1時30分から中井町教育委員会の「PTA広報づくり講座」。
 15分前に会場の入ったら、真ん中の机を囲んで10人ほどが真剣な話し合いをしていた。一瞬「会場を間違えたか」と、あわてて部屋を出た。後で分ったが井ノ口小の広報委員会は、きょうの講座に合わせて次号の企画会議を午後1時から開いていたのだ。お母さん10人、幼児2人が集っていた。
 講座の中身は一学期に発行された広報紙の紙面診断が中心。今年度はこの日までに井ノ口小3回、中村小2回、中井中3回という発行回数。災害への対応、地域との連携など、3紙とも編集姿勢がしっかりしていて内容も充実している。
 講座の後半で、中井町に隣り合う松田町、大井町のPTA広報紙も見てもらった。3町とも足柄上郡内にある。県P連が主催するPTA広報紙コンクールの地区予選で、この3町のP広報紙は競い合う(他に山北町、開成町も加わるが)ことになる。他校・他の町のPTA広報紙を手にすることは勉強になるし、かなり刺激にもなる。
 4時終了だが3校とも次号に向けての話し合いが始まった。それで、各校の話し合いに私も加わった。お父さん委員が一人参加してくれたのはうれしかった。

新聞行脚 再開  伊勢原市・中野区
【No.974】 2011年09月11日

9月4日 まほら秦野みちしるべの会の定例研究会
 持斎信一さん、栗原旭さんを招いて北地区の古道の話を聞く。大山道のメインルートが通る地区ではないが、大山を指す道標はいくつか立っている。それらを確かめるため年明けに歩くことにした。

9月8日 伊勢原市P連 広報クリニック
 今年から始まった伊勢原市P連のこの講座。主催者から10日に手紙が届いた。「参加者に書いてもらったアンケートをざっと読みました。ほとんどが有意義だった、参加してよかった、との答え。感想も『広報の作り方が分かった』『広報紙の大切さがより深く理解できた』など、主催者として実施してよかったと喜んでいます」。広報づくりの志気は高まったと思っている。

9月10日 中野区中学校P連 広報クリニック 
 中野区での講座は今年で4年目。講座の初めに、「今年度発行された第1号は過去三年のものと比べ最高の出来」と感想を述べた。
 読ませてもらった全紙の先生紹介のページのレイアウトは見事。運動会の特集も“アルバム風”から「運動会はこうしてつくられる!」と見出しを付け、ドキュメンタリータッチで紙面構成をした広報紙が出現。3.11を踏まえ3ページにわたって防災の特集を組んだ広報紙。特に印象的だったのは「3.11以降、あなたは何を始めたか」と会員にインタビューをした広報委員会。この広報委員会の視点・感覚はすばらしい。この講座に会長さんが数名参加されたことも特筆されよう。

ギャラリーに道祖神の写真をアップしました
【No.973】 2011年09月03日

 お詫び
 9月1日に更新したhttp://echo-take.sakura.ne.jp/
 今月号はとくに「道祖神の里めぐり」について力を入れた。ところが、肝心の、その道祖神の写真を『ギャラリー』のページにアップしていなかった!
そのことに今気付いた。なんとも情けない。

 あらためてお願いします。
ギャラリーのページでおおらかな神様たちにお会いください。

9月1日
【No.972】 2011年09月02日

 秦野市の小・中学校の二学期の始業式は8月29日。そんなわけでお隣の小学校の校庭で運動会の鼓笛隊の練習が始まった。
 毎年感じるのだが、校庭に初めて出てきたときの音色やリズムは?。ところが練習を重ねるにしたがって見事に《音楽》に変わっていく。子供たちの努力はスゴイ。そして先生方の指導力に感心する。今年もその進歩が楽しみなほど“今”は…。

『広報はだの』の9月1日号を読む。5ページにわたって『食育』を特集している力作号。
 PTA広報を作る指導をしているとき、広報には次の三つの型(編集者の姿勢)があると言っている。
 1 大事なことが書いてあるから、「読みなさい」という「読ませる広報(弘報・公報)」
 2 大事なことが書いてあるので、「読んでもらう」工夫をしている広報
 3 大事なことが書いたので、何が何でも「読ませちゃう」頑張りをしている広報
「読ませる」「読んでもらう」「読ませちゃう」。さて『広報はだの』の9月1日号はどれ?
 どなたか、9月1日号の読後感、手にした感想など聞かせてください。


豪雨の中 歩いて宴会へ
【No.971】 2011年08月27日

8月24日
 松田町の広報紙づくり講座。小・中のPTA広報と町の諸機関の広報紙を投影して紙面クリニック。4月の講座で得たものを紙面づくりに活かして作られてるが嬉しかった。

8月26日
 6年前に開いた全国新聞教育研究大会・秦野大会の速報部会の同窓会。東京・神奈川がゲリラ豪雨に見舞われている中、11人が集った。東京から参加のT先生は小田急の徐行運転で1時間遅れ。私の乗ったバスはイオンの前から全く動かなくなった。「駅の周辺が大渋滞」と運転士の放送。それで、そこで下車。豪雨の中、駅前の会場まで10分歩く。開宴の乾杯は私が着席してからだった。生ビールがおいしかった。「来年は東京で」と言葉を交わし9時半に解散。ご機嫌でご帰還の私。

【No.970】 2011年08月22日

 「夏休みの思い出を壁新聞に」の親子新聞づくり講座の第2日目。子ども28人、母親22人の参加。それで会場をホールに移した。
 きょう、会場で編集後記を書いて完成の子が数名。まだ半分くらいしか進まない子も同数。だが2時間を掛けてほとんどの新聞の紙面は埋まった。後は29日の始業式に間に合わせるため自宅で頑張るだろう。
 「ここに来る前にも新聞、書いた」と言った子もいた。公民館長さんから全員の子どもに賞状が渡された。賞状の表題は『讃』。その文面は新聞づくりを頑張ったことを褒めるもの。どの子も嬉しそうに受け取っていた。
 きょうから私は二学期。

タヌキ
【No.969】 2011年08月15日

 ジャガイモを掘ってから放っておいた畑にスベリヒユがものすごい勢いで繁茂。オヒシバ、メヒシバ、カヤツリ草も負けずに元気。きょう覚悟を決めその畑に入った。草取りである。その畑の北隣は雑木の茂み。西は小学校の校庭の規面でコンクリートの壁。
 畑の東南から手を入れ始め西北の角を目指した。その角地に近づいたら新しい土が一uくらい広がっていて草は生えていない。その土の堆積の向こうに差渡し20センチくらいの穴が見えた。この夏2夜続けて目にしたタヌキの巣、そう思った。土の量からしたらかなり長い穴を掘っている。穴はウチの畑から隣りの籔に延びているらしい。畑に出る楽しみが一つ増えた。
 きょうの「終戦の日」に触れた文を書いて「紙面拝見欄」に送った。

新聞スクラップ講習会
【No.968】 2011年08月12日

 妻の実家の墓参りで厚木の長谷寺へ。長谷寺は坂東33番の札所の一寺だが、猛暑の午後1時、境内には人影はなかった。
 午後2時から厚木文化会館で開かれた新聞スクラップ講習会に参加。講師は全国新聞教育研究協議会の田村先生と香山先生。参加者の数を目で追ってみた。子どもが45人で小学生が大半、母親28人、父親9人、祖父母4人、熟年ご夫妻が一組、そして私。総勢89人。2時間の講座の後半45分を使い実習する。実習の内容は、@ その日の新聞から選んだテーマに沿った記事を選び A記事を要約する B記事の感想を書く Cそしてその記事を切り抜きスクラップ帳に貼って終わる。講師はまとめで「ほとんどの人が作業を終えた」と褒めた。そして継続的にこのスクラップを行なうことを勧めていた。
 

家族新聞 100号
【No.967】 2011年08月07日

 『がたがた新聞』(おもしろい題字!)という家族新聞が7月で100号を迎えた。
 10年ほど前Y中学校の生徒会新聞委員会で新聞づくりの話をした。その講座にGさんがいた。間もなくそのGさんの家に家族新聞が誕生した。お母さんがPTAの広報委員を経験していたこともあって、以降この7月まで毎月新聞の発行は続いている。
 家族新聞は、子供たちが成長すると、特に中学生くらいになると、「わたしのことを勝手に新聞に書かないで!」ということになるからだ。
 パソコンで新聞を作っているのはお母さんの眞由美さん。その眞由美さんからこんなたよりが届いた。
 春美が「続けていて良かったね! もうお母さん新聞 やめられないよ!」と笑いながら言いました。これからも情報提供してくれるそうです! 孫も協力者の一人、写真を撮らせてくれるから(笑) 新聞に載るのが嬉しいみたいです。私だと良いお顔してくれるんです。

  いつか『エコー』を追い越してくれるだろうことを願う。 



相談室で「親子壁新聞づくり」
【No.966】 2011年08月04日

 きのう、きょうと相談室で「親子壁新聞づくり」の講座。きのうは2組の母子、いずれも小学4年生。一人は野球、もう一人は新体操をやっている健康そのものの女の子。
 きょうは3家族・9人がやってきた。小2から6年生までの6人で男の子は4年生の一人。昨年発行された新聞を見本に、新聞の作り方を話した。見本は「旅行記新聞」「家族紹介新聞」「夏休みの研究新聞」など20紙。研究新聞は『なすび新聞(日本各地のナスの紹介やナスの語源など』や『新聞の新聞(日本の新聞の題字、新聞の発行数など)』『かぶと虫新聞』などの力作。さっそく、どんな新聞を作ろうかと親子の話し合いが始まった。22日が楽しみ

「ナス ゲット!」
【No.965】 2011年07月30日

 秦野ゆとりの会の「行灯仕立ての朝顔展」(会場・東公民館)に出展。今朝二つ開いたものを持って行く。30鉢ほど並ぶとなかなかの展示会。朝顔の伝統的な色は紺なのだが、赤やピンクなどの鉢が多い。
 スイカ作りが得意な会員のYさん。今年は果肉が黄色のものを食べさせてくれた。「福助づくり」の菊苗も配られ、育て方の研究会。もう10年も勉強しているのに、咲く花に少しの進歩も見られない私。
 わが家の裏は中学校の農園。夏休みでも、朝の8時ごろから畑で草取りに励む生徒たち。「ナス、ゲット!」と大ハシャギの女の子の声が聞こえた。

親子で新聞づくり
【No.964】 2011年07月28日

7月27日
 「夏休みの思い出を親子で壁新聞に」しようという講座を東公民館で開いた。今年は17家族・38人。子供は幼稚園児から中学生までと幅広い層が参加してきた。講座中の2時間、親子で一つの机を囲みいろいろ相談をする。お母さんを独占できる子供たちの表情は心なしかゆったりと見えた。次回は8月22日、その日まである程度紙面を埋めなければいけないので、親子での行動も例年と違って増えるだろう。「新聞づくりは仲間づくり・家族づくり」になると思っている。きょう参加できなかった5家族は、8月3・4日にわが家で開く講座に出て22日の講座に間に合わせることになっている。

夏だけど
【No.963】 2011年07月25日

 運転免許更新のための高齢者講習に出かけた。最初に認知機能検査、そのあと高齢者講習。
 教室に入ると「耳の遠い人は前に坐ってください。最初の検査は30分くらいかかります。途中でトイレには行ません。今済ませてきてください」。
 実車テストで「後方の注意が足りない」「左折するときふくらみ過ぎ」と注意を受けた。夜間は目をよく慣らせてから運転するように忠告された。認知機能検査は「記憶力・判断力に心配はありません」。
 総合判断は「あなたの機能は同年代との比較では平均的(普通)です」。元気ぶっても、「私は高齢者だ」という、現実を思い切り知らされた。でも何となく納得。

 「今年はセミに異変が」と新聞が書いていた。寺山ではまだアブラゼミの鳴き声が聞かれない。庭でカナカナが鳴いたのは日曜日の午前4時過ぎだった。その一匹だけだった。今朝、ベランダにニイニイセミが横たわっていた。

偉大な娘たち
【No.962】 2011年07月18日

 女子サッカーのワールドカップで日本 優勝。4時過ぎにテレビにスイッチ。アメリカの攻めに防戦一方。「体力、スピード感が違う。これは負け」と観戦を止めた。
 準決勝戦、テレビを点けた瞬間、日本のゴールだった。しばらく観ていたがパスがキレイに通る。なぜか「3−1で勝ち」、そう思った。それでテレビは消した。結果は3−1 予想は的中した。
 アメリカは速い。何とか1ゴールは欲しい、残念だかがそう願った。5時を回って、再度ようすをうかがう。0-1でリードされている。もう観るつもりはない。負けるのを見るのはイヤだから。
 新聞を広げていたら、下りてきた妻が、「追いついて延長戦になったのに、今取られた2−1。間もなく終り」と言う。テレビを点け2分も経たないうちに、澤選手の神がかりのような、いや、“執念”の同点ゴール。
 そしてPK戦。戦いの前、両陣営の様子が映った。アメリカチームは、最後の最後で勝利を逃したという厳しい表情。日本は佐々木監督、そして選手たちの多くが笑顔だった。もしかしたらその笑顔は「120分戦って負けなかった。二度も追いついた。」という満足感からかもしれない。
 その笑顔がGK海堀選手のスーパーセーブを呼んだ。佐々木監督が「小さな娘たち」と言った。澤選手は穂希(ほまれ)という名だそうだ。誉高き「なでしこジャパン」、偉大なる娘たちを私たちは誇りに思う。

7月13日 迎え火
【No.961】 2011年07月14日

 お盆、迎え火の日。8時半にお墓の掃除に出かける。きょうはデッキブラシを持っていき、敷石の汚れを取った。その後『ツジ』のための竹を切る。帰ってから炎天下で『ツジ』作り。(ツジについては「秦野のおはなし94話」を参照)
 午後は盆棚づくり。3時にようやくオショロサン(お精霊様)を迎える準備が完了。5時、迎え火を焚く。そして近所6軒のツジに線香を上げて回る。6時近くなり、6軒の人がわが家のツジにお参りに来てくれた。S家はおばあちゃんと孫二人、孫の一人は中2の男の子。この家の人たちは「お参りさせてください」と言って線香を手向けてくれる。Yさんの家は中学3年生の女の子が参ってくれた。中学生がご近所の家を回って線香を上げる―これは“スゴイこと”だと思う。このことからだけでも、両家の家庭生活が想像できる。
 裏のH家は普段はだれも住んでいない。だがお盆になると、ここを実家とする子供たち4人がきょうから4日間実家で生活をする。「オショロさんが帰ってくるから、迎えてやらなければ」とツジを作る。そして「普段留守にしているから、お盆だけでも昔どおりの近所付き合いをさせてもらう」と線香を上げに回る。ここには寺山のお盆の原風景がある。

朝顔 ヤマユリ
【No.960】 2011年07月12日

 6時過ぎ、ピンクの朝顔が一輪咲いているのをほ発見。こんな早い時期に咲くとは思ってもいなかった。朝顔は、まだ夏の夜が明け切らない時間に蕾を開くともなく開かせる。その開花の様を眺めるのが朝顔を咲かせる人の極上の楽しみなのだそうだ。朝顔は英語でMorning glory、文字通りの花だ。他の鉢の蕾の成長具合をていねいに見た。しばらくは開花はなさそうだ。
 庭には今ヤマユリの香りが漂っている。今まであまり気にしていなかったが、数えたら17株が花をつけている。今朝の神奈川新聞は、弘法山のヤマユリの花が激減していると伝えている。猪が球根を食ってしまうかららしい。日本人は百合根を食べてきた。猪がそれに気付いたとしても仕方がないのだが。ヤマユリは発芽から開花まで5年以上かかるといわれている。庭のヤマユリを増やしたい。

夢進会
【No.959】 2011年07月08日

7月6日
 市P連主催の広報づくり講座が開かれた。新聞編集ソフトを使っての広報づくりの実技講習会である。ソフト作成会社から講師を招いて行なわれたが、今年で4回目。参加者は午前は初心者対象、午後の部は経験者コースで、あわせて60名超のに参加。秦野のPTAの広報づくりへの意欲が感じられる講座だった。
 午後6時から、市制50周年事業『市民が作る広報はだの』の編集に携わったメンバーの会・「夢進会」に出席。9名が集った。当時中学2年生だったAさんが初参加。「お酒が飲める年齢になったので参加しました」と笑うAさん。それを聞いたIさんが「あと3年で60周年か。このメンバーで60周年記念紙をまた作ろうよ」。それぞれがこの一年で成し遂げたことを報告し合うのが「夢進会」。20代二人、40代二人、50代三人、60代一人のそれぞれが報告するこの一年は充実したものだった。それに比べ70代の私の生活は?

7月5日
【No.958】 2011年07月06日

 梅雨は明けないが季節は夏の感。
 9時15分から歯の治療。帰ってきてから壁新聞講座の準備。午後、その気になって畑に出る。「草むしり」という言葉が普通だが「むしる」だけでは気が済まないのが性分だから、根っこから引き抜く。里芋、ナス、キュウリ、ネギの菜園。広さは一畝ほど。草取りの後追肥をする。インゲンとナスをもぐ。小松菜も採った。これらは夕食用。炎天下での3時間の作業を終え、見渡した菜園はいかにも手入れをしたという景色。満足だった。
 

「まほらの会」の総会
【No.957】 2011年06月27日

6月26日
 9時から「まほら秦野みちしるべの会」の総会。発足したのが2007年でその発足会以来の総会。
 スタートしたメンバー17名で、この総会を迎えることができた。必要に応じて集めていた会費を年会費制にした。マップ完成時に備えての資金備蓄も意識し始めた。
 二カ月に一日の活動というのんびりした会だが、目標としているイラストマップは旧東秦野村、西秦野村、大根村分まで7部を完成。これから1年間の活動予定を策定。総会の後、いま作成中の南秦野町と秦野町のマップに手を入れる。楽しく充実した3時間だった。

さすが「まほらの会員」
【No.956】 2011年06月22日

6月21日  
 大井町郷土史研究会の公開講座。午後1時半からおおよそ2時間、「大山道」の話をする。
 大井町は矢倉沢往還につながる小田原道が通る。また富士講が盛んだった地である。
 私たち「まほら秦野みちしるべの会」の綾部、井口、小泉さんが助手として参加してくれた。その綾部、井口さんは松田駅から歩いて会場である大井町中央公民館にたどりついた。まさに“たどり着く”の言葉どおり、かなり高温多湿の中、会場への道を尋ね、尋ねて、ということだつたらしい。
 それでも、道すがら庚申塔などを見かけると立ち止まり、造立日などを調べたとのこと。「公民館の前に大きな碑があって《大神》だけは読めたけど、その他は読めなかった」との報告もあった。その碑こそ、きょうの講座の中で取り上げる富士講の碑だった。さすが我が会の会員、と思った。結局、45分歩いて会場入り。
 お二人、帰りは小泉さんの車に私と同乗。

高校のPTA広報講座
【No.955】 2011年06月20日

6月18日
 県公立高等学校PTA連合会主催の「横浜北地区広報委員研修会」に招かれた。会場は鶴見総合高校。土曜の午後2時から4時という時間帯なのだが17校から50名ほどの参加。
 会場校である鶴見総合高校PTAの「お客様(他校からの参加者)を迎える」心遣いを感じた。校門、玄関に出迎えのお母さんたちが立っていた。会場校として、校長先生、副校長先生、そして先生数名が会場設営に心を配ってくださった。そして研修会にも参加してくださった。
 講演の後、4つのグループに分れ講義の内容などについて意見交換がなされた。話し合いの内容のいくつかは、各グループの代表者から「質問」という形で私に投げかけられた。
 質問の内容はPTA広報の本質に迫るものなどもあり、小・中学校のPTAとは違う『大人のPTA』という感じがした。
 校門で、校長先生、副校長先生、会長、副会長さんに見送られた私だった。

朝顔 タケノコ 
【No.954】 2011年06月17日

 「朝顔のアンドン仕立て」今年は15鉢。例年とちがい少し力を入れている。今年は土も買った。露地植えも20本ほど。“緑のカーテン”も作るつもりで軒先までネットを張る。苗は自前はわずかで『ゆとりの会』の森下さん、田中さんからいただいた。森下さんからは夕顔の苗も。
 ここ数日の天候でタケノコ採りに追われている。妻と一日おきに竹薮へ。蚊に悩まされ、ヤマビルを恐れながら、できるだけ早く引き揚げるようにしている。放置された竹薮では良いタケノコは出ない。少しずつ整理してきた効果が今年のタケノコの姿・形に表れている。
 整理と言っても、毎年この季節になるとタケノコを採りに入るだけ。そのついでに風で倒れ、枯れかけているものを片付ける。「傘を差して歩けるほどの竹薮」が健全な竹薮の姿なのだそうだ。
 採れたタケノコはご近所や知人に届け、喜んで食べてもらっている(?)。きょうも午後、竹薮に入る。
 
 昨16日、午前10時から秦野民生・児童委員協議会の広報部会で「広報誌づくり講座」。民生・児童委員の任期は3年。ここで広報委員も大半が交替したのでこの講座が開かれた。正直に言えば「年三回の発行に三年間かかわるのは大変」だろう。しかも、民生・児童委員の本務を務めながらである。心から「ご苦労様です」と申し上げた。
 一人の方が講座の感想を述べてくれた。「先生が伝えようとする広報の役割を、先生の汗、それをぬぐうタオルから知ることができた」。これ以上の賛辞はない。


梅雨の中休み
【No.953】 2011年06月08日

6月6日
 本町中学校の生徒会広報委員会の新聞づくり講習会に招かれた。本町中の生徒数736名。この日は「ボランテイアの日」という行事ももたれていて、校外の清掃に出かける生徒で正門の近くはごった返していた。中学生の熱気と喧騒に紛れ込んんだ私。少しばかり気分は高揚したのだった。午後3時30分から1時間の講義、特に学校新聞が果たすべき役割について時間を割いた。参加者は70余名とか。よく聴いてくれた。終わってから、学級通信を出しいる先生二人と話をした。

6月7日
 「みちしるべの会」の総会を26日に開く。その会で特別講師としてお招きする亀崎先生を講演の内容について打ち合わせをするために訪ねた。亀崎先生はわが家がお世話になっているは内科の先生。午前の診察がが終わったばかりのようで、ご飯を噛み噛み、という感じて会ってくださった。戦前の秦野の暮らしについて話してもらうことになった。
 PTA広報『カリヨン』が届いた。「地震 その時あなたはどうした」というコーナーで保護者のその時感じたこと、思ったことがストレートに書かれている。読み応えのある『カリヨン』だった。

 この二日間は「梅雨の中休み」。

平成22年度の神奈川県PTA広報紙コンクールの結果
【No.952】 2011年06月04日

 平成22年度の神奈川県PTA広報紙コンクールの結果が昨日発表されました。入賞された各PTA広報委員会のみなさん、おめでとうございます。 その入賞全紙の一覧を「秦野の新聞教育」のページにアップしました。ご覧ください。

6月もPTA広報講座で始まった
【No.951】 2011年06月02日

6月1日
 日本橋、銀座、築地、月島を抱えている中央区。その区役所でのPTA広報づくり講座。
 講座は午後2時半から。29日の運動会がきょうに延びた学校もあったが70名ほどの参加。P連の会長さんの挨拶の中に「最後のリレーを見ないでこの講習会に駆けつけてきた委員さんもいらっしゃる」という一節があった。
 講座の残り30分で、事前に届いた広報の紙面クリニックを行なった。これが良かったようで、講座の後も質問や相談が続いた。その中で「さっき褒めていただいた写真は私が撮った。自分でも傑作だと思う」とか、「子育ての孤立を助けるためにPTA委員になりなさい、という先生の話は同感。私はそうしたから」と感想を述べてくれるお母さんもいた。
 区役所の前で、先ほど質問したお母さんが自転車で帰るところに出会った。「銀座を自転車で走るなんてスゴイですね」と私。そのお母さんは満面の笑みで手を振って走って帰っていった。
 
 千代田線から有楽町線への乗り換えの地下道を初めて歩いた。節電のためだろうが暗くて不安だった。
 午後5時半過ぎ、代々木上原から小田急に乗った。もうこの時間帯で車内はすし詰め。帰宅時間が早まっているのだろう。

横浜で広報づくり講座
【No.950】 2011年05月26日

5月25日
 県民生委員児童委員協議会が発行している「県民児協だより」の通信員の研修会に招かれた。90分の講座で記事の書き方、見出しやキャプションの作り方などが与えられたテーマ。出席者は42名で県下各市町村の代表者だから“アラ還”。おおよそ三分の二強が女性なので反応は良かった。女性特有のうなづきを頼りに話す。質問二つ。

山場は何とか乗り越えた
【No.949】 2011年05月22日

5月21日
 中野区の中学校のPTA広報講座。東京の学校はこの季節、運動会が行なわれているようで12校中4校が欠席。講座は午後1時半から2時間。20数名の参加なので肉声で話すことができた。
 この日は午後7時からもう一つの仕事があったので、めったに乗らないロマンスカー切符を取っていた。列車が入ってきたので乗車口に立った。あと5分で発車なのにドアは開かない。するといきなり「車両故障で運休します」という放送。“怒り”より「どうしよう」という困惑感。乗車予定の人たちが一斉に急行列車のホームに走り出した。立って帰るのを覚悟して並んだそのホームにまたも放送。列車が入れないのでこの急行も運休というのだ。この時点でもう並んで待つ気力は失せた。次を待っても列車は入構しないだろうと思った。何しろ始発駅で列車が立ち往生しているのだから。
 藤沢行きの急行が別のホームから発車するところだったので、それ飛び乗った。何としても秦野に近づかなくては、と思った。この判断は大正解だった。タクシーを使い、会場に7時10分前に入ることができた。
 会場は堀山下児童館。そこで「大山道」についての話を聞いてもらうことになっていたのだ。主催は、変貌し続ける地域が失ってはならない文化や歴史を次代に伝えようとする街づくりを目指す「一味ちがう郷づくりの会」。参加は40名強、年配者がほとんど。地元の議員さん2人が最後まで聞いてくれたのは嬉しかった。
 帰宅は10時過ぎ。きょう一日は確かにハードだったが、なんとかクリアできた。納得した一日といえよう。全然別な感想になるが「帰宅難民」とはどんなものかを少し体験できたような気もする。
 今シーズンの山場は何とか乗り越えられた。

5月19日
 秦野市P連の広報講座。主催者の熱い心もあって、広報委員だけでなく一般会員にも講座を開放することになった。この日、文化会館の小ホールに集った人は320人超とか。昨年度の広報委員の姿もかなり見られた。これでは私も熱くならないはずはない。

5月17日
 寒川町のPTA広報講座。この日の講座のスタートは9:30。通勤の時間帯の道路状況は予測できない。とくに相模川を渡る神川橋の渋滞が怖いので電車で行った。昨年活躍した委員のFさんも参加。そして「Pが終わったので町の環境浄化委員として広報をつくることになった。発行回数を増やすように会にお願いしている」と話してくれた。その活躍を期待したい。

5月16日
 伊勢原市のPTA広報講座。昨年、高部屋小PTAの 『あおぞら』が全国コンクールで「最優秀賞」を受けた。そのため市内の各PTA広報が大きな刺激を受けているようで、終わってからの質問や相談が例年に比べ多かった。

完さんのご冥福をお祈りいたします
【No.948】 2011年05月14日

5月11日
 9時半から柏市P連のPTA広報講座。かなりの雨の中、61校から200名余の参加。

5月12日
 東中学校の校庭にそびえていた大銀杏の持ち主だった武完さんとお別れ。完さんは、東中学校の校地のために、数百年の歴史を持つ自宅の敷地をすべて提供された。そのとき「この銀杏の木だけは切らないで」と約束を取り付け、樹齢二百数十年の木を護られた。一昨年、再度校地の整理をするに際して「邪魔な木」と伐採されそうになった。私は市当局や関係者に「移植」を訴えた。完さんは私の行動に理解を示してくれ、「もし切り倒すことになったら体を銀杏の木に縛り付けて阻止する」と言われた。そんなこともあって伐採は取り止めになった。今、その大銀杏は背丈を三分の一に縮められてはいるが、校庭の西門の脇で新緑を見せている。

5月14日
 来週はいよいよ正念場、週に5回の講座。きょうは鶴巻中学校の卒業生の会に招かれている。飲み過ぎないように、ハシャギ過ぎないようにするつもり。 

大型連休点描
【No.947】 2011年05月09日

4日
 ようやく野菜の苗を植えることができた。玉川中の教え子Kさん夫妻が来訪。所属しているシニアギタークラブの演奏会のCDを持って来てくれた。長寿会やデイサービス施設などで演奏を披露し喜ばれているらしい。CDに収められている演奏は童謡、演歌、フォークソング、ラテン、シャンソン、小学唱歌など「何でもどうぞ」という感じ。理科系の企業人として大成したKさんのイメージとギターを爪弾く姿はなかなか一致しない。

6日
 朝5時少し過ぎたころ、寝間のガラス戸越しに動物の動く姿が見えた。歩き方が猫と違う。タヌキが数メートル先の離れの犬走りをトコトコ歩いている。そして数分後、今度はすぐ目の前を通った。そっとガラス戸を開け姿を追った。裏の茂み中でなにやら食べている。5bとはなれていない。こちらにはまったく気付いていない。今朝でタヌキの目撃は二回目。どこに住んでいるのか、親しみを感じる。

8日
 10時から荒川区でPTA広報講座。開会10分前の会場は40名ほど。「きょうは日曜日、『母の日』、そしてこの時間帯だもの」と納得。ところが開会までの10分間に続々と入場してくるお母さんたち。
 講座の冒頭に「ステキな女性に会いたかったら小・中学生校のPTAの集会に行きなさい。そこに集ってくるお母さんたちは、子育てに情熱を持っている。そして自分のことにも情熱的である。だからステキな女性なのです。これは永六輔さんの言葉です。会場の皆さんを見て、永さんの言葉の通りだと思いました。皆さんはステキな女性です」と話した。
 講座が終わってから主催者からの報告があった。きょうの参加申し込み者は108名、実際の来場者は130名超。
 4月28日の第1回の講座には120余名の出席があった。荒川区のお母さんたちのこの情熱に圧倒された。

鯉のぼり
【No.946】 2011年05月02日

 《五月晴れ》のはずなのに黄砂でどんよりとした空。五月の空には鯉のぼりが似合う。そんなつもりで昨日5月1日に更新したホームページに鯉のぼりの絵を2点載せた。
 今朝の「朝日俳壇」にあった一句
 福島の空こそ泳げ鯉のぼり    原田けいこ

 今年の藤の花はよく咲いている。父が山から持ってきた山藤。その父の23回忌の法要をきょう済ませた。
  鯉のぼり揚げ素晴らしき日となりぬ  武姫百合(父)

清水自治会の心を届けてくれた若いご夫妻
【No.945】 2011年04月30日

 昨日、自治会の回覧板が回ってきた。そこに添付されたのは次のようなのお礼状だった。

清水自治会の皆様へ 「福島へ支壌物資をお届けしたご報告」
 この度は急なお願いにもかかわらず、私たち夫婦の浅はかな考えで始めた今回の行動に、こんなにも多くの方々にご協力頂きありがとうございました。車いっぱいの支援品を集めることができました。
 23日に福島県会津若松市にある福祉センターへ物資を無事に届けることができました。洗剤、ラップ、タオル、食品を中心に300点以上を届けてきました。子供のために折り紙やミニカーまで用意していただいたり、わざわざこのために物資を調達してくださった方も多く、ご負担をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。皆様のお心はしっかりと現地に届いたと思います。
 福島の現状は、高速道路ですら車の通りが少なく、福祉センターによれば、企業からは物が入りにくいので個人からの物資を受け付けないと生活は厳しい状況だとのことでした。私たちの福島滞在中も体に感じる余震が夜も続き、まだまだ不安の中で生活をしている状態でした。
 最後になりましたが、岩手の実家のことを心配してくださり、たくさんのお電話をいただきました。ありがとうございました。福島の滞在後、実家岩手にも行ってきました。実家は津波は免れましたが、久慈市の沿岸部と隣町野田は壊滅状態で絶句してしまいました。
 「こういう時だから何かしたい」そう考えた行動を理解し応援してくださった皆さんが周りにいるあなたたちの環境は宝ですね、と福島で言われ、私たち夫婦は本当に地域の皆様に助けていただき幸せだと思います。今回の事はたいへん貴重な体験となりました。皆様のご協力に感謝いたします。本当にありがとうございました。 金澤竜也・朋子

 金澤さん夫妻は結婚4年でわが家の隣りに住む。ご主人竜也さんは岩手・久慈市の出身、奥さんの朋子さんは寺山生まれ。こんどの大震災で実家を見舞うことにした夫妻は、被災された人たちを支援したいと思い、急きょ自治会の皆さんに物資の提供をお願いした。

文京区の講座
【No.944】 2011年04月26日

 きのうは文京区でのPTA広報講座。6時35分のバスで出発。本厚木から綾瀬行きの準急で。これは座っていけるから。「都内の大学はまだ授業に入っていないから空いているんじゃない?」という言葉をもらっていたが、実際はたいへんな混みよう。
 講座の参加者は60名ほどか。担当の方がプロジェクターの操作をすべてやってくれたので、視覚的には納得のいく話ができたと思っている。質問が二つ、終わってからの相談が4件。
 そのほかに声をかけてくれたお二人。一人はお父さん委員で実家が秦野の駅近くの高橋さんという方。もうひと方は「寺山に古谷という親戚がある。私は伊勢原の高部屋出身」と名乗ったお母さん。二人とも秦野のP広報を手にして一生懸命読んでいた。昨夜遅く講座に出てくれたお母さんからメールが入った。

4月18日
【No.943】 2011年04月19日

 この4月から1年間、神奈川新聞の「紙面拝見欄」を担当することになった。その第1回がきょう掲載。実は平成12(2000)年度にも同紙の「紙面直言欄」を担当したので再登板になる。そのときは紙面「直言」、今回は紙面「拝見」。「紙面に《直言》する」のと、「紙面を《拝見》する」ことの違いにこだわってしまい、1回目から苦闘している。
 10時40分から15分間ほどBSNラジオ「近藤丈靖の独占!ゴキゲンアワー」に電話で出演。「PTAは必要?不要?」についての意見を求められた。もちろん「必要」で話した。
 午後1時半から4時まで中井町教育委員会でPTA広報講座。3校で23名の参加(幼稚園児も2人いた)。中井町の講座の特長は、私の話のあと企画や編集の会議がその会場で開かれるということ。講座には参加できなかった委員も4時を目安に集ってくる。そして、私のアジテイトに乗せられて白熱した話し合いが行なわれる。教委はその会場を、お母さんたちに“気が済むまで?”使わせる。町だからできるのではなく、そういう雰囲気がある町なのだ。
 大地震の際の学校の対応がこの講座でも論じられた。子供の命にかかわることはゆるがせには出来ない、と言う母親たちの言葉を重く受け止めた。今朝、登校中の小学生6人の命が暴走したクレーン車によって奪われた。

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