- 寺 山 だ よ り -

6日の毎日新聞の夕刊に
【No.1090】 2013年04月09日

 千葉の知人から「6日の毎日新聞の夕刊に先生が出ている」とメールをもらった。それで毎日新聞の販売店にお願いし、新聞を手にすることができた。夕刊のコラム『人・模・様』の出ていた私。見出しは「教師の声届けて創刊300号に」。カラー写真も添えられている。「もったいない」こと。

花に嵐
【No.1089】 2013年04月04日

 朝から春の嵐。東公民館の事業「古道大山道を歩く・寺山地区の路傍の神仏を訪ねて」の日。
 雨の場合は座学の予定になっている。それで「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生さ」を枕詞に2時間の講座。歩くことが好きな人が集まる講座だから、と出席者が少なくなるだろうと思っていたが、荒天の中、半数の人が来てくれた。
 この日訪ねるはずだった野仏を画像で紹介。終わってから「座学もたまにはいい。とても面白かった」と好評。「一緒に歩いて回りたい」の声が多く、5月に再度この講座を開くことになった。
 ウオーキングの途中で見てもらうはずだった桜(我が家のも)は来年までお預け。

4月1日 春爛漫
【No.1088】 2013年04月02日

 前年度広報委員だった母子に出会った。小2の男の子が言った。「これから友達のうちの人とカラオケに行くんだ」。小学生の孫二人を連れた知人にも会った。「これから小田原に映画を見せに行くんだ。せっつかれてね。映画なんて困るんだけど」と言いながらもまんざらでもない口調。
 春休みはイイ 桜は咲くし、気候もイイし、何しろ宿題がないのがいい。
 秦野の水無川沿いに車を走らせた。ここは隠れた桜の名所。ソメイヨシノと枝垂桜が見ごろだった。
 

“おおやまみち”まちづくりサミットin伊勢原
【No.1087】 2013年03月25日

3月24日 
 善波隧道を出たら桜はほぼ満開。産業能率大学を会場に開かれた「第1回“おおやまみち”まちづくりサミットin伊勢原」に参加した。サミットと称するこの催しの主催は伊勢原市。
 会の前半は3団体による活動報告で、「みちしるべの会」は『富士から大山へ・富士道を歩く』で登壇。後半は伊勢原市長と周辺の秦野・厚木・海老名・平塚市、大井町、松田町の首長さん7名によるシンポジュウムがもたれた。参加者はおおよそ400名とか。「まほらの会」からも9名。
 夕方、こんなメールが届いた「本日、伊勢原で武先生のおおやまみちの話は大変勉強になり興味深く拝聴いたしました。私は県の第四の観光地を考えるアドバイザーをしており、認定に作業に関わりましたので出席しました。秦野市にきて30年ですが、恥ずかしながら地元のことは詳しく知りません。今後、武先生のセミナーや講演会に機会があればお伺いしたいです。M」

道祖神の招きにあひて
【No.1086】 2013年03月18日

3月16日
 秦野市PTAの今年度の広報紙コンクールが開かれ、私も審査員の一人として参加。審査員はP連情報委員会から7名、P連会長、教職員代表の校長先生、そして広報講座の講師の私の全10名。
 年間5回・42ページを発行されたものに代表されるように、充実した広報紙ばかりで審査は厳しいものになった。午前10時から午後3時終了のはずが1時間オーバー。
 この結果の発表を兼ね、昨日(3月17日)から、本町公民館で「秦野市PTA広報展示会」が開かれている(3月30日まで)。この展示会は「開かれた学校を」との趣旨も踏まえている。たくさんの市民が見てくださることを願っている。

3月17日
 北公民館主催の講演会「道祖神・ワンダーワールド」の講師を務めた。参加者は20数名。
 現役の頃一緒に仕事をした同僚のAさん、今年度N小のPTA広報委員のIさん、そして30年ぶり再会の元W中PTA広報委員のYさん。大山街道、東海道などの街道マップを作っている風人社のKさんは東京から来てくれた。こんな人たちに囲まれ、少々上がり気味の110分だった。
 私にとって道祖神はまさに《ワンダーワールド》。芭蕉が『奥の細道』の序で、「道祖神のまねきにあひて、取るもの手につかず、ももひきの破れをつづり」と記しているが、見知らぬ地で私を待っている道祖神に会いに出かけなければならない。

2011年3月11日から2年が経った
【No.1085】 2013年03月11日

 今日で2011年3月11日から2年が経った。気仙沼市、南三陸町の人々の暮らしを毎日届く「三陸新報」を通して眺めている(失礼な言い方をお許しください)。

1 震災後の生活を広告欄から読み取っている。
・葬儀のお知らせをする喪主は、旧住所を記し、括弧書きで現住所の仮設住宅を知らせている。自宅から葬送できない悲しみ・無念さをそこに読み取る。
・3月8日付けに出た「臨時休業のお知らせ」。その本文は「日ごろのご愛顧誠にありがとうございます。悪夢のようだった東日本大震災からまもなく二年を迎えようとして降りますが、未だ心の傷が完全に癒えぬまま時だけが過ぎた二年間でした。お客様にはもうしわけございませんが明9日(土)〜11日(月)まで休業を頂き、静かに心の整理を付けたいと存じます。これからも復興に向けて頑張りますので宜しくお願い申し上げます。」
・未だ帰らぬご主人への思いを「願わくは寒くなる前に 雪の季節が来る前にお帰り下さい。只々ひたすらあなたのお帰りを待っています」。第2回恋文大賞を受けた菅原文子さん(気仙沼市)の言葉に、未だ帰らぬ人を待つ人々の心、推し量るには余りある。(3月5日付け)

卒業 二題
【No.1084】 2013年03月09日

3月8日
 今日は中学校の卒業式。午後1時ころ、東中の広報委員長Nさんが次年度の委員長Gさんを連れて一年間のお礼に来てくれた。この日発行された『東中新聞』はB4判6ページの卒業記念号。「よく頑張ったね」とほめた。Gさんには「困ったらおいで」と言った。
 午後5時少し前、「紙芝居チーム『竹の子』」の智子さんが炊き立てのお赤飯を持ってきてくれた。ご長男が今日東中を卒業したのだ。夕食にお赤飯でお祝いをするのだ。卒業にかかわる二つのこと。 心が温まった一日になった。

渾身の力作
【No.1083】 2013年03月05日

 3月は年度末、PTA活動も締めくくりに入っている。N小の広報委員三人が年度最終号を持って訪ねてきた。
 A4判・8ページのこの号は経費の関係で学校印刷だからモノクロ。
表紙の写真の一枚。突然降ってきた雪に喜ぶ子供たちを撮った写真―編集会議の最中に校庭に飛び出して撮ったのだそうだ・本物の記者顔負けの動き―は出色。
 企画モノの「6年間の思い出・贈る言葉」は、6年生から「先生へ、家族へ、友達へ、登校班のみんなへ」である。そして6年生の家族からは「今伝えたいわが子への思い」。卒業生を励ます視点は広範でしかもシャープ。第二企画は「一文字に思いを込めて」。全職員が、学級の子に、教科担で教えた子に、保健室などいろいろなところで出会った子たちに、一文字で卒業・進級を祝うエールを送っている。後半の3ページはPTA活動の反省と次年度への期待。
 まさに渾身の力を込めた作品。「これが私たちの広報」という主張がみなぎる紙面。そして、そこには次に向かう決意のようなものも感じた。
「満点! 言うことありません」。こう告げた私に、三人は拍手で喜びを表した。 


全国新聞教育研究協議会から表彰状をいただきました
【No.1082】 2013年03月03日

 2日午後1時から毎日新聞東京本社の毎日ホールで、第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの表彰式が行われた。招かれた入賞29校は全国コンクールの文字通り「北海道から九州」という広がりだった。
 その表彰式にはハプニングがあった。山形・鶴岡市立田川小学校の児童が折からの強風で列車が動かず、開式には間に合わないとの連絡が入った。式後の祝賀パーティーの開始を遅らせ待つこと1時間半、児童を先頭に保護者、先生の三人が緊張の面持ちで会場に姿を現した。会場は万雷の拍手。そして、1校だけの表彰式が行われた。
 後で主催者が教えてくれたエピソード。受賞した女の子の身に着けていた服は、この日のためにお母さんが仕立てたものだった。濃いブルーの生地に白い縁取りがしてあるワンピース。胸元の白い蝶が印象的だった。
 パーティーが始まりP広報の受賞者の皆さんと歓談していると、司会者が「これから特別表彰式を行うのでしばしご注目を」と会場に声をかけた。そして、突然私の名が呼ばれた。少しビールを飲んでいることもあり、混乱した。
 全国新聞教育研究協議会の木野村雅子会長さんがにこやかに私を壇上に招く。そして読み上げられた表彰状は『エコー』発刊300号に到達したことの評価だった。「消え入りたい」そんな思いで立っている私。ただ、新聞の仲間がこうして祝福してくれたことにあふれ出る感謝の念。花束と記念品もいただいた。
 「ひと言ご挨拶を」と言われ、「みんなで新聞をつくりり、みんなでその新聞を読んで話し合い、学級・を学校・PTAを、世の中を良いほうに変えましょう。それが『新聞づくりは仲間づくり』という言葉の意味です。これからも新聞づくりを続けてください」。お礼言わなければいけないのに、そんなことを口走ってしまった。

 祝賀パーティーが終わると「別席で武さんの300号を祝う会をするから」と居酒屋に連れて行かれた。その席についてくださったのは、このコンクールの運営、審査に当たった毎日新聞、協賛団体、全新研の関係者18名。会の中でその皆さん全員の方から私に向けてのひと言を頂いた。まさに「汗顔の至り」。いつもならかなりいただくアルコールだが、このときばかりはコップを口に持っていくことができなかった。ただじっと顔を伏せているだけ。そうしている間に私の中にふつふつと湧き上がってきた喜び。人とのつながりの持つ重さ、特に支えられていることへの感謝の思いに、こみ上げるものがあった。
皆さん、本当にありがとうございました。

三陸新報
【No.1081】 2013年03月01日

2月24日のNHK・TVの「小さな旅」で気仙沼市唐桑地区で復興に向けて頑張る人たちの姿を見た。あの「第十八共徳丸」の撤去についてのニュースも流れた。
 大震災の日からまもなく2年という歳月が流れようとしている。遅々とした復興の現状などマスコミは伝えているが、本当のことはわからない。

 昨年4月、気仙沼市の三陸新報社を 訪ねた折、市内の高・中・小学校のPTA広報を読ませてもらい、子どもたちのふるさと・気仙沼に寄せる思いに心を打たれた。2年を経たその子どもたちの成長を知りたいと思った。それで三陸新報の購読を申し込んだ。
 そして今日の午後、郵送で三陸新報が届いた。2月20日付け以降の新聞もいただいた。その中の20日のコラム『萬有流転』欄に、『エコー』のことが紹介されていた。思いがけないことで感激あるのみ。
 

春近し 
【No.1080】 2013年02月22日

 19日夜半から寺山に本格的な雪。この冬初めての積雪。20日の朝の天候は曇り。我が家から見える風景は北国の冬景色。
 玄関先に立つ梅は満開。樹皮だけで生きているこの梅、樹齢は100年は超えているだろう。私が子供のころから見ている樹形と変わっていない。
 思い切って刈り込んでもらった雪柳に花芽がびっしり。
 中休みの時間に校庭で遊ぶ子供たちの声も春の近いのを教えてくれる。

 一昨日、大先輩のN先生が激励の文を持ってご来訪くださった。M市の教育長さんからも電話を頂いた。昨夏、大相撲十勝場所で知り合ったYukaさん親子からお祝いの手紙が届く。

 昨日、地域紙のO記者ご夫妻が300号のお祝いに花束と色紙をもってわざわざ来てくれた。OさんにはPTA広報講座や「みちしるべの会」のことも幾度か記事にしてもらい、ずっと私の後押しをしてもらっている。

第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの結果
【No.1079】 2013年02月14日

第62回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの結果(秦野市関係の入賞校) 2013年2月14日発表

 ◇学校新聞の部
  佳 作  秦野市立東中学校
  奨励賞  本町中学校
 ◇学級新聞の部
  奨励賞  秦野市立西中学校2-5
 ◇PTA新聞の部
  全国新聞教育研究協議会賞  秦野市立西中学校PTA
  佳 作  本町中学校PTA 西小学校PTA 渋沢中学校PTA
  奨励賞  本町小学校PTA 南中学校PTA 渋沢小学校PTA
  PTA新聞の部の入賞は44紙。秦野市から7紙入賞。
 
 詳しくは全国新聞教育研究協議会のホームペーシで(私のホームページのリンク集から入ってください)。

道祖神・ワンダーワールド
【No.1078】 2013年02月11日

 本町公民館で開いた「イラストマップ展『まほら秦野』」は好評につき、北公民館でも開催することになりました。その展示会に関連した講演会「道祖神・ワンダーワールド」を開きます。

まほら秦野みちしるべ 
  ― 古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会
 会 場  秦野市立北公民館1Fホール
 日 時  平成25年2月15日(金)〜28日(木)午前9:00〜午後5:00
      ※2月17日(日)24日(日)イラストマップをお譲りします(有料)

  ― 古道・大山道を歩く― イラストマップ展示会 
   講演会 「道祖神・ワンダーワールド」
         − 北地区の道祖神について−          
           講師  まほら秦野みちしるべの会 武 勝美
 会 場  秦野市立北公民館2F音楽室
 日 時  平成25年3月17日(日)午前10:00〜12:00

                  お問い合わせは 北公民館 75−1678

日馬富士のサインしたまな板
【No.1077】 2013年02月08日

2月7日 
 欅のまな板に横綱日馬富士のサインと似顔絵。もちろん横綱自筆のもの。成チャンがそれを持って現れた。「先生が相撲が好きらしいから。デイサービスのとき先生が相撲取りのサインを見せて話しをした、とお袋が言っていたのを思い出して」とニコニコ。
成チャンは材木屋。日馬富士らを招いて行われた出雲大社相模分祠の節分祭に協力したお礼が、日馬富士の「サイン入りまな板」なのだそうだ。それを私にプレゼントしてくれた。絵が得意な横綱の自画像もあるこのまな板。どこに飾ろうと思案中である。
 夕方、俊さんが、寺山の奥・矢名曽の道路わきに立つ野仏2体を写真に撮って持ってきてくれた。1体は摩滅がひどく形体も分からない。他の1体は頭部のみ。聖観音と半跏思惟像の如意輪観音のように見える。そうだとしたら供養碑。一度見に行かなければ。

水森かおり
【No.1076】 2013年02月06日

2月4日
 「JAはだの」の『水森かおりコンサート』に出かけた。自由席だから早く行かなければ良い席には座れない。私が着いたのは1時45分頃。
 会場は文化会館の1450席の大ホール。席は「あ列→ほ列」があり、取れた席は「の列」・22番。さすがにこの辺りになると自由に席は選べる。
 ショウの第2部は、日本の北から南へご当地ソングで旅をする「歌紀行」。「恋の町札幌」から「ブルーライトヨコハマ」、そして沖縄の「花」まで10曲をワンコーラスずつ歌ったのだが、客席で歌った。彼女は、観客に握手を求めながら歌い、進む。そして最後尾「ほ列」まで登ってきた。私の席は「の列」・22番。通路である。「もしかしたらこういうことがあるかもしれない」とかすかな期待を込めて通路脇を選んだのだった。それが功を奏し、彼女との握手の恩恵にあずかった。
 歌謡ショーにそれほど多く出かけているわけではないが、(でも10回は超えている)、ホールの最後列まで登ってきて握手をする歌手を初めて見た。
 おそらく観客の1割超と握手をしただろう水森さん。年齢は39とのこと。正味1時間30分のワンマンステージ。彼女は秦野の地にもう一度足を踏み入れることはないかもしれない。だからこそ「一期一会」とエンタテイナーに徹した彼女。そしてその体力・エネルギーにもただただ感嘆。ファンになった。

この1週間
【No.1075】 2013年02月04日

2月3日 
午後になってHPの『マンスリーエッセイ」のページが更新されていないことを発見。それであわててアップ。「日本最古の道祖神」に会いに行った話。ついでにアクセスカウンターにも目をやったら、2日に25万アクセスに到達していたようだ。2000年10月8日のスタートだから12年4カ月で25万。“健闘”していると思う。
 夕方5時から「豆撒き」。いつものように「福は内」だけ。

・2月2日 新聞コンクールで毎日新聞東京本社へ。

・1月29日 「ゆとりの会」の新年会。全員が“オーバー60歳”だが、会場は居酒屋で飲み放題コース。皆さん元気。私も?。

・1月27日 本町公民館で『まほら秦野みちしるべ』のミニ講座。「秦野の道祖神」の話。

まほら秦野みちしるべ イラストマップ発表会は成功
【No.1074】 2013年01月24日

1月20日 「『大山道のイラストマップ』はとりあえず完成」と言うことで、協力していただいた皆さんにマップの披露と、お礼のための報告会を開いた。市内の協力者は20名、。この展示会は新聞で紹介されたこともあり、特別参加として伊勢原市経済環境部から4名、厚木から公民館長さん、市議さんも来場。
 報告者三人の落ち着きぶりは、実践活動に支えられているからだと思った。展示会場も賑わい、地図の実費販売も好調。手描きであることが賞賛された。入会希望の話も数件。
 夜、全会員の参加で「ご苦労さん会」を開く。全員参加がこれまた感激。地図の拡大に協力してもらった測量会社のY社長も駆けつけてくれ、楽しい会になった。

道祖神祭りの集い
【No.1073】 2013年01月17日

1月14日
 秦野は雪ではなく暴風雨。それで道祖神のダンゴ焼きは16日に延期。だが清水・東の原子ども会の「道祖神の集い」は予定通りに行われた。荒天なので参加は少ないのではないかと気にしながら会場の「あずま荘」へ。ところが親子合わせて30数名の参加。
 紙芝居チーム「竹の子」で「目ひとつ小僧」を上演。昨年、この会場のこの会が初舞台だった智子さん、きょうは名演。私の出番は「清水の道祖神・久奈斗大神碑」の説明。この碑の在り処を知っていた子どもはほんのわずか。来年は現地で説明をしたい。
 紙芝居は好評で会長さんに「大成功」と喜んでもらった。

またまた道祖神
【No.1072】 2013年01月11日

「長野・山梨の道祖神を訪ねて」
1月8日  6時半に出発。最初に安曇野の穂高神社御船会館で開かれている「道祖神特別展」へ。次は安曇野市豊科郷土博物館に寄り、近くの道祖神御柱の立っている場所を教えてもらう。新田地区と三郷地区の三カ所の御柱を見る。地元の女性に御柱の在り処を尋ねたら数カ所を挙げてくれた。小学生に聞いたら「知らない」。

9日 今回の道祖神めぐりのメインは、長野・辰野町澤底地区の双体道祖神。「日本最古」といわれているから。澤底地区は地名が持つイメージとは違い、谷間になだらかな耕地が広がっている。戸数100ほどとか。その集落、田畑を見下ろす場所に立つ「裾まくり」道祖神。甲子塔、寒念仏碑、庚申塔、馬頭観音碑などに囲まれていた。年末に降った雪が残っていた。諏訪地方は降雪量は少ないが、気温が上がらないので雪はなかなか解けないのだそうだ。 東京・麹町の『一元最中』が供えてあった。山梨の『月の雫』も。それで、私は『カンロ飴』を。
 午後、山梨県立博物館の「やまなしの道祖神祭り展」を観る。学芸員と少し話しをする。その後笛吹市内の丸石道祖神二体(石和八幡宮境内、笛吹権三郎像に並んでいるもの)を観る。丸石の道祖神は山梨県内しか見られないらしい。
 最後に立ち寄り湯「ほったらかし温泉」の露天風呂から夕暮れの富士を眺めた。楽しい旅だった。

望外の喜び
【No.1071】 2013年01月06日

1月4 日
 冬晴れの朝、富士講碑を撮りに出かけた。10時過ぎに帰ってきたら「パトカー(ミニパトカーらしい)が来ました。赤色灯は回っていなかったけど、びっくりしました」と妻。この地区を担当する駐在さんが訪ねてみえたのだ。
 暮れの28日、秦野署のN課長さんから私に電話があった。電話の中身は、27日に神奈川新聞が取り上げてくれた『大山道のイラストマップ完成』の記事を読み、「市内の駐在所や交番にその地図を備えさせてほしい」とのお願いだった。思ってもみなかった地図の使われ方だが“望外の喜び”。さっそく地図を持っていった。
 パトカーの警官は「本署からイラストマップをもらった。活用したい」とお礼に私に会いにみえたのだった。

新しい年
【No.1070】 2013年01月04日

1月3日 
 二宮で箱根駅伝の応援。午後、出雲大社相模分祠で行われた福迎祭に初めて行ってみた。横綱日馬富士など伊勢ケ浜部屋の力士が福餅を撒くのでたいへんな賑わい(きょう4日の新聞は今朝3000人と報じた)。
 祭りのメインの餅撒きが始まった。私が居たところは餅など届くはずのない場所。ところが「あみターン、こっち、こっち、こっちに投げて」と、若い女性の声が後ろから飛ぶと、安美錦関がニコニコ顔でこちらにも投げはじめた。
 その一個が誰かの手に当たり私の足元に落ちた! その一個を求め私を含め4本の手が伸びた。だが餅の落ちたところは私のテリトリー。「そう簡単に侵略はさせない」。こうして、私は今年最初の福を拾い上げた。
 ところが餅撒きのあと、日馬富士、安美錦などにより、並んだ参拝者に餅が手渡されたのだった。全員が幸せになれることは良いこと。
 「あみタン」こと安美錦関には、昨年帯広でサインをもらい写真に入ってもらった。彼に近づき「安美錦関!」と声を掛けると、なんと関取は来てくれた。それでツーショットの写真を見せ、去年十勝場所でのサインのお礼を言い、心ばかりのお土産を渡した。「そういえば秦野から来たと言っていたね」と関取。そしてピンクの福餅をくれた。拾った白と安美錦関のくれた餅とで紅白の餅。今年のスタートは上々である。
 帰り道、遠回りして大山道の道標の写真を撮りに渋沢、堀山下の三カ所を回った。
 家に着いた私を追いかけるようにUさんが「大山阿夫利神社に娘の合格のお願いに行ってきました」と訪ねてきた。蓑毛からの往復だから、登山に等しい。その元気に驚く。私のために「健康祈願」のお守りを受けてきてくれた。もったいないこと。

あと旬日で新年 
【No.1069】 2012年12月23日

12月18日 14日から始まった庭木の手入れ。雨の日もあり予定通りに進まない。それできょうは一挙6人が入った。

20日 「まほらの会」のイラストマップの展示会の案内状を横山会長と関係者の方々に届ける。「行くから」との言葉を何人かの方から頂いた。
 信楽の倉田さんから来年の干支『巳』(信楽焼き)が届く。倉田さんは『ECHO』創刊からの読者の一人。毎年信楽焼きの干支を届けてくださている。

21日 冬至。まほらの会のKさんが柚子を持ってきてくれた。隣屋敷に鈴なりだった柚子も届いた。午後、1月20日の「まほら秦野イラストマップ展」の報告会に使う『秦野市内の大山道の道標』のPPTの編集会議を東公民館で開く。形は出来上がった。私の報告もこれに合ったものにしたい。

今年最後の講座
【No.1068】 2012年12月16日

12月15日
東公民館祭りの日。「まほら秦野みちしるべの会」は『まほら秦野イラストマップ展』で参加。夏休み中に開いた「夏休みの思い出を親子で壁新聞に」の講座の作品20数点も展示した。
 この日は「足柄上郡PTA連絡協議会リーダー研修会」に招かれていた。会に所属する20の単位PTAの会長・副会長さん、教頭先生など70余名参加の研修会。午後2時15分から『私が出会った人』という演題で1時間30分の講演。気仙沼の子どもたちの言葉をメインに「私はいつも子どもに教えられてきた。大人は子どもにいつも負かされる」と話した。
 その後の交流懇親会に誘われるままに参加。現役の先生方、さまざまな職種のPTAの役員の方々から、その生き方・子育てなどのことを学ばせてもらった。
 今年の私の活動はこの講演で終了。

35年ぶりの再会
【No.1067】 2012年12月11日

12月10日

11月26日の朝日新聞の神奈川版「ルポかながわ」に私が登場しているのを見つけたYさんが、遠方から訪ねてきてくれた。Yさんは、私が2年間中学生新聞にコラムを担当したとき担当記者さん。実に35年ぶりの再会である。
 今、Yさんは「大山道」に興味をもち、田村通りのことを調べているとのこと。私たち『まほらの会』の活動を参考にしたいと訪ねてみえたのだ。我が家から見える大山、富士山の大きさに喜んでくれたYさん。1月20日に行う『大山道イラストマップ完成報告会』に出席すると言って帰っていった。
 コラム「職員室」を書いたのは秦野・西中時代。西中の文化祭の記事にしてもらった。スクラップしておいたその記事の写真をみながら「この子といろいろ話した思い出がある」と懐かしんでくれた。
 人の縁は摩訶不思議、「一期一会」を思う。

12月8日
【No.1066】 2012年12月09日

 新聞は連日総選挙の特集や関連記事。だが寺山には選挙カーはまだ一台しか入ってこない。その寺山から見える初冬の里山は、安野光雅さんの描く田園の絵のような暖かな色合いがまだ残っている。
 もうとうに《年》は忘れている年齢なのに、年末になると、こんな私にも忘年会の声がかかる。
 11月30日 厚木の玉川温泉で初めて教壇に立った学校の子どもたちの同窓会。61名中30名の参加。この数はスゴイ。午後2時から始まって帰宅したのは午後9時。こんな言葉なんて無いが、『好飲』。
 12月5日 秦野ゆとりの会の忘年会。この会は全員が還暦を過ぎた者の集まり。32名中25人の参加。《酔えば昭和人》
 12月8日 八八会。毎年5月と12月の八日の日に集まる会。こちらは元教員6人の会。

 今から30年くらい前のこと。「12月8日は何の日?」と授業の初めに尋ねた。私が子どもたちに期待した答えは「太平洋戦争が始まった日」。だが
 「先生の誕生日」「給料日?」。
 それで宿題にした。翌朝、一人の女の子が職員室に答えをもってきた。「12月8日はお釈迦様が悟りを開いた日。『成道会』の日」。 
 「開戦の日」と「悟りを開いた日」。 

蓑毛越えで豆腐料理を食べに
【No.1065】 2012年12月04日

12月3日
 朝、天候はいかに、と大山に見れば、文字通り「雨降り山」の景色。だが東公民館の事業「大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて NO3」は実施。8時30分に蓑毛バス停には参加申込者全員がそろう。
「まほらの会」が主管のこの日の「ウオーキング」は、現実には登山である。
 コースは「蓑毛越え」と呼ばれている大山登山。大山阿夫利神社下社参拝、雨降山大山寺では紅葉狩り、そして「おおすみ山荘」で豆腐料理の昼食。最後に先導師・佐藤大住さんの大山信仰の話を聞くという人気のツアー。
 私の役割は出発点である大日堂境内に立つ「従是不動石尊道」と記された道標と、「秦野の地名はここより起こる」と書かれている仏名塔の解説をすること。その後の路傍の神仏の説明は横山会長が担当。登山のサポートは小山田、小野、大津会員がした。
 佐藤大住師の話す「大山の先導師(かつては御師と呼ばれていた)と大山名物の豆腐との関わり」は興味深いものだった。

 この一週間
【No.1064】 2012年11月25日

11月19・20日 
 秦野ゆとりの会の研修旅行で日光へ。今年で13回を数えるが、参加20人は過去最高。
2社1寺をガイドさんについてもらって2時間半をかけて見学・参拝。鳴き龍の説明をしている僧が拍子木で龍を鳴かせた。
中学校の修学旅行は日光だった。そのとき詠んだ一句。これは我が生涯の傑作!
拍手に龍鳴かせたる小春かな   勝美

21日 
 武厚子のさをり織り展が伊勢原でスタート。今年で15回、よく続くと思う。それに敬意を表して4日間、私も会場に詰める。

23日
 教職員OBの懇親会。見回せば参加者の中で3番目の高齢。乾杯の発声を頼まれた。古き良き時代の《武勇伝》を披瀝し合う元気に満ちた会だった。 

24日
 さをり織り展 無事終了。ご来場くださった皆さんに心からお礼を申し上げます。

25日
 「まほら秦野みちしるべの会」で作ってきた『大山道の道標・イラストマップ』市内7地区11図が今日完成。来年1月13日から31日まで本町公民館で展示会を行う。

衆議院解散
【No.1063】 2012年11月17日

きのう衆議院の解散。
3年前の2009年9月21日の私の雑メモ帳に、その日の『朝日歌壇』から次の歌を転記したのだった。

投票所の壁際に亀立ち上りひっくり返ってまた立ち上がる   白石 瑞紀

五十四年少数派に票入れて来て此度やうやく意趣を晴らしつ  押  勇次

恐らくはこれが最後の一票を迷わず決めて投票に行く     岩下 竹由

一票がこんなに力があるんだとつくづく思うまたしも思う   黒沼  智

八月は史実が一つ加わりぬ暴力の無き平成維新        木村 久子

決めたのはわたしたちです覚悟して四年の間観ていきましょう 一ノ渡 啓

 

喪中はがき
【No.1062】 2012年11月11日

 この9月にご主人を亡くされたUさんから喪中はがきが届いた。狩野芳崖の「悲母観音」の切手が貼られていた。合掌。
T家の七七回忌の法要に出席。T家は同じ町内(寺山)にあるので参列者の半数は顔なじみ。「お斎」になり、同年代の4、5人で子供のころの生活を懐かしがるような話に花が咲いた。
 話題の一つになった「油屋、醤油屋、屋根屋、点け木屋、鍛冶屋、笊屋、柄杓屋、車屋(水車)、紙漉き屋、石屋(石工)、板屋」のような屋号の家が通じ合ったこと。
 法事は、今は亡き人が近くに居てもあまり会うことはない人たちを一堂に集め、つながりを確かなものにする。別な表現をすれば、法事は地域(集落)を存続させるために大切な役割を担っているのだ。

秋日和 野仏めぐり
【No.1061】 2012年11月08日

 今朝も穏やかな秋日和。久しぶりに一人で蓑毛の野仏めぐりに出かけた。最初に訪ねたのは横畑の双体道祖神。造立日が記されていない僧形の合掌像。形体からすると秦野市内で造立された道祖神の中でもかなり初期のものと思える。
 次に回ったのは大日堂境内の仏名塔。1720年の造立。「秦氏の末裔がこの寺の仏さんを守護するためにこの地に住み着いたので、この地を秦野と呼ぶようになった」ということが刻まれている塔。最後は才戸の道祖神、この像は市内で初出の男女男女双体像。道祖神は、地蔵→ 僧形双体(合掌)→ 僧形双体(拱手)→ 男女双体→ 文字碑、という順で出現したとか。
 男女双体道祖神には色々なスタイルがあって、直立合掌、祝言(ふくべと杯)・握手・肩組み・餅つき像など。ここ才戸のものは合掌像。男性が女性の右に立っている。
 三つの野仏像の汚れを歯ブラシと布でぬぐいカメラに収めた

11月
【No.1060】 2012年11月02日

11月1日
 秋の深まりが感じられる朝。今日から11月>
お願いすることがあってFさんを訪問。軒先に並べられた「福助作りの菊」はまさに“百花繚乱”。80鉢くらいあるとか。「近所や知り合いに届けて喜んでもらっている」とのこと。「菊づくり菊見るときは陰の人」のFさんだった。
 午後、市美術展、菊花展が開かれている文化会館へ出かけた。美術展にはYさん、菊花展にはOさんが出品している。Yさんは今年も100号の大作で「戸隠鏡池」を描いた。Oさんの「福助作り」は入賞していた。F、Y、Oさんは、私も所属している「ゆとりの会」の仲間。
 
 露地植えの夕顔がまだまだつぼみを持っている。そして今日も一つ咲いた。夕方咲くこの花の開くようすは見たことがない。
 今週の初め、図書館で白洲正子さんの本を借りた。なぜ彼女の著書を選んだのかと言えば、白洲ご夫妻の住まい『武相荘』の入り口近くに義弟が居を構えているから。
 本の題にもなっているエッセイの「夕顔」。その中に次のようなことが書かれている。
 「夕方、夕顔の蕾の前に椅子を据え、一つの蕾に集中して目をはなさぬように開花を待っていた。」 4時、5時、7時と咲くのを待ったが「蕾はぴくりともせず、かすかにふるえるような動きをみせたかと思うと、さもくたびれたように首を垂れてしまった。ほかの花はみな元気に咲ききっているのにこれはどうしたことか。もしや息を吹き返してくれはせぬかと、十一時まで見つづけたが、しまいにはまった生きる力を失って、地に落ちた。」「その翌晩も翌々晩もためしたけれども」結果は同じだった。「おもうに夕顔は、花を咲かせるという重大な秘事を凝視されていることが堪えがたかったのではあるまいか。」 
  

「道」 2題
【No.1059】 2012年10月28日

10月27日
 午前9時から渋沢公民館で「矢倉沢往還を歩く」講座。「まほらの会」が主管。歩く前の30分が私の担当で、その日の講座のオリエンテーション。「矢倉沢往還と富士道」「富士山と大山・木花之佐久夜毘売と大山津見神」「往来手形」の話をする。それぞれのテーマで90分くらいはほしい。現地案内は横山会長、田村、磯野、小山田、高橋、小野会員で。
 午後4時から東中学校昭和45年卒の子どもたちの同窓会。32名の出席。還暦間近とあって、生活に変化を求めている子も何人かいた。
 特筆すべきはこの4月から大学生になったという福久美さん。「ここで皆さんに大学生になったことを発表して、退路(挫折)を絶ちたい」と笑顔。日本文学を学んでいるらしい。隆さんは有名ホテルの元シェフ。この春退職。今はドカティの1200ccのバイクを買い(240万とか)、乗り回している。「来年4月に会社を興す。そのときは協力を」と挨拶した。

秋たけなわ
【No.1058】 2012年10月24日

「落花生は畑に立ったままの状態でやられた。一本に二三粒残っているだけ。それを来年の種にする。笑い話にもならない。柿も食べられた」。ハクビシンの被害を50代の農婦が話してくれた。桃もスイカも全滅に近いようだった。
 50本植えたサツマイモは大豊作。夏の暑さのせいなのだろうか大き過ぎる。「ベニアズマだから。おいしいから」と言いながら知り合いに食べてもらっている。
 先日、夏の壁新聞講座に参加した親子10人が訪ねてきたので、イモ掘りをしてもらった。子どもは泥遊びは好きだ。大はしゃぎで、「もっと掘りたい」とせがむ。その光景を眺めながら「焼き芋大会をやろう」と母親たちは相談。でも落ち葉がなさそうだった。
 今朝の寺山の気温は室内で15度。金木犀の香が消えると山茶花が咲き出す。今年のザル菊は昨年よりは大きく育っている。黄色が花を開き始めた。

きょうから新聞週間
【No.1057】 2012年10月15日

 10月4日の日記に「朝7時半、鮮やかな大きな虹をバス停で眺めた」と書いた。そうしたらAさんからメールが届いた。「私も虹を見ました。よく見ると二重の虹! なにかいいことありそう! と朝から写真を撮ってしまいました。先生と同じ虹を見ていたのですね。その時の写真を送ります。会社が昨日引っ越しをしました。それで2トントラックを運転してしまいました。色々な経験ができて楽しい。でも筋肉痛です!」
 今日から新聞週間。数日前の新聞の一面の記事が誤報だったようだ。私たちが現在の新聞に求めるのは速さではない。正確な解説力である。
 「私は紙面に印刷された文字を読むことが大好きです。表紙を見た時やページをめくる時のワクワク感、紙の手ざわり、インクのにおい、それら全部ひっくるめて楽しいのです」。これはあるPTA広報委員の言葉だが、早朝私が新聞を手にしたときの感想と同じだ。
 新聞は今日は休刊日。17日出稿を目前にしたN小広報委員3名が来訪。連日、学校に出かけ、少しでも読みやすいものにしようと編集作業をがんばっているようだ。

時の流れ
【No.1056】 2012年10月10日

 薬をもらいに亀崎医院に行く。血圧は「とてもいいねえ」と言ってくれた。そして、パソコンのカルテを見ながら「きょうは東京オリンピックの日だね」と華家先生。こんな話題が出るのは先生と私も“年齢相応”だから。
 一昨日の10月8日、このホームページも13年目に入った。
 時間の経過、時の流れが、私の中に何かを堆積させてくれたならいいのだが…。
 朝顔の鉢をようやく片付けることができた。広報紙のクリニック4紙を返送する。

御殿場線で湯河原から帰宅
【No.1055】 2012年10月05日

10月4日  
 朝7時半、鮮やかな大きな虹をバス停で眺めた。午前9時30分から湯河原町で足柄下郡三町合同のPTA広報講座。「通学カバンの重さ」「津波への対応の不安」「家庭学習」。いずれのテーマも、学校との意識のずれを感じている広報委員会が「どのように記事したらいいのか」かという、PTA広報の編集権に関わることについての話し合いがなされた。私にとっても充実した講座だった。その高ぶりもあり帰路は沼津に出て御殿場線に乗る。沼津・御殿場間は初めての乗車。駅そばを食べすっかり旅気分。

中野区でP広報講座
【No.1054】 2012年10月01日

9月29日
 中野区での「PTA広報クリニック」を午後1時30分から。この4月に開校した中野中学校PTAが広報「中野NOW」を6月に発行した。すごいと思う。生徒数の減少で併合された二校のPTAが、併合に向けてしっかり準備をしたのだ。だから広報紙の発行もできた。特に「先生紹介」のページはこの学校の生徒・保護者には欠かせないページだった。
参加者の、私の紙面クリニックへの反応はかなりストレートだったので、話し甲斐があった。
講座の中で『ばんえい十勝』の話をしたら、なんと今日の受講生の中にその関係者がいた。ウソは話せない、と思った。

大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて
【No.1053】 2012年09月28日

9月26日
 東公民館主催の「大山道を歩く・路傍の神仏を訪ねて」の講座を「まほら秦野みちしるべの会」で担当。
 この講座での私の仕事はウォークに入る前のオリエンテーション。秦野地方独特の「天社神塔(地神塔)について解説をした。そして、ウォーク後の“まとめ”で「金目川の“金目”とは」の話。参加者の一人から「道祖神と地神の違いは」との質問も出た。
 この日の参加者は26名。「大山道を歩く」というこの講座をはじめてもう9年になるが人気のある講座で『広報はだの』に案内が出ると即日「満員御礼」となるとか。
 ふるさとを知り、ふるさとを愛し、ふるさとを育てる、これが「まほらの会」の目指すものである。
 10月には渋沢公民館で「大山道(富士道)を歩く・大山と富士山」の講座を開く。

「中の中日小豆飯」
【No.1052】 2012年09月22日

9月19・20日
 秦野市P連の「広報クリニック」。二日間で22PTAが今年度発行した広報紙全紙の紙面クリニックを行う。小・中学校ごとに2グループずつを編成し、1グループ90分で集団面接の形式。1紙20分位で紙面の診断をする。このスタイルの紙面クリニックのよいところは、自分たちの広報紙だけでなく同グループの他校の広報紙のクリニックも目にすることができるということ。
 優れたところを最初に挙げ、それに研究してほしいことを加える。異なった条件の中で作られる広報紙。《比較》はしないように心がけた。
 クリニック終了後、質問や相談がたくさんあったことで、この講座の疲れは報われた。
 
 20日の毎日小学生新聞に「『夏休みの思い出を壁新聞に』の講座」の記事が出た。
 今日から開かれる秦野煙草祭りの中の催物の一つに「学習展」がある。そこに《壁新聞》が展示されるという手紙が届いた。

 きょうは秋分の日・お彼岸の中日である。朝ごはんは「中の中日小豆飯」だった。

秦野市P連の広報紙
【No.1051】 2012年09月15日

9月14日
 秦野こども館で秦野市P連情報委員会を対象にした広報づくり講座。
 市情報委員会は『市P連だより』と『情報委員会だより』の2紙を、それぞれ年2回発行している。『P連だより』は会の活動などの情報を会員に知らせることがねらい。一方の『委員会だより』は市内22校のPTA活動や子どもに関する情報を交換し、それを記事にして会員に届けている。会員への問題提起を意識しているとも言える。
 今年度すでに一回ずつ発行しているので、企画、レイアウトを中心に反省(紙面クリニック)をしたのがこの日の講座。「2紙ともに全国的に見ても、かなりハイレベルの広報紙」と評価した。
 このホームページ『秦野の新聞教育』のページ「8月1日更新」にその2紙はアップしてあるので読んでいただければ幸い。

この三日間
【No.1050】 2012年09月14日

9月11日
 夏休みの壁新聞講座に参加しYさんが「修学旅行に行ってきた」とお土産を持ってきてくれた。限られたお小遣いの中で家族などにお土産を買う、その中の一人に私を入れてくれたことに感謝。

9月12日
 伊勢原市P連の「広報紙クリニック」に出かける。閉会後、「2年前、同じようにクリニックを受けました。その後、先生のアドバイスをそのまま取り入れ広報をつくったら、コンクールに入賞しちゃいました。今年もがんばります」と報告にきた委員会があった。

9月13日
 「JAはだの」の組合員基礎講座にでかける。受講者は新しく組合員になった人たち。
「地域の伝承文化について―大山道と里人の暮らし」のタイトルでPPTを使い90分の講演。オープニングに「東小学校校歌」と『秦野たばこ音頭』を歌う(大した度胸!) 今回は特に「だんご焼き」まで話を広げたが定刻3時ぴったりに終了。こういう終わり方は私としては珍しいこと。だが内容はどうだったのだろう。

広報紙づくりが盛んなまち・大井町
【No.1049】 2012年09月07日

 大井町は中学校1校、小学校3校という規模の町。この大井町で今年度第2回目の広報づくり講座がきのう開かれた。「本年度作成した広報紙の中間評価をし、さらに次号のための指導を受ける」ための講座となっている。
 この紙面クリニックに臨んだのは小・中PTA広報紙が4、3幼稚園の3紙、文化団体協議会・青少年指導員協議会・子ども会育成会・体育協会の各機関紙1紙、長寿会の会報2紙、自治会会報3紙、さらに地域ミニコミ紙1、の総計17紙。この数にに驚く。それにもまして内容の充実振りにめを見張る。特に自治会報3紙は内容、紙面構成は見事でこのエネルギーの源はどこにあるのかと思うくらいのもの。  
 聞けば、団塊の世代が自分の住む地域に目を向け、次世代のための「まちづくり」を意識するようになったから、とのこと。この日手にした自治会報3紙のウチの2紙の創刊はいずれも今年度になってからだった。
 それぞれの広報紙が会の発展に役立つことを心から念じたい。
 

今週から本格的始動
【No.1048】 2012年09月05日

 昨日は中井町のPTA広報講座。一学期に発行された号を1ページずつ講評をするのに90分。残りの30分は次号の企画会議。
 秦野の小・中22PTAが昨年度発行した広報紙全紙を参考にして、自分たちの次号の企画について話し合った。私も適宜に参加し少し助言。どのテーブルも前向きに話し合っていた。明るい雰囲気がいい。
 私も今週から本格的に動き出さなければいけない。

九月
【No.1047】 2012年09月01日

九月の歌    詞 広木明美   曲 中原健二

 楽しい楽しい 夏休み 芙蓉の花が もう咲いて
 いつか 九月になりました 海でくらした 子どもらは
 海のかもめに もうします 仲良しかもめよ さようなら

 楽しい楽しい 夏休み かなかなぜみが もう鳴いて
 いつか 九月になりました 山でくらした 子どもらは
 山のこだまに もうします 仲良しこだまよ さようなら

 今日から9月。朝7時半から除草して乾かしておいた枯れ草を燃やす。その後ホームページの更新。ホームページを開いて今月で12年経過。「毎月更新」はなんとか続いている。
 正午頃から8月6日以来の雨・雷雨。農作物や庭木には慈雨となったろうか。

 千葉の野田さんからたよりが届いた。
 『ECHO』296号拝読。十勝・帯広大会にまつわるエピソード。私は釧路湖稜高校の卒業生、両親は長く帯広に暮らしていましたので身近な街の話として楽しみました。8月は香港、ボストンに出かけたため大会に参加できず残念でした。明日から9月、さっそく研究会の案内が届いています。 

スカイツリー
【No.1046】 2012年08月25日

8月23日
 7年前秦野で開いた全国新聞教育研究大会の大会速報を担当した10名のお母さんたちと毎年8月の終わりの頃集まり旧交を温めている。その会を今年は東京で開いた。昼飯にフロウズン生ビールを飲む。待ち時間40分ほどでスカイツリーに登れた。その後隅田川を下り、最後は新宿西口の居酒屋でおしゃべり。暑かった。疲れた。でも楽しかった。

きょうから新聞づくり《秋の陣》
【No.1045】 2012年08月23日

8月22日 明日は「処暑」というのにこの暑さ。
 秦野の小・中学校の夏休みは今週いっぱいで終わり。
「夏休みの思い出を壁新聞に」の講座の第二日目を9時半から東公民館で。すでにできあがっている子もいて、今日の講座を経て25新聞が完成するはず。その新聞は夏休みの自由研究として学校に提出される。終わりに参加者全員で記念写真を撮り、子どもたちには公民館長さんからがんばりを讃える賞状が手渡された。子どもたちは皆うれしそうだった。12月の公民館祭りに展示会を開くことになっている。そのときどんな新聞が見られるのか楽しみ。
 午後は松田町の広報づくり講習会の第2回目。この4月から発行されたPTA広報、体協の会報、町の施設が発行する「お知らせ」の紙面クリニック。PTA広報『かぐの実』は一学期に3回の発行とがんばっている。

松井裕樹投手
【No.1044】 2012年08月21日

 草取りに追われているここ数日。朝8時からから庭続きの畑の周りの草刈り。朝からの騒音は近所迷惑だと思っているが、許してもらおう。11時までがんばり予定の作業は終わった。納得の仕事ができた。

 甲子園のこと。神奈川・桐光学園の松井裕樹投手、スリーアウトを三振で取るとベンチに向かって全力疾走。ベンチを出て彼を迎える野呂監督の胸に飛び込んでいくような疾走。その光景に高校野球の心、そしてスポーツマンのすがすがしさを見た。
 
 2005年の9月の『エコー》で柔道の棟田選手の試合前のおじぎのことをつぎのように書いた。
 「世界一きれいななおじぎ」と言われる棟田選手のおじぎ。「きれい」という言葉では表し切れないものがそこにある。彼の「おじぎ」に普段の生活が見える。その人の心が表れる。
 
 松井選手はきょう敗れた。だが彼の全力疾走は私を魅了した。来年も彼に会いたい。

第55回全国新聞教育研究大会 十勝・帯広大会
【No.1043】 2012年08月07日

8月2日 旭山動物園見学 
8月3日 第55回全国新聞教育研究大会 十勝・帯広大会に参加。 
8月4日 十勝帯広大会のPTA分科会の講師を務める。終わって「ばんえい競馬」に。北海道新聞の記者の取材を受ける。 
8月5日 大相撲十勝場所観戦 大関稀勢の里、把瑠都、鶴竜など関取17力士からサインをもらう。帰りの飛行機、東京に入ってから機内アナウンスが。「夜景が今日は特別きれいなので機内の灯りを落とします」。 

8月に入る
【No.1042】 2012年08月06日

7月28日 千葉・袖ヶ浦市PTA連絡協議会に招かれ広報委員研修交流会に参加。袖ヶ浦には甥がいる。それで交流会の前に叔父・叔母の墓参り。甥と昼食をとり会場の市民会館まで案内してもらった。

7月29日 「夏休みの思い出を壁新聞に」講座・秦野市立東公民館 参加者は19家族42名 子どもは24人(小学生21・中学生1・未就学2) 保護者・親が18人(父2)。

7月30日 昨日出席できなかった3家族8人を対象に「夏休みの思い出を壁新聞に」講座をエコー教育広報相談室(我が家)で。5人の子どもたち(小学生4人・中学生1人)に「かえりの会」の中身を聞く。

7月31日 菊の苗の植え替えをする。毎年のことだが「今年こそ」と思う。今年初めてアブラゼミの鳴き声を聞く。
 
8月 1日 8月に入った。午前中HPの更新。午後、学校新聞づくりの指導。企画は生徒会活動について。硬派の学校新聞である。明日は旭川に飛ぶ。  

カナカナ
【No.1041】 2012年07月20日

「カナカナ」は晩夏の夕陽の木立に似合う。十数年前、高村山荘を訪ねたときのこと。午後3時ごろ、山荘に向かう林の中の道は「カナガナ」の蝉時雨。
今朝、まだ夜が明けきらないのに「カナカナ カナカナ」とヒグラシが鳴く。山間に染み込むようだ。静寂、荘厳な感さえする。
 昨日まで三日続いた猛暑の中、畑のの草取り。サトイモの土寄せもした。
もちろんがんばっても午前中3時間ほど。
 水分補給ということでポカリをがぶ飲みしたら腹痛、などという余計な事態も招いたが、きれいになった畑を眺め 納得!

 秦野市P連の『P連だより』と『情報委員会だより』が届いた。力作、レイアウトもうまい。 

7月13日 大車輪の一日
【No.1040】 2012年07月14日

 13日はお盆を迎える準備で忙しい日。
 8時に家を出て『つじ』の竹を切りに山に入る。その帰りにお墓の掃除。帰ってから午前中いっぱいを使い『つじ』を作る。午後は盆棚を飾る。
お精霊(オショロさん・ご先祖さん)さんが乗る馬と牛をつくるため畑からキュウリとナスを取る。今年はけっこういい形のものが育った。馬と牛の手綱になる素麵をゆでる。
 午後4時、ちょうちんに灯をともし『つじ』の側で迎え火を焚く。これでご先祖さんは無事にお着きになれた。
 それから近所5軒の『つじ』にお線香を持ってお参り。この5軒もウチに線香を上げに来てくれる。S家からは中3の男の子と中1の女の子がお参りに来てくれた。
 
 『つじ』の写真は「秦野のおはなし」2009年8月のページ
 『盆棚』は「ギャラリー」に

夕立が洗つていつた茄子をもぐ  山頭火
【No.1039】 2012年07月05日

 5時起床。だが目覚めは午前4時前。行灯仕立ての朝顔が一輪開いた。濃いピンク! うれしくなってそのまま畑に入る。朝露に濡れ紫色が鮮やかな茄子を一つもぐ。 (夕立が洗つていつた茄子をもぐ  種田山頭火)
 午前H中、午後はN小の広報委員の来訪。どちらも年度第2号を来週中に発行するということで生気がみなぎっている。
 明日から「湘南ひらつか七夕まつり」。その平塚の隣の茅ヶ崎で明日はPTA広報講座。年度2回目なので「紙面クリニック」。《お土産(?)》を持っていく。よろこんでもらえると思っているが……。
 鳥取から「あごちくわ」が届いた。山形のさくらんぼも。

県高P連の広報委員研修会
【No.1038】 2012年07月02日

7月1日 
 昨日、パシフィコ横浜会議センターで開かれた神奈川県立高等学校PTA連合会(148校)の研修大会の第九分科会(広報委員研修)は、「各校から1名の参加」ということだが150名を超える参加があった。7人の父親の姿も確認できた。
 1時間の講話のあと5つの質問を受けた。高校のP広報ならではの悩みを知った。その後8人ずつのテーブルで交流会。そして私の「まとめ」で終了。ちょうど2時間、小・中のPTA広報講座とは異なる高まりが感じられた。この会をきっかけに広報の交換など交流を約束したテーブルもいくつかあった。
 この日は日曜日、その午前10時に集まった1100名・圧倒的に母親が多い・にPTAの力を信じた。企画・運営をした役員の努力に、心から敬意と感謝の念を抱いた。

一日早く更新
【No.1037】 2012年06月30日

 明日は横浜に出かけるので、一日早いが「7月1日更新」を今日のうちにした。
 今夜のテレビの「アド街ック天国」は秦野だそうだ。秦野のどこが、どんなものが登場するのか楽しみ。
「秦野のもの」といえば落花生は秦野の名産品。昨日、夏休みに向けた広報の企画を相談に来たN小P広報委員会。お土産にお手製の「ピーナツ入りコロッケ」をもってきてくれた。出かける前に作ったのでまだ温かかった。コロッケのにおいが漂う中でよい案が出来上がった。
 

糸満市摩文仁の丘
【No.1036】 2012年06月24日

 きのう6月23日 沖縄全戦没者追悼式で首里高校の金城美奈さん(18)が自作の詩を朗読した。

 親族が保管していた古い手紙を見たのは5年前。父母への感謝をつづった大伯父は、旧制中学から海軍へ。南洋で戦死したが、詳細は分からぬままだという。その後、美奈さんは家族で初めて平和の礎(いしじ)を訪れ、大伯父の名前に出会った。


「礎(いしじ)に思いを重ねて」 金城 美奈 

 月桃の花が白くきらめく頃/私はあの手紙と出逢った/それは祖父の兄が家族に宛てた一通の手紙/彼の人生で家族に送った最後の手紙/第三中学校から届いたその手紙に/戦争のことは何一つ書かれていなくて/勉学に励み/家族を思いやる真っ直ぐな青年の心が記されていた/これから迫る黒い影とは対照的に/その手紙は温かく/誠実さで溢れていて/白い光で包まれているようだった

 この手紙と出逢った後/私は初めて彼の礎の前に立った/礎に刻まれたその名前/ぎらぎらと太陽に照りつけられたその名前/指でなぞると一文字一文字が焼けるように熱くて/あなたの思いの強さが伝わってくる/私の心に伝わってくる

 礎に刻まれたあなたの名前は/とても小さくてとても窮屈そうで/この文字では表せないほどの人生があなたにはあった/この文字には抱えきれないほどの未来があなたには待っていた/でも何もかも奪われてしまった

 あなたが過ごしたあの島は/地図に書かれたあの島は/沖縄から遠く離れていて広大な海に囲まれている/あの遠い島からあの広い海からあなたはまだ戻らない/あなたはまだ戻れない

 あの日から時は止まったまま針は動かぬまま/あなたと同じくらいの歳を迎えた今/わたしは考えている/戦争について/平和について/でもあなたと同じくらいの歳を迎えても/私は考えられない/遠い島で過ごすことを/わたしは考えるのが怖い/けど/辛い現実と向き合ったあなたがいるから/私は今安心して一日を迎えられる/明日が来るのを待つことができる

 今年も時を刻む六月二十三日/正午に手を合わせる私の肌/柔らかな風がそっと包み込み/確かな思いが溢れ出す/あの過ちを/二度と起こしてはならない/あの苦しみを二度と蘇らせてはならない

 人々の心に色をそえることができるなら/暗く沈んだ色ではなくて/明るく澄んだ色で彩りたい/人々の未来に橋を築けることができるなら/先の見えない不安定なものではなくて/力強く進める丈夫なもので繋げたい/そして人々の世界を一つの言葉で表すことが出来るなら/戦争ではなくて/平和であると断言したい

 六十七年前を生きた人々の後ろに私たちは続いている/私たちに出来ることは/あの日を二度と呼び戻さないこと/私たちに必要なことはあの日を受け止めて語り継ぐことを/礎に刻まれた人々の届けたかった思い/叶えたかった願いを私たちが届けよう/私たちが叶えよう/礎に思いを重ねて

【No.1035】 2012年06月11日

6月9日
 毎日新聞東京本社でPTA広報講座を午前10時30分から開く。入梅が宣言された関東地方。この日はかなりの雨。それでも群馬、千葉、神奈川からの参加もあった。
 神奈川からは母親と共に中学生も一人きてくれた。講座終了後も十数名から質問を受けた。参加者同士の交流も生まれ、よい講座になったのではないかと思っている。

竹の子掘り
【No.1034】 2012年06月08日

5日
 本町中学校の新聞講習会に招かれた。生徒会広報委員と各クラスの新聞係の講習会で60名くらいか。校長先生と新聞指導の4先生も参加してくれた。 講習会の終わりに広報委員長のIさんが感想を次のように述べた。「『ファイト新聞(気仙沼の避難所で発行された子どもたちの新聞)』の話を聞いて、新聞が大きな力になることを知った。本町中の中でも新聞が力になるよう皆さん新聞作りをがんばりましょう」

 竹の子掘りのシーズン。昨日も日竹藪に入った。今年は鹿が入っているようには思えない。ウチの藪は真竹。竹の子は孟宗竹より真竹のほうがおいしい。知人や妹たちに配って歩く。

広報づくり始まる
【No.1033】 2012年06月04日

 H小のSさんがPTA広報『C』の年度第1号の「紙面クリニックをお願いします」と訪ねてきた。「郵送でいいのに」と言ったら「初めて作った広報だから、第一子の誕生みたいに嬉しい。その子を旅立たせるので付いてきて来てしまった」と笑顔。
 N小の広報委員会の皆さんは第1号からかなりハイテンション。「広報づくりが楽しい」と委員長のIさん。「学生時代に戻ったような気分。新しいこと、知らなかったことを勉強しているみたいで新鮮な気分」と、質問を後から後から。
 今年もこんなお母さんたちにたくさん出会えるだろう。

パソコンを使っての広報づくり講座
【No.1032】 2012年05月31日

5月29日
きょうは秦野市P連が企画した「パソコンを使っての広報づくり講座」。参加者は単Pの広報委員、情報委員など63名。
 新聞編集ソフト、ワード、そしてエクセルを使っての編集のスキルアップを目指すこの講座。講師8人は広報委員OGが務めた。私はレイアウトの相談を受けた。充実した2時間だったようで「できれは夏にもう一度開催を」という声がいくつか聞かれた。秦野のPTA広報の実力がこんなところにも見える。

やっと畑に
【No.1031】 2012年05月29日

5月27日
中野区でのPTA広報講座を午前10時から。対象は中学校の広報委員。日曜日だったが11校から40名を超える参加者。父親が5名も来てくれたのはうれしかった。PTA広報の発行権と編集権、子どもの写真の掲載についての質問があった。
 帰り際、初めて広報委員になったというお父さんから「ボランティアで気仙沼に行きます。そのときのことを載せたいがどのような内容にしたらいいのか」と尋ねられた。
 この日は7時に家を出たのだが、充実した半日を送ることができた。参加者に感謝したい。

5月28日
 「とうとう」なのか、それとも「ようやく」なのか、否“やっと”畑に立つことができた。
 5日も前にもらったサツマイモの苗を植えた。種類は「ベニアズマ」「ベニハヤト」と「ムラサキイモ」。ネギ(「九条」と「下仁田」)も植えた。東京以北の関東地方は豪雨、ヒョウなどで大荒れなのに、こちらはパラっと降っておしまい。雨が欲しい。

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