- 寺 山 だ よ り -

旅心
【No.1559】 2021年04月27日

4月26日
 この三月で退職されたU先生から「資料を整理していたら出てきました。先生の研究の一助になれば」と『穂高町道祖神道中記』が送られてきた。穂高町は今は安曇野市となったが、この『道中記』は穂高町当時の「道祖神巡り」のイラストマップである。
 安曇野の道祖神巡りは六回行っているので、マップを眺めているとまた訪ねたいという強い思いになる。この春は平塚と海老名の道祖神に逢えた。もう少し遠出をしたい、そんな旅心をそそるU先生からの贈り物だった。

「通し・トオシ」
【No.1558】 2021年04月21日

4月19日
 「これ、長い間お借りしていました。ありがとうございました」と笑いながら裏の弘美さんが「通し」を持ってきた。物置を解体するので片付けていたら見つかったらしい。
「通し」の木枠に書かれた文字は消えかかっているが「昭和六年六月三十日求 中郡東秦野村寺山清水武力三郎」と読めた。「リキさんは勝美さんちだ、とバアちゃんが言うので」。
 「通し」は米、麦などの穀物を網目を通して選別(フルイ)分けをする農具。多分数十年ぶりに日の目を見ただろうこの「通し」。直径45センチほどの丸い木枠に金網が張られているがかなり破れている。
 25日、父の33回忌の法事をするので、その折りに父と力さんに見てもらおう。

コロナ禍の中 広報紙づくり講座
【No.1557】 2021年04月15日

4月13日
 海老名市教育委員会の「PTA等広報編集研修会」に出かけた。広報作りの話をするのは19年9月以来1年7カ月ぶり。特に昨年度はすべての講座が中止。それだけに不安もあったが、気分はかなり高揚していた。そしてコロナ禍、講座を実施された教委に敬意を表すのは良い講座にすることだと思い、資料もかなり準備して行った。
 参加者はPTAは19校・38名。それに各種団体から3名。10時から約2時間の講座。書画カメラを使って多くの広報紙を見てもらいながら話を聞いてもらった。私としてはかなり満足感を得た講座になった。

 帰りは雨になったが、海老名市最古の道祖神(単体)さんに会いに立ち寄った。疲れたが充実した一日。

担げぬ神輿
【No.1556】 2021年04月11日

4月10日 
 昭和30年代までは寺山のお祭りは今日4月10日だった。それが10日に近い日曜日に執り行われるようになったのは、神輿を担ぐ若者を確保するには日曜日、というのも一つの根拠になっている。
 その神輿の渡御は、コロナ禍で昨年に引き続き今年も行われない。

 担がれぬ神輿飾りしこの春も
 担がれぬ神輿に桜疾風かな
 今年また担げぬ神輿飾り付け「来年こそ」と笑みし男衆


かなえおおはし
【No.1555】 2021年04月05日

 復興の橋の架かりて鳥帰る
 これは4月4日の神奈川俳壇に掲載された私の作品。
 仙台から三陸沿岸を走り八戸に通じる高速道「三陸沿岸道」の開通は復興のシンボルの一つである。この高速道は気仙沼湾を橋で横断する。その気仙沼湾横断橋が3月6日に開通した。公募されたこの橋の愛称は「かなえおおはし」。気仙沼湾は「鼎ケ浦」という名も持つ。掲句は気仙沼への私の心である。
 こんな一首も生まれた。
 鼎ケ浦跨ぐ橋の愛称は「かなえおおはし」叶へ復興

 

お花見
【No.1554】 2021年04月04日

 3月25日に桜のライトアップをした。その夜、八時ごろS家から電話。「ライトアップありがとうございます。まるで我が家のためにしてもらったようで。これから夕食ですが、二階に食事を持って上がり家族みんなで夜桜を眺めながら食べます」と。
 26日 「昨夜、桜の写真こっそり撮りに来ました」と笑ったのは裏のEさん。隣りの90歳のTさんが「きれいだよ夜の桜」と褒めてくださったので、妻はTさんの手を引き樹下に連れてきて昼の桜も眺めてもらった。
 4月2日 前のKさんは二階の窓を開け「きれいな桜 ありがとうございます。でも今月は電気代かかりますね」とベランダで洗濯物を干している妻に笑いながらお礼を言ってくれた。
陽が落ちても頑張っている小学校の職員室からもライトアップはよく見えるはず。先生たちの疲れを癒すことにでもなれば、と思っている。
 昨日3日 K.Tさんが「ライトアップの桜、ウチからも楽しませてもらっています」と濁り酒を持ってきてくれた。そう、昔の寺山のお花見には「どぶろく」が付き物だった。
 午後2時ごろ、小学生と思しき二人の女の子が、門口に散り敷いた桜の花びらを小瓶に拾い集め楽しんでいる姿が見えた。それで「こっちの方がたくさん拾えるよ」と樹下を指したらそこにゆるゆると移動。今の子どもは他家の庭に入って遊ぶことなどないだろうから、緊張しているのだろう。おしゃべりが聞こえてこない。連れてきた茶色のプードルも、ぬいぐるみのように二人の傍らに動かないでいる。
 私の子どもの頃の秦野では、女の子の節句は四月三日、四日だった。この二日間は《お花見》という子供にとって楽しみな行事があった。女の子は母が巻いた太巻き寿司を持ち野遊びに行く。田んぼでレンゲの花摘みなどして一日を遊んだ。桜の花びらを拾い集めているこの姉妹に、昔の寺山の暮らしに思いを馳せた。
 きょう4日、曇り空の下 絶え間なく散る花びらが地面を白く敷き詰めた。今年の桜とは今日でお別れ。
 またや見む 交野の御野の桜狩り 花の雪散る春の曙  藤原俊成

四月 新年度は動きだしました
【No.1553】 2021年04月02日

4月1日 新しい年度のスタート。
 ごみ集荷場の当番表を作り8軒に配布。今年は我が家は組長。一年間、自治会の活動に深く関わることになる。その一つが鹿島神社の春の大祭への協力だが、コロナで今年も神輿の渡御はなく、少しホッとしている。(とは言うものの《残念》! の気持ちは大) 
 かつて一緒に仕事をしたI先生から「昨日定年退職しました。お世話になりました。今日から新しい仕事に就きます」と明るい声の電話。I市のPTA情報委員長から5月の講座の最終確認の電話。「エコー」379号が刷り上がる。「エコー」卒業の便りもとどく。「新友会パピルス」の会報が届く。Oさんの個人紙「まきの木の郷」もポストに入っていた。

 庭を見渡せば春爛漫 三本の桜(染井吉野、紅枝垂れ、楊貴妃桜)、桃、紫木蓮、ツツジ、ドウダンツツジの花が見られる。ラッパ水仙はそろそろ終わり。チューリップとアヤメの開花は間もなく。牡丹はもう少し時間が必要か。畑に立てばホトケノザ、イヌフグリ、スズメノエンドウ、タンポポ、タチツボスミレが春を謳歌。(これからが大変だ)
 午後からホームページ更新の作業に入る。

桜のライトアップ
【No.1552】 2021年03月26日

3月25日 
「コロナ禍なのに、そんなに浮かれていいの」と言われそうだが、十年ぶりに桜のライトアップをした。今日で五分咲きくらいか。
 初めて点灯したのは2003年。父の供養のためのライトアップだった。父は 「われ入院おら家桜は三分咲き」「満開の桜病床の夢に見る」と詠み病院で逝った。平成元年の桜の季節だった。
 二度目は2011年。ベッド生活の母に夜桜を見せたかったからだ。今年は父の三十三回忌。

「お早うございます」
【No.1551】 2021年03月19日

3月18日 
 午後三時ごろ、庭で草取りをしていたら「こんにちわ」と大きな声が通りから。声の主は幼稚園児・男の子。お迎えのお母さんも一緒だった。この挨拶が嬉しく直ちに「こんにちは」、そして「ありがとう。いい挨拶ができるね」と返したら、園児は両手をしっかりと伸ばし脚に添え「お早うございます」と言いながら、深々と頭を下げて再び挨拶。私は慌てで彼と同じ動きで「お早うございます」と挨拶を交わした。
 わが子の一連の行動に呆気に取られたお母さんは、一瞬〈固まって〉しまったのだが、やがて〈天真爛漫〉の笑いに。「この母にしてこの子在り」。
 この日の我が家の夕食の話題はこのシーン。彼の家でもこの話で盛り上がっただろう。この母子が何処の誰かは知らない。

 庭のソメイヨシノの開花。週末の雨が気になる。

気仙沼から届いたたより
【No.1550】 2021年03月11日

 支えてくれてありがとう
 あの時小さかった子供たちも 大人たちと背丈が変わらないほどになりました。大変なこともたくさんあったけど 街は時間をかけて 失ったものを取り戻しています。震災後の私たちを支えてくださったみなさん ほんとにありがとうございました。
 震災から10年となる今年の三月。本当は、この機会に気仙沼を訪れて 思い出の場所に行ったり懐かしい顔と出会ったりしたいなと 心を寄せてくださった方も多いのではないでしょうか。
 新型コロナウイルスの影響で 出口の見えない困難が続いていますが 私たちは元気で過ごしています。みんなで一緒に今を乗り越えましょう。
 気仙沼は港町、見送った船がまた無事に帰って来るのを待つ街です。誰かが気仙沼に来て帰るときには「行ってらっしゃい!」 また来てくれたら「おかえりなさい!」 そう言って旗を振ります。
                  KESENNUMA Crewship
 

私たちはここに生きる。ここから生きる。ここは、ふるさとだ。
【No.1549】 2021年03月08日

3月8日
 三陸新報社から『東日本大震災 記憶伝承』が届いた。序文に「私たちはここに生きる。ここから生きる。ここは、ふるさとだ。」とある。
 「三陸新報」が地域の人たちのために3.11を記録し知らせ、そして来るべき災害に備え、意識を高め行動させる使命を果たした書。写真で災害時の様子と復興が進む今との例比の多さなど、「三陸新報」でなければ、新報だけが制作できる書だとページをめくるごとに感じた。
 『東日本大震災』による津波に襲われた遺構のいくつかは整備され、祈念の「碑(いしぶみ)」も再建・新たに建立もされているようだ。それらに加えこの記録集は【紙碑】としてとこしえに受け繋がれる。

ひな祭り
【No.1548】 2021年03月04日

3月3日
 確定申告書の提出に行き、帰りにスーパーに寄った。昼食の時間帯だが、出入りする車の数がかなり多い。「特売の日」かと店内を歩いてみて、その込み具合に気づいたことがあった。今日は「ひな祭り」なので、そのための買い物(食べ物)の人が多いということ。チラシ寿司、から揚げ、ケーキなどの売り場はひな祭り用になっていた。それを眺めながら思った。寺山のひな祭りー女の子の節句ーは今日三月三日でなく、四月三日、四日だった。この二日間を《お花見》と呼び、重箱に自家製の太巻き寿司を詰め、子どもたちは近くの丘や田んぼに野遊びに出かけた。桜の見ごろと重なる季。女の子だけでなく、男の子もこの節句を楽しみ、祝った。 

朝日新聞と私
【No.1547】 2021年03月02日

3月2日 
 朝日新聞が今日創刊5万号に到達した。我が家はずっと朝日を購読している。父、いや祖父力三郎の時代から「朝日」一筋だったらしい。私は朝日新聞に成長させてもらった。
◇朝日新聞と私
 1963年7月7日  『朝日歌壇』の第一席(宮柊二選)に入選
 1983年12月31日 『声』欄に「教育観を決めた教え子の年賀状」が掲載 
 1987年6月13日 『天声人語』で「エコー」の紹介
 1998年12月21日 『きょういく’98』の「高橋庄太郎の目」が「武さんの宝物・生徒701人からの手紙」を
 2016年9月17日 上梓した『道祖神ワンダーワールド』の紹介

道祖神に逢いに
【No.1546】 2021年02月22日

2月21日 
 暖かい陽に誘そいだされ道祖神さんに逢いに行った。久しぶり、一年は経ているだろう。
 平塚・北金目の大久保の道祖神さん。男女肩組み像。紀年銘は明治38年(1905年)。今から115年前の造立。「明治は遠くなりにけり」。指で埃を払ったり、刻まれた文字をなぞったりして、楽しい嬉しい時間を過ごした。今日はこの一塔だけ。
 私には道祖神が似合う。「道祖神の里めぐり」は不要不急、外出は自粛しなければいけないのだが、出かけたい。

バレンタイン a Good Day
【No.1545】 2021年02月15日

2月14日
 1月に行われた全国大学サッカー特例大会で優勝したのは東海大。その決勝戦で優勝を決めた1点を蹴りこんだのは水越陽也選手。その水越選手がお母さんと全国制覇の報告に来た。
 お母さんはPTA広報作りで頑張った人で全国コンクールで最優秀に輝いた。陽也さんは小学生のころ私の壁新聞づくり講座に参加し我が家にも何度か来ている。庭を見回しながらあの頃の思い出を話してくれた。 

 「決勝の法政戦は80分間押されっぱなし。それこそワンチャンスで勝てた奇跡の試合」と陽也さん。明日から新チームでの寮生活が始まるとのこと。マスク越しの笑顔には若さが輝いていた。

 「神奈川歌壇」今週は「第二席」。これで入選は20回。

 今日は「バレンタイン」 チョコも食べた。


椿開花
【No.1544】 2021年02月14日

2月12日
 1月23日から泰山園さんが庭木の手入れに入ってくれた。その折、刈り込まれた藪椿の一枝を拾い食卓の花瓶に挿した。薄緑の小さな蕾が二つ付いている20センチほどの枝だ。「可哀そう」と思うのと同時に「咲くだろうか」と試してみたかったからだ。
適度の温かさのキッチンに置かれた椿は水揚げがよく、蕾は日に日に膨らみ21日目・2月12日に蕾をほどいた。真紅の花弁の中に黄色の花芯も立ち上がった。小ぶりだが見事な一輪に生命力・生きるという意思の強さ感じた。

クリスマスカード
【No.1543】 2021年02月11日

2月10日 
 ニュージーランドから妻に宛てた教え子のクリスマスカードが届いた。毎年届くクリスマスカードが去年は届かなかったので心配していた。消印は12月23日。7週間の長旅!
 12月の半ばにグラハム家にカレンダーを送ったが、そのとき郵便局の窓口で「コロナの影響でエアメールは遅れるかも」と言われた。今日のカードの到着をみて、まさにその通りだと思った。こんなところにもコロナは影響を及ぼしている。

【No.1542】 2021年02月03日

  2月2日 節分
 「外出自粛をしていらっしゃるでしょうから」と恵方巻、福豆、イワシのつみれ汁、大福、と「節分」に食べる縁起物を「エコー」の読者Kさんが持ってきてくれた。
 午後五時から豆まき、大豆と落花生で「福は内」。恵方巻を初めて食べた。その恵方巻はハーフサイズだが何と12本。ただただ感謝。
 妻は豆を年齢に合わせ三粒。残念だが歯の無い私は食べられない。今年も良い一年になること間違いなし。

 2月3日 立春 初午
 2月1日に神棚から下した正月飾りを、今日「初午」の日に畑でお焚き上げするのが我が家の慣わし。他家でおこなわれているかどうかはわからない。
 「初午」は稲荷神社のお祭りの日。お稲荷さんは稲を背負って来る神(農耕の神・穀物の神・食べ物の神でウカノミタマと呼ぶ)だから、畑にお迎えをするための迎え火を焚く。
 秦野では関東三大稲荷として知られている白笹稲荷神社も今日が大祭日。昔は参道に鍬、鎌など農具を売る露店などがたくさん出た賑やかな祭りだった。落花生を糖蜜でからめて作った豆板もこの祭りで売られていた。道路が舗装されてないので泥んこのヌカルミ道もこの祭りの名物。

 春立つ日雉鳩少し艶めけり

 お棚納め
【No.1541】 2021年02月01日

1月31日 
 ばあちゃんの「立ち日」。それで午後墓参。線香と花があげられていた。妹が参ってくれたらしい。
 昨日で庭木の手入れが終わった。隣りとの境に近いところの公孫樹を二本切ってもらった。この公孫樹は40年ほど前に小山町の宝鏡寺住職・芦月実成さんから貰った盆栽のもの。地に下したので太さは35センチくらい、高さはメートルほどに成長。公孫樹黄葉の景色は好きで自分の部屋から眺められるのは大満足なのだが、落葉期になると近所に迷惑になるので……。
 きょう31日は「お棚納め」の日。正月に使った御神酒錫を明日2月1日の朝神棚から下す。その前夜、神棚に温かいご飯を供え、燈明を点す、これが「お棚納め」。じいちゃんの時代にはしめ飾りを下すのも2月1日だった。

初天神  
【No.1540】 2021年01月26日

1月25日 初天神 
 今年も「辻の天神さん」に参拝した。「辻の天神さん」は今は東中学校の校庭になっている武完氏の屋敷内に祀られていた。だが校庭整備のため寺山231の武完(現松倉)氏宅地内に遷宮。昔は この日にお参りに来る人たちに御札を渡す役を清水庭の子供たちがした。甘酒をご馳走になった記憶がある。
 この天神さんの勧請は武孫左衛門氏によって明治35年・菅公生誕一千年を期して行われた。

 午後2時ころ、居間のガラス戸に椋鳥が飛び込む。
  ガラス戸を衝き落命の椋鳥を枝垂桜の下に弔ふ

秦野のショイバシゴは背が高い
【No.1539】 2021年01月23日

1月23日
 昨夜、材木店のYさんから電話。「『秦野のショイバシゴ(背負い梯子)は他所と違って背が高いのはなぜか』って聞かれたんだけど、わかるかなあ」。その場しのぎで答えたが自信はない。誰かに尋ねようと思ったが、私より年上のお百姓さんはあまり見当たらない。Yさんが私に聞きにくるのはもっともなこと、そんな歳なのだと納得。
 それで何か資料はないかと探したら在った。JA秦野が1993年に刊行した『秦野地方の農と住の記録集』の中に。 
・背負いばしご(背負子・しょいこ)
 木炭や薪・肥料・家畜の餌、なんでもこれで運んだ。ときには牛馬の飼料にする長いカヤをこの背負いばしごに結わえつけて、道いっぱいになって歩く人もいた。人間はカヤにかくれてまったく見えない。まるでカヤが歩いているちとか思えない風景である。道端の土手に背負いばしごの脚を立てて一休み。こうして山家の農家は一里も一里半も歩いた。ときには山菜などの山の特産を背負って町に買物に来る人もいた。家から担いできた物を現金に換え、家族の生活必要品を求める。そんなとき町へ背負って来る背負いばしごは、ちょっぴり小型で、きれいなよそ行きである。帰りの背負いばしごは心なしかほほえんでいた。

 Yさんに話したこと(以下の@〜B) とあまり違わなかった。@長い背だから(カヤなど)たくさん運べる A物を背負いながら一休みするとき長い脚だと安定する B背の低い背負いばしごは町に買い物に行くときのおしゃれ梯子。そしてC山での枝打ち作業のとき文字通り梯子として使える。だから秦野の背負いばしごは背が高い ― これは私の経験から。

 寺山の暮らしをふり返るイイ勉強ができた。

振り袖姿の珠々さん
【No.1538】 2021年01月13日

 2011年の東公民館での「夏の思い出を壁新聞に」の講座に参加してくれた安田さん母娘とは今も交流がある。小学三年生だった珠々さんは以降六年生まで、毎年この講座に参加し立派な新聞を作った。珠々さんは全国高校女子サッカー選手権大会で優勝したメンバーでもある。
 その珠々さんが1月11日成人式を迎えた。それで母娘二人でその成長ぶりを報告に来てくれたのだ。嬉しかった。
 
 きょうお祝いの歌を贈った。
  いつもツッコミばかりの娘が母に伴われ振袖で珠々(しずしず)と
  振袖でもツッコミは変り無し ポンポンと出る言葉笑い声
  四月より一人暮しをする吾子に「この車も持っていけ」と父
 

七草粥 ダンゴ焼き
【No.1537】 2021年01月11日

1月6日 「幸先良し」三陸新報の「新春さんりく川柳」の一席に。「年頭の誓い七日でリセットへ」
 鹿島神社と圓通寺に初詣。青森・板柳町の加藤寿子さんからリンゴを頂く。寿子さんは大相撲・東関親方(元小結 高見盛)のお母さん。

1月7日 朝食は「七草粥」。《強風》砂ぼこりがひどい。山がかすむほどだ。

1月8日 燈明を上げ正月飾りを下す。例年なら今日が三学期の始業式なのだが、今年は6日から授業が始まっている。
 
1月9日 夜、どんど焼きのダンゴを作り神棚仏壇に供える。

1月10日 午後2時30分に」「清水庭のどんど焼き」の火入れ。  
  豚汁やお汁粉に代えアマビエの護符が用意されしどんど焼き
 今年は道祖神の御札は配られなかった。御札は子供会が作るのだが「三密」なるので制作をやめたから。それでアマビエの護符を用意し、参加者にプレゼントした。好評、喜ばれた。
二十家族ほどでンゴを焼いた。幼児も十人ほど。だが小学生の姿はほとんどなかったのは寂しい。大人は御神酒としてカッポ酒を少し。
 年初めの神奈川俳壇に入選。



初来客
【No.1536】 2021年01月05日

1月5日 
 八時過ぎ別棟に“出勤”しようと外に出たら、応接室の前の犬走に今年の初来客?メジロが一羽うずくまっている。鵯のガラス戸衝突事故は度々あったがメジロは初めて。拾いあげたが全く動かない。
 メジロを掌にしたのは何十年ぶりだろう。小学生のころ、この季節になるとメジロ取りに近所の仲間と山に行った。囮の入った鳥籠にトリモチを巻き付けた梅の小枝を設える。囮の良い鳴き声に引き寄せられた山のメジロはトリモチの枝に止まる。すると頭を下に宙吊りになってしまう。優しく丁寧にトリモチからはずしし鳥籠に。こうして一羽捕ったら狩りは終わり。水と焼き芋や蜜柑など与え餌付けをする。間もなく「ツイーツイー(これは寺山の目白の鳴き声のオノマトペ)」と囀るようになる。鳥図鑑はメジロの囀りはを「チィチィ チョチューイ」や「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」と表している。
 今朝のメジロは今年初めてのお客様だから、数十年使っている大小の笊を組み合わせその中に招じ入れた。そして蜜柑でもてなした。一時間もたたないうちに小さな羽ばたきが始まった。それで妻と「放鳥式」をした。
 元気よく飛び去る姿を見送り「明日、あの梅に来るわよ、きっと。お礼にね」と妻。もう梅がかなり咲いている。今年は春が早いのかもしれない。

元日
【No.1535】 2021年01月02日

 「年寄りは早く寝ろよとNHK」紅白も格闘技も観ずに、いつも通りに「おやすみなさい」の大晦日。もちろん年越しそばは食べた。
2021年1月1日
 5時起床。年男として神仏に燈明をともし雑煮を供える。6時半から新年の祝膳。ほろ酔い機嫌で神仏の御膳を下す。
 二階のベランダから「元朝の富士」を撮る。構図には富士に真向かう二宮金次郎像が入っている。
 年賀状が9時前に届く。ポストマンに蜜柑とアマビエで感謝の意を表す。その賀状の中に高校時代の同級生からのものがあった。卒業以来全く交流のない人からだ。神奈川新聞の歌壇に私の名を見つけ便りをくれたのだ。彼女も短歌に親しんでいるとのこと。嬉しかった。
 午後、ホームページの更新の作業。2日にアップできる。

この一年 短歌二十首 
【No.1534】 2020年12月31日

この一年  短歌二十首 でんぐ返し
・コロナ禍
表彰式は中止同窓会も無期延期令和二年の春は無残
老い二人の生活を確かめに来し街の子の滞在時間は二十分ほど
「聞かぬ」「言わぬ」それが「自助」ということか 清しくあれよ名の如く
・耕す
朝焼けの雲ゆっくりと北に流れし午前五時の空
朝食を供え昨日の息災を先祖に伝える午前六時
蕗味噌の酢加減で話が弾む老いの夕餉
庭の蕗で伽羅蕗を作るのは妻の五月の楽しい農事らし
裏返しにした夏帽に今年最後のトマトを摘む
六月に茹で蚕豆(まめ)貰ひし「お返し」は生栗とせし九月
流れ来る木犀の香に歩を休め秋風にしばし身を任せたり
一株ずつていねいに落花生を扱ぎ「今年は上出来」と喜び合ひぬ
二連はしごを操りて庭に日溜まりを整えてくれし教え子
たまさかに訪ね来し妹と〈昭和の子〉に返り柿捥ぎて食ぶ
秋仕舞いしている吾に紋付鳥(ジョウビタキ)「帰って来たよ」とピョコンとお辞儀
・八十路
起き上がるたび走る激痛に救急車を頼みぬ午前五時
体力に余裕などあるはずなし無鉄砲が招きし激痛
転倒をせぬよう頼る杖に足が絡らみぬ八十路坂
三十年馴染みし草刈機 腰痛の吾に伴ひてリタイアす
この更新を最後と決めし免許証が届きしクリスマスの午後
小春日をたっぷり吸った干布団で森光子の「でんぐり返し」を

この一年  道祖神の里めぐり
【No.1533】 2020年12月30日

この一年  道祖神の里めぐり
・コロナ禍で外出自粛。今年は福島と栃木の道祖神の里を訪れる予定だったが……。
・道祖神の講座を長寿会、子供会、婦人会そして公民館事業としての講座と4回を持った。
・1月5日 根倉喜美江・修さんから、古谷正一さん制作の銅板レリーフ「神の集い 安曇野の道祖神」(8号)を恵与していただいた。作品は常念山脈を背景に、酒器像、肩組酒器像、袖中酒器像、肩組握手像、そして文字碑の五基が彫られているもの。
・清水・東ノ原自治会の「どんど焼き」に長野・富士見町から下平武さん・「信濃路てくてく」会の代表・が参加してくれた。下平さんは、私の『道祖神ワンダーワールド』を読み、秦野の道祖神に強い関心を持たれ清水のどんど焼きを見たいと連絡してきた。

 この一年 俳句・短歌・競馬
【No.1532】 2020年12月28日

12月27日
 2月から神奈川新聞の俳句・短歌欄に投稿を始めた。途中入院で6週休んだが、37週頑張ってみた。今年最後の句歌欄は今日27日、その最後でダブル入賞。
 連れ合いの退院は明日大根引く
 泥大根二本を手に「連れ合いが明日退院」と告げに来し友
 これで短歌9、俳句8の計17回の入賞。

 この日の競馬・有馬記念も勝った。今日の勝ちで秋のG1は4勝6敗。でも最後に勝てたか らいいだろう。

2020年 この一年
【No.1531】 2020年12月25日

「創作四字熟語」(住友生命の募集)で 今年一年をふり返る

「医師奮診」(獅子奮迅) 「医心献身」(以心伝心) 「全面口覆」(全面降伏)※マスク 「創意口布」(創意工夫)※マスク 「一席二長」(一石二鳥)※ソーシャルディスタンス 「出発振興」(出発進行)※Go Toトラベル 「薬家争鳴」(百家争鳴) 「給十各家」(急転直下)※10万円の特別定額給付金 「児宅待機」(自宅待機)※一斉休校 「注目知事」(注目記事)※カナかるた作り 「巣居工夫」(創意工夫)※コロナ 「周囲換気」(注意喚起)※三密 「持帰商創」(時期尚早)※テイクアウト 「画伝飲酔」(我田引水)※オンライン飲み会 「散勤交代」(参勤交代)※リモートワーク 「妖姿願霊」(容姿端麗)※アマビエ「帰省改革」(規制改革) 「多止祭催」(多士済済) 「収束渇望」(就職活動)
「記録更晋」(記録更新)※総理在任年数 「菅新相誕」(臥薪嘗胆) 「自由香望」(自由奔放)※香港混乱 「王棋聖聡」(王位継承)※藤井聡太二冠 「父継三冠」(父兄参観)※競馬コントレイル 「頻出鬼滅」(神出鬼没) 「押印の乱」(応仁の乱)

冬至
【No.1530】 2020年12月21日

12月21日
 冬晴れの空に輝く大き柚ていねいに捥ぐ明日は冬至湯
 
 濡れ縁に柚置かれをりけふ冬至
 京都ては冬至の日に「ん」の付く物を食べるとのこと。「ん」は「運」に通じるから。南京カボチャ、うどん、ゼンザイ、蜜柑、林檎等々。
 

道祖神の講演会
【No.1529】 2020年12月18日

12月17日
 午後1時30分から「道祖神ワンダーワールド・千姿万態」の講演会を鶴巻公民館で。コロナ禍の中、しかも師走。12名の参加はありがたかった。その顔ぶれは、私の道祖神講座によく顔を出してくれるM.M、T、I、Yさんはこの日も来てくれた。Mさんは東中学校の教え子、以前ご夫婦で来てくれたが今日は一人なのがちょっと気になる。鶴巻中での教え子の保護者Kさんの顔は懐かしかった。六月に入院した折お世話になった看護師Eさんのお母さんSさんは初参加。Sさんは市内の野仏を訪ねるのが趣味とか。最後列の席に妹夫婦の顔も。
 この日の資料として、長野市上大岡の「道祖神もなか」と仙台の二柱神社の「アマビエの御朱印」を準備した。どちらも喜んでもらえた。

 ☆参加してくれたMさんから〈速攻〉のメール
 今日は思った通り楽しんで講座を聴くことができました。ありがとうございました。2回目の受講になりますが、先生の引出しの多さに、またまた感激です。でも換気が良すぎて、先生が風邪引かないか、気がかりでした💓 お話ができたらとも思っていましたが、先生を囲んでいる人が大勢いたので、ご挨拶だけで失礼しました。寒いので気をつけてお帰り下さい。M
 
 今年2020年の講演・講座はこの日が最後。

道祖神の講演
【No.1528】 2020年12月12日

12月11日 
 秦野市地域婦人団体連絡協議会の研修会で講演。演題は「ふるさとを知り ふるさとを愛し ふるさとを育てる〜秦野の道祖神とトッケダンゴ〜」。会場は秦野市立本町公民館で60名ほど集まってくださった。紙芝居二本も上演。資料に「道祖神もなか」を配った。夜、参加者から「楽しかった」、「もなか、おいしかった」との電話をもらった。「疲れた」けど私にも充実した二時間だった。 

12月8日
【No.1527】 2020年12月08日

 今日は「師走八日」《目一つ小僧》がくる日。12月8日の夜、丹沢の山から目一つ小僧が村に下りてくる。「さあ子どもは早く家の中に入んな。下駄は家の中にしまってな。目一つ小僧に判子を押されちゃうぞ」と母は言った。

 30年くらい前の話。授業中に「今日は12月8日だけど何の日かな」と尋ねた。太平洋戦争の開戦日を意識させたいと思ったからだ。だがその答えは出て来なかった。「先生の誕生日」「先生のボーナスの出る日」等々。それで宿題にした。翌朝早く職員室に答えを持ってきた子は「12月8日はお釈迦様が悟りを得た日です」と言った。お寺の子だった。私は彼女から「成道会」ということを教えてもらった。

 12月8日は「こと納めの日」農作業は今日で終わりという日。「針供養の日」でもある。お針の仕事(縫物をする)も今日でお終い。そして今日は「こと始め」の日で新年を迎える準備を始める日。

道祖神の講演会
【No.1526】 2020年12月06日


「道祖神ワンダーワールド・千姿万態」の講演会を開きます。

 主催  秦野市立鶴巻公民館
 日時  12月17日(木)13:30〜15:30
 会場  鶴巻公民館 コミュニティ室
 定員  18名
 参加費 資料代 200円
 申し込み先  鶴巻公民館 電話0463-76-0463

よろしかったらご来場ください。

12月1日 師走
【No.1525】 2020年12月01日

 なにかに足早やに追われるような日々の暮らし。早や師走。
 信楽から来年の干支の焼き物が届いた。創刊からの「エコー」の読者・倉田さんから。今回で35回を数える。
 「みちしるべ」の横山会長から「まだ記録されていない五角柱の地神塔を西地区で見つけた」と、写真がメールで送られてきた。こういう情報は嬉しい。見てみたい。17日に行う「道祖神ワンダーワールド」の講座のPPTの流れを確かめる。年賀状の校正が出できた。

「トオカンヤ・十日夜」
【No.1524】 2020年11月23日

 「トオカンヤ・十日夜」
 旧暦の10月10日は「十日夜(トオカンヤ)」。今年は今日・11月24日がその日。「十日夜」の日は、刈り取った稲わらを束ねた「ワラ鉄砲」で子どもらが地面をたたく。田畑を荒らすモグラを追い出し、田の神を起こして山にお帰りいただく意味があるという。
 農耕を中心とした生活をしてきた日本人にとって、初冬は収穫した作物を春まで貯蔵するための大切な準備の時期。そしてこの頃、農耕の神や山の神に感謝と翌年の豊作を祈る。長野などでは役目を終えたカカシを田畑から引きあげる日と定ているそうだ。
 「十日夜」を過ぎると、漬物を作ったり庭木の雪吊りをしたりと、本格的な冬支度が始まる。こたつやストーブなどの器具を出すのもこの時期。(三陸新報・11月18日)

 これは宮中で今も行われている新嘗祭と同じ趣意だろう。 私が国民学校の生徒だったころ、新嘗祭の日は式があって、校長先生の話を聞きその日はそれで下校だった。中学生時代は「勤労感謝の日」は学校で男子は「縄綯い競争」、女子は「雑巾縫い競争」が行われた。そのあと全校で、学校農場で収穫をした農作物の会食会が開かれた。

良いお年を
【No.1523】 2020年11月21日

 11月19日
 T病院で三か月毎に定期検査を受けている。この日の診断は「ワーファリンの調薬は適正。血圧が少し高めだがこれも想定内」ということ。問診が終えたので席を立つ私に、担当医のN先生から「武さん、よいお年を」という言葉を頂いた。思いがけないことで、私は「ありがとうございます」としか返せなかった。
 N先生のこの言葉は年末の挨拶だが、私には「病を気にしないで、今までどおりの生活をしなさい。今年の年越しは大丈夫だから」という嬉しい言葉のように思えた。
 あと40日ほどで今年も終わる。コロナ禍だが元気で越年しよう。

古道大山道を案内
【No.1522】 2020年11月15日

11月13日 
 東公民館事業「古道大山道を歩く」の案内を「みちしるべの会」でおこなう。 
 この日は大山道蓑毛通と羽根尾通が通っている寺山地区の遺跡や道祖神、庚申塔、地神塔などの石造物を見て歩いた。私は「波多野城(波多野氏一族の居住地)」の所在地を寺山に伝わる地名から推測できることを現地で紹介した。秋晴れの下のウオークを楽しめた。

茅ケ崎市立南湖公民館の壁新聞展 
【No.1521】 2020年11月10日

 茅ケ崎市立南湖公民館から次のようなの嬉しいたよりが届いた。
 今年度は壁新聞講座がありませんでしたが友貴くんが「6年生でも作ると決めていたから」と壁新聞を作ってくれました。「2枚作る予定!」と張り切っていましたが「夏休みが短かかったので1枚しか作れなかった」と、少し残念そうでした。『双六新聞』という壁新聞は、小学校入学から6年生までの行事を双六にしています。それで今年は「壁新聞展示会」は予定していなかったのですが、友貴君の壁新聞展示会を開くことにしました。でも「一人展」では淋しいので、私もこれから壁新聞を作り展示します。来年7月に『双六新聞』を読みに来てください。お待ちしています。 菅沢

文化の日
【No.1520】 2020年11月04日

11月3日 
 北上から極上の秋の味覚が届いた。柔らかくて甘〜い渋柿。「さわし柿」と呼ぶらしい。
 夜7時 権現山から花火が打ち上げられた。今日は「文化の日」。秦野では「市民の日」。例年なら水無川の河川敷で催される「私の個店」にたくさんの市民が集まるのだが、今年は中止。その代わりに花火ということ。7分という短時間に100発ほどか。月齢17日の月も東の空に在った。良夜の花火。
 

十三夜のお月見
【No.1519】 2020年10月30日

10月29日
 午後4時40分ころ、東の空にはもう白っぽい月が掛かっていた。今宵は「十三夜のお月見」。庭の花ススキとコスモスを茶色の瓶に挿したらなんとなく活け花の風情。十五夜には間に合わなかったウチの里芋も掘ることができた。柿は今年は豊作だからやや小粒なので十数個を。豆腐も供える。お月見に欠かせないのが団子。だが我が家は団子ではなく饅頭。この辺り月見は昔から小麦粉の皮であずきの餡の手作りの大きな饅頭だった。だがこの手作りの饅頭も母の代で終わった。
 饅頭を買いに本町の老舗の和菓子屋に行ったが饅頭は無かった。店主が言った。「かなり前から月見饅頭は作ってない。お月見をする家がなくなったからねえ。いいねえ十三夜をやるお宅は。続けてやってよ」。褒められたのに求めたのは三個の「田舎饅頭」。老い二人で十三個は食べきれない。「田舎饅頭」は岩肌に雪が吹きつけられたような姿から「吹雪饅頭」とも、「破れ饅頭」ともいうらしい。帰りにスーパーに寄ったら「月見団子」が並んでいた。
 十時ごろ庭に降りもう一度月を眺めた。薄い雲に包まれた月齢十三の月はもう中空にあった。

 山際に月を預けて芋洗ふ

護符「アマビエ」
【No.1518】 2020年10月29日

 373号で疫病退散の護符「アマヒコ アマビエ」を載せ、「切り抜いてお守りに」と書いた。昨日、読者の小関さんから「早速切り抜いてお守りにしました」と《エコー》が返ってきた。その小関さんの便りは、なんと「アマビエ」のポストカードだった。あちこちに「アマビエ」さんは出現しているのだ。

「秦野落花生みくじ」
【No.1517】 2020年10月24日

 秦野は我が国の落花生発祥の地と言われ、今も生産地で、落花生菓子を作る店も多い。その「秦野名産落花生」にちなみ、秦野市内の曾屋神社(守山文夫宮司)がご当地みくじ『秦野落花生みくじ』の頒布を始めた。「鞘の落花生」を模した形の入れ物におみくじが入っているもの。
 『ご当地みくじ』は、その土地の名産や名物、神社の由来などをモチーフにしたお御籤のことで、この頃御朱印集めと同じように収集家が増えているらしい。
長谷寺(鎌倉市) 、貴船神社(京都市)、大宰府天満宮(福岡)、椿大社(鈴鹿市 猿田彦大神の本宮「道祖神の里巡り」で参拝している)などのものが人気があるようだ。

 東中生 
【No.1516】 2020年10月22日

 昨日、東中学校の広報委員長さんが学校・学級新聞を持って訪ねてきた。今、校内学級新聞コンクールの審査が行われているとのこと。厳しい環境の中で全クラスが出展している。その中に4号発行というクラスもあった。頑張っているな、と嬉しくなった。全紙の紙面クリニックをして明日お返しをする。「東中新聞」は1161 号。体育祭の特集号。その体育祭SDのスローガンは『体遠くとも心は密に』。こんな東中生を心から応援したい。

  二学期
                    勝 美
 嬉しさと心配を詰め込んだバッグが急ぐ今日から二学期
 新涼を深く吸い込み新曲に挑む二学期のチューバの輝き
 ありったけの声を集めて球を追う子等に渡り来る青田風
 野球帽達の家路は楽しメロディチャイムに和唱などして
 メロディチャイムの「朧月夜」口ずさみながら帰る野球帽
 ピーマンは日毎に太り放課後の学校菜園子等で賑やか
 無観客・演技はソーシャルディスタンス それでも嬉し体育祭
 折々の若き息吹を書き継ぎし『東中新聞』千百号を超ふ

ブーメラン
【No.1515】 2020年10月11日

 台風14号は「チャンホン」という名だそうな。その進路はブーメラン。チャランポラン(チャンホン)なのであまり影響は受けず一安心。昨日一日かけてHPの更新。

【No.1514】 2020年10月08日

10月8日 我が家の庭の秋
金木犀。金木犀の香が流れる朝。
 金木犀の朝が好きだから今日から午前六時のウオーク
 隣との垣無く住みぬ金木犀

コスモス。7月から咲いたコスモスの子が花をつけ始めた。一年に二度その花を楽しめる。今日は秋雨前線の風が強い。
 それぞれに揺れ風となる秋桜

山茶花。祖父(武力三郎)がこの地に住み着いたときに植えられたもの(百年を悠に超えている)。ひっそりとうす桃色の花を二、三輪咲かせている。 
 山茶花にお隣の灯の届きけり

柿。どうやら今年は成り年。柿が大好きな義弟に食べてもらおう。
 手庇が柿の稔りを数へをり

夕顔。季語は「晩夏」なのだが、まだ頑張って昨夜も三つ咲いた。大輪で10pは優に超えている。濡れ縁に座り眺める。まだ蕾はかなり付いている。
 夕顔を低く咲かせて端居かな 

花ススキ。十五夜、十三夜のお月見に飾る。秋を感じさせるススキの花。
 日暮まで日の射す庭や花薄 

中秋の名月
【No.1513】 2020年10月02日

10月1日
今日は「中秋の名月」「十五夜」なので「月見の棚」を設えた。メインのススキは庭から切りとる。サツマイモと落花生は自前のもの。月見団子、豆腐は秦野産。それに梨も供えた。この梨はは昨・30日に訪ねてきたReikoさんから頂いたもの。「GO TO 」で山陰地方を旅したそのお土産。お神酒は気仙沼の「蒼天伝」。六花亭の「バターサンド」と各地の銘品が並んだ。晴れていたので黄色い満月が見られた。

彼岸中日
【No.1512】 2020年09月23日

9月22日
 彼岸の中日・秋分の日。午前6時の気温は12℃だった。すっかり秋。朝食は「中の中日あずき飯」。今夜から雨らしいので落花生の収穫をした。今年はハクビシンに荒らされることなく今日を迎えることができた。30株ほどだがしっかりとした実が付いていた。過去最高の品質と量。この出来は山口さんの大きな力による。感謝したい。 
 気を良くしてサツマイモも掘ってみた。こちらはよく太っている。それで里芋も試掘… ところがこちらは不作。ほとんど子芋が付いていない。付いてもまだまだ小さい。10月1日は「中秋の名月」。別称「芋名月」、サツマイモや里芋の「でき秋」収穫の時季なのだが、ウチの里芋は十五夜には間に合わない。
 栗、落花生、サツマイモを仏壇に供えた。「みちしるべ」の田中さんが故郷の梨「二十世紀」を持って来訪。ありがたい。午後には千葉・市川から特産の梨・「新高」が届いた。大きな梨で一個が1s弱。菅原さんのご厚意。仏壇に二種類の梨が加わった。実りの秋。

「豆ぶち」
 私の子供の頃は、落花生を収穫することを「豆ぶち(打つ)」と言っていた。畑の落花生を扱いて(扱ぐ=コグ・根のついたままそっくり引き抜くこと)数日畑で天日干しする。ある程度乾燥したら畑に空の四斗樽を持ち込み、その樽の縁を落花生の根の部分、実の生っている部分で「ぶつ(打つ)」。と実が樽の中に落ちる。だから「豆ぶち」。この「豆ぶち」はお百姓の知恵。手で捥ぐより効率がよい。

アマヒコ アマビエ(ヱ)
【No.1511】 2020年09月14日

 無病息災、縁結び、子孫守護、豊作などのご利益で知られている宮城県の二柱神社は、この四月から新型ウイルスの終息を願う御朱印を貰うためにぎわっているとか。その御朱印をラベルにした『疫病退散』という日本酒をK酒造が販売している。お盆に帰省したYukiさんが、このお酒を私のために買ってきてくれた。「コロナ」と「腰痛」の終息を願ってのお神酒。感激、もったいない。

※「二柱」とは「アマヒコ」「アマビエ(ヱ)」という半人半魚の妖怪。気仙沼では御朱印、凧絵、キイホールダー、Tシャツの柄などに取り入れられ「コロナ退散」を願っている。「男女双体道祖神」から派生した神とも思える。

妻の頑張りに感謝
【No.1510】 2020年09月11日

 畑仕事をまったくしなくなった、出来なくなった私に代わり妻が頑張っている。今日も午前中栗園に一人で栗拾いに行った。妻には農業の経験は全くない。今までは私を手伝うという形で畑に出ていたが、今年の六月以降(私の入院中)は草むしりなど畑の管理にも精を出してくれた。
 今日の栗の収穫は5sほど。今年の初収穫は7日で、その日は8s強。車は出ないのでリュックで背負い、袋で抱えて持ち帰ってきた。歩く距離は片道1qくらいだが帰りは坂道。真夏日だけにかなりの重労働。拾った栗の選別をしようとしたら、右の人差し指に山ビルが食いついていた。去年までの彼女なら《動転》なのに、きょうは「どこで拾ったのかしら」と平然としていた。今年の栗はふっくらと丸みがあり大きい。妻の頑張りに感謝。ありがとう。本当に申し訳ない。

 今朝4時ごろ、ヒィーンィィ ヒィーンィィと三声、鹿の鳴き声が聞こえてきた。我が家の栗園の方角とも思えた。妻の話では「7日は一個だけだったが、今日は20数個、鹿が食べた栗の皮かあった。きれいに剥いて食べている」とのこと。庭続きの畑の落花生が収穫期になっている。ハクビシンに荒らされるか。
 

「実りの秋」に
【No.1509】 2020年09月02日

9月1日
七月は雨、八月は猛暑。この夏は私にとって腰痛の《酷暑》だった。
 今日から九月、秋。「みちしるべの会」の横山会長さんの来訪。十月以降、四つの公民館から「大山古道を歩く」の講座のガイドを依頼が来たと報告してくれた。歩くことは難しいので何かサポートをしなければ、と思っている。個人的には十二月に「道祖神の里巡り」の講演の話も進んでいる。「実りの秋」にしたいので体調管理を十分心掛けたい。

八月尽
【No.1508】 2020年08月31日

8月19日 「喉元」を過ぎて四十日 鋸(のこ)など手にし腰痛再発。
8月31日 目下自宅静養中。この夏は十分《休めた》が、気力の減退は著しい。

誕生日
【No.1507】 2020年08月29日

8月18日、頂いた誕生日メッセージカード。「古い年齢は必ずお捨てください。自分の年齢をよく確かめてください。新しい年齢を使用せずに放置しても、自動的に移行されますので、ご承知おきください。耐用年数は一年です」 

浜松市船明
【No.1506】 2020年08月17日

 昨日8月16日 国内の最高気温40,9℃の地は静岡県浜松市天竜区船明(ふなぎら)。テレビで報じられる「浜松市船明」という文字に(ふなぎら)と振り仮名で付けられる。地名「船明」を「ふなぎら」と読むのは難しい。だが私には読めた。浜松市天竜区船明を今年2月の終わりに訪ねているから。
 船明の長養寺の双体道祖神にお参りしたからだ。観音堂内に祀られている男女双体酒器像で「兄妹道祖神」は呼ばれ「兄妹相契」の悲話が伝えられている。穏やかでふくよかな表情だ。造立した村人の兄妹に寄せる心の表れだろう。だから「縁結びの道祖神」で、心願が叶うと赤と白の小石を供えられる。

 春光を酌む兄妹道祖神   勝 美

「喉元過ぎれば」はいけません
【No.1505】 2020年08月04日

 退院されたようで、でも「喉元過ぎれば」はいけません。くれぐれもご留意を。不謹慎なようですが短歌日記はニヤリ😏としました。このユーモアと暖かさ。何度も読みました。ECHOは楽しみにしています。なので無理はしないでくださいね。 政子


 「ECHO」のHP、なんとか更新できました。 勝美

この状況下だからこそ
【No.1504】 2020年08月01日

コロナ禍で今年度のPTA活動は低迷・混乱しているようです。特に広報づくりは「三密」になるのでその活動は厳しいようです。でも、こういう状況だからこそ保護者の声が学校や行政に届かなくてはいけないと思います。
 送られてきた秦野市内の二紙(中学校)は《コロナ》に関わる保護者の悩みや心配事を記事にしています。がんばっているなあと頼もしく思いました。

学校再開一か月 中学生now 
【No.1503】 2020年07月28日

1年生
・注意しないといけないことが多くて大変だけどクラス全員が揃ったのはうれしかった。
・マスクをいつもつけてないといけないから、熱がこもって暑い時が多かった。
・小学生の時と比べて勉強量が増えました。勉強でわからないところは友達同士で協力しながらやりました。
・普通の毎日がだんだん戻ってきてよかったです。でもまだウイルスが残っているので気を引き締めたいです。
2年生
・久しぶりの学校で授業を受けて勉強できることが楽しく、友達とも一緒に部活動をしたり話すことができとても楽しいです。
・休みの間はあまり外に出ていなかったので、学校が始まり通学で歩いたり、部活が始まったしたので運動不足を解消したいです。
3年生
・ずっと休みだったので、朝早く起きることや、6時間授業が大変だろうなと思っていましたが、その生活にも慣れ、友達と話せることがすごく嬉しいです。部活も始まったので、これから頑張りたいと思います。
・毎日友達と話せて嬉しいです。授業も始まりだんだん元の生活が戻ってきたのでリズムを戻したいです。部活も始まったので後輩を引っ張っていけるように頑張ります!!。
・生活リズムを元に戻すのが大変でした。体力をつけたり、休校中より早く起きたりしなくてはいけないためです。受験の心配です。受験の範囲はどうなるのか、授業が追いつくのかなどの心配があります。(「東中だより」より)

夏 到来
【No.1502】 2020年07月25日

7月24日
 赤い大輪の朝顔が一つだけ咲いた。河原なでしこも淡いピンクの花を開いた。キキョウ、コスモスも咲いている。朝顔を絡ませた垣根の天辺にアブラゼミがとまっている。動かないのは羽化したばかりただからなのだろう。
 市内の小・中学校は25日から夏休みに入る。一挙に《夏》。
 だが梅雨明けはまだ。Go Toなどという気分にはなれない。「みちしるべの会」の活動もほぼ停滞。Y会長と相談し、会報誌上で研修をする(講座を持つ)ことにした。最初の講座は私が担当することに。

十本の向日葵
【No.1501】 2020年07月19日

 十本の向日葵を胸に咲かせ吾(あ)の退院を言祝ぎし朋友(とも) 

 腰椎圧迫骨折で緊急入院した私が「寝たきりなった」という噂を聞いたと、Yさんが訪ねてきてくれた。そして私がパソコンの前にいるのを見て「大丈夫ですか」と驚いた様子。
 Yさんは花卉園芸を生業にしている。それで向日葵の花持ってきてくれた。「お見舞いにと思って持ってきましたが、退院祝いにします」と喜んでくれた。

嬉しい出会い
【No.1500】 2020年05月31日

5月30日
 368号に掲載した美原凍子さんの短歌のことでMさんから電話を貰った。私が美原さんの短歌を書き残していることを知り「どうしても電話をしたいと思った」とのこと。Mさんも朝日歌壇の美原さんの作品に魅かれているようで、「さくらさくらという歌が印象に残っている」とも話された。
 私が368号で掲げた美原さんの作品は「3.11」に関わるものだったので、Mさんの推す「さくらさくら」の歌は入っていない。だが私のノートには2019年4月の入選歌「老ゆることなき死者と見るさくらさくら生者は老ゆるほかなきさくら」が書き抜かれていた。Mさんが言う「さくら」の歌はこれだろう。
 「エコー」でこんな出会いができたことが嬉しい。

 午後4時ごろ「寺山の道祖神を見に来た」とという女性の突然の来訪。久保の道祖神に並置されている石造物が何であるのか教えてほしいとのこと。タブレットで撮った写真なので拡げて見る。一基は地神塔 もう一基は庚申塔。双体道祖神もあるはずだがこの写真ではそれは識別できなかった。

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