- 寺 山 だ よ り -

11月4日の『朝日俳壇・歌壇』
【No.12】 2002年11月05日

11月4日の『朝日俳壇・歌壇』

展宏  此の里を守りて吊るす柿簾     松崎不二男
    残る虫月夜は水の如く鳴く     米山 明博
櫂   流れゆくは一期終へたる鮭ならん  井坂 照美
汀子  避けてゐる日差し恋しき冬に入る  佐伯 尺甫
    松葉の香厨に届く松手入      大塚 郁子
兜太  SLの窓より高きあきあかね    横山ツヤ子     
    農学部のみに許さる夕焚火     藤井 健治

作業服の誇れる受賞すがしくて化学というも親しく思ほゆ  大沢 美保
鳥に似る帰路のわが影大空を知らずひたすら餌運ぶ鳥    長尾 幹也    

11月3日 水無川の一日
【No.11】 2002年11月04日

昨日は文化の日、秦野市の水無川の河川敷で行われた「私の個店」というイベントに妻が『手織りマフラーATSUKOの店』で参加した。(マフラーはこのホームページに載せてあるので見てください)
4年前に初めて出店、昨年は休み、今回で3回目。人出は多かった。右隣は衣類のリサイクルショップ。“フリマのベテラン”の若いお母さんたちが大勢立ち寄る。ついでにこちらも覗いて、手触りは楽しんで下さるのだが「0が一つ多い」おっしゃる。1枚3000円、数字だけ見れば“当然”。左はぬいぐるみの小物。こちらは小学生などに人気。我が店だけは閑古鳥が鳴いていた。おだやかな日差を浴びて、ぼんやり人通りを眺めての一日。エコーの読者・小林さん、見留さん、高橋さん、相原さんが探し回り来てくれた。親子新聞を作っている高橋さんの小学生姉妹が私を見つけてくれた。閉店間際、熟女が子ども―といっても既に40代の娘―を二人連れて現われ「2枚で4000円に」と私にもちかける。「先生には子ども二人がお世話になった。嫁もPTA広報委員で先生の話をよくする」。おうかがいをたてず独断でOKしてしまった。後で店主に言われた「あなたはいつも女性にいい顔をするのだから」。そう、私は外面がいいのです。これはジイちゃんゆずり。

古事記を読む会
【No.10】 2002年11月02日

3年前から通い始めた「古事記を読む会」、今日はがその日。月1だがけっこうその気で通っている。今日の出席率は高かった。9割は超えている。出席率が気になるのは訳があった。「金目川 ほんとは金日川」という話を今日することになっていたからだ。講師の橋爪真理子先生−すごい先生だと心底思う−から頼まれたのだった。持って生まれた性格“自己顕示欲”の塊の私だから、断るはずはない…。聴講生は40歳代のご夫妻から私より先輩まで40人ほど。だがいざそのときになってみるとドキドキである。薄っぺらな話を20分ほど話して終わった。すると以外や以外、質問の続出。三問答えて「もうお許しを」と席に戻ってしまった。教室内は笑いと拍手。この二つをどう評価したらいいのか。
そして本題、古事記を読むことが始まった。今日は仁徳天皇が山部大楯連を死刑に処したというところ。橋爪先生の話は弾んで、広がって、巴御前の勇猛ぶりの紹介−なんと先生の活劇までついて!。だからこの講座は魅力的なのです。平仮名の「ん」という字の元字もきょうの講座で学んだ。こういう先生こそ本当の先生だと思う。
授業が終わって帰りかけた私にまたいくつか質問。「金目観音って何の観音さまですか」「調べてないんです」と私。「先生のお話 またお聞きしたいです」。なんと恐ろしい。

霜降月 雪待月 11月
【No.9】 2002年11月01日

霜降月 雪待月の11月に入った。寒い一日。ライフプラザにショートステイの相談に行った。面談が必要だから予約しなければいけなかったのだそうな。知らなかった。電話すればよかった。毎週デイケアでお世話になっているから、と何も心配していなかった。予約は三か月前からだそうで、こちらの希望日など今から取れるはずはない。それにしても「きょうから二月の受け付けをしています」とは。改築の目鼻がたたない。その間にシロアリに食い倒されるかもしれない我が家。困った。
午後から歯の治療。勇気を出して上がる診療台の前に掲げてある標語。「歯がつくる 心の元気 体の元気」 真実そう感じる、心からそう思う、そう、ホントに納得デス。
東中の広報委員が学校新聞を持ってきてくれた。教室で会ったときと全然違う雰囲気の三人。教室で新聞を作っているときのほうが生き生きしていた。少なくともこの三人の制服姿は教室の中のほうが映える。


10月の終りに
【No.8】 2002年10月31日

10月の終りに
石井さんのはがきエッセイ『であい』は10月号で190号、まもなく追いつかれる。このごろ贅肉が取れた文になった。
昨年6月からスタートした家族新聞、水野さんちの『らんどせる』が18号、大塚家の『O sole mio』は17号、どちらも充実した家庭生活が営まれている様子がうかがえる。三人とも書くことを楽しんでいる。本を読むのが好きな彼女たち。
「いい年になってからジョギングなんかを始めるよりは、いい年になったらちゃんと本を読み、若いときにジョギングをしたほうがずっといい」−コラム欄にあった詩人の長田弘さんの言葉。
10月27日から11月9日まで読書週間。私には「本を読んでいない、と思うだけの週間」。本の匂いをかすかに「図書」と「本の窓」から嗅いでいるだけ。だから、そのことをしきりに反省する週間。「反省だけなら猿でも出来る」

60歳からの生き方
【No.7】 2002年10月30日

新聞の仲間の菅原澄子さんから、ご主人・尚先生の著書『パリ10年』をいただいた。御書にはこんなあいさつ文がつけられていた。

1991.5.30 成田発12:05 JAL405
晴れた初夏の日差は強い。「元気でね」「元気で頑張ってきてね」 見送りの人たちの振っていた手が視界から断たれた。
ああ、これで過去の一切から そしてまた肉親のしがらみとも訣別して
六十男が一人でこれから開かれるであろう未知の人生に向かって出発するのだ。
六十路を越して何がどれだけできるか…。自分が選び 自分から決めたレールにもう乗ってしまった。    菅原 尚

小学校の校長を定年退職したその年、尚先生はパリに一人旅立った。パリで絵を描きたいと思っていた願いをかなえるために。そして昨年の夏帰国、この本は著された。書に納められた作品に、尚先生の生き方を見ることができた。

【No.6】 2002年10月29日

28日の『朝日俳壇・歌壇』
兜太   九十年生きて縮んで天高し     岸本真智子
      秋の詩を走らせ給ふ空の山     豊原 清明
展宏   容赦なき月日の中の破芭蕉     川村 敏夫
      孤独とはかくあるものよ秋の蜂   伊藤 啓泉
櫂    土曜が来てまた日曜日秋が行く   森住 霞人
汀子   山国の秋冷俄かなる旅路      井上 満子

修二   自分史の内なる荒野ひろがれり貫き得しは加齢のみにて  水野 恭平

昨日の選挙
【No.5】 2002年10月28日

年金のお世話になっているから、と思うのだが、やっぱりこのことだけは言いたい。
昨日行われた国政の補欠選挙。投票率は全選挙区で過去最低だそうな。きょうの記者会見で福田官房長官は、与党の勝利で小泉内閣の構造改革路線は国民に認めたられたという内容の発言。政治がもたらした今の絶望的な社会情勢の中、選挙に行く気力さえ失ってしまった国民、そのことを感じとれないのが今の政党、政治家。
今まで行われた各種の選挙で一度だけ棄権したことがあった。ある時、政党が信じられなくなった。期待できる候補者が見当たらなかった。だから投票に行かなかった。行けなかった。(今は次善を心がけているが…。)昨日の選挙は、あのときの私の心理状態と似ていると思う。官房長官の言葉をはじめ「好い天気だったので投票率が落ちた」「低い投票率がわがほうに有利に働いた」など、なんと能天気な発言よ。

【No.4】 2002年10月27日

昨日のこと
バアちゃんをリハビリの車が迎えに来たのが8:45。シロアリ駆除屋さん、大工さんなど5人が仕事を始めたのが9時半過ぎ。4時に戻ってくるバアちゃんに間に合わせなければいけない工事。大工さんは昼休みなし。シロアリ屋さんの昼食は午後2時だった。畳が入るのと同時にバアちゃんのご帰還。「シロアリもいなければ困るんですよ。こうして木材をかじって土を作ってくれるのだから」と元受けのSさんは言うのだが。それにしても、さらに被害個所が広がっているようで、応接室、台所、トイレも土台から変えなければいけないとは。築30年、今までに玄関、トイレ、浴室、ベランダ、応接室と直してきた。屋根も葺きなおしている。そして今回は和室2間。そう、トイレは三か月前に車椅子で使えるようにしたばかりだ。今は家のリフォームが流行らしいが、かけた費用を合計すれば…これじゃあ建て直した方がよかった。

秋想
【No.3】 2002年10月25日

ゴルフ場への取り付け道路の桜並木が、遠目にもに色づきはじめているのが分かる。きょうの空は澄み切ってはいなかったが、秋の深まりは日の輝きの中にあった。庭の柿をもごうとするとヒヨドリが騒ぐ。下腹ばかり膨らませた蟷螂が菊の鉢の下で動かない。少し赤みを帯びてきた千両の実をデジカメに納めた。満開のお茶の花にまだ蜂が集まっている。丸く刈り込まれた山茶花は、薄桃の花を見せるのに苦労しているようだ。「冬が来た 八ツ手の白い花も消え 公孫樹の木も箒になった−光太郎」八ツ手が黄白色の小玉の花を見せ始めた。やがて冬が来る。出かけた妻が、中学の同級生の病が重いらしいと聞いてきた。

修学旅行新聞がとどく
【No.2】 2002年10月24日

今朝、お隣りの小学校の小澤先生が訪ねてみえた。「遅くなりましたけど」と個人新聞『修学旅行版』を預けていかれた。6年生116人一人ひとりが書いた手書き新聞。5月の遠足新聞に続いての第2号。三学期にはもう一回出るらしい。新聞週間が終わる頃から秦野の中学校は学級新聞コンクールに向けて新聞づくりがピークを迎える。五日制になって「新聞教育は危機」なのだが“頼もしい限り”。H中P広報の読後感をNさんにmailで送る。
床屋に行った。「お出かけですか」と聞かれた。そういえば、父はどこかに出かける前は必ず調髪に行っていた。20分で終わり!寂しい…。

たいへんだ
【No.1】 2002年10月23日

「不定期更新日記」に換えて今日からこんなページを開きました。
 茶の間の畳の踏み具合が柔らかすぎるということで、シロアリ退治の人に調べてもらったら大変。台所、奥の間も畳を揚げてみると、数か所にかじられた跡。床板はもちろん畳まで換えなくてはいけないようだ。庭の花壇の縁取りに栗の木の丸太を使っているが、そこにもシロアリが巣くっているらしい。年金生活に入ってから家のあちこちの傷みが表面化するようになった。たいへんだ。

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