- 寺 山 だ よ り -

『続道祖神の里めぐり』を神奈川新聞が紹介
【No.1388】 2018年10月21日

10月20日
 今朝の神奈川新聞が、6段という大きなスペースで『続Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を紹介してくれた。すると、小田原在住の人から「ウチの方の道祖神祭りを見に来ませんか」とお誘い電話をもらった。来年1月27日、秦野市市民サポートセンター主催で「道祖神の里めぐり」の講座開催も急遽決まった。厚木からは注文も。知人から「出版おめでとう」のメールが届いた。神奈川新聞に感謝。

 『続道祖神の里めぐり』は10月22日から書店で発売。私からも発送できます。読んでください。

『続 Katsumi In 道祖神ワンダーワールド・道祖神の里めぐり』
【No.1387】 2018年10月15日

10月13日 『続 Katsumi In 道祖神ワンダーワールド・道祖神の里めぐり』を刊行。
以下はその書の【はじめに】。
 「道祖神の里めぐり」を再開したのは2016年8月29日、長野県の諏訪盆地と松本盆地からだった。そして気がつけば安房、上総、駿豆、上州路、信州の佐久平や伊那谷、越後長岡、上州の安中、下野は鹿沼にと足を運んでいたのだった。巡った里は42。その足跡を本書「続道祖神の里めぐり」に収めた。
『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を上梓したのは二年前の2016年6月だった。読者から励ましやご指導の言葉をたくさん頂いた(後述「道祖神日記」参照)。そして続編を期待する言葉も届いた。
 秦野で80余年生きてきた私には「道祖神」という言葉はしっくりこない。どうしても「セーノカミさん」である。「セーノカミ」は「塞の神」の秦野言葉。他所では「サエノカミ」「サイノカミ」「ドーロクジン」などとも呼ばれている。そのさまざまな呼び名を持つように、この神の性格・ご利益も「境を守る神」「悪魔を追い払う神」「火の神」「縁結びの神」「子孫繁栄の神」「子どもの神」「道の神」「旅の神」など。処によっては耳、眼、脚、鼻、疱瘡などさまざまな病を治す神として信仰されている。
 秦野地方では「何の役でも頼まれれば引き受ける人を“セーノカミさん”のような人」ということわざもある。セーノカミさんは百貨店型の「万能の神」である。このように道祖神信仰は純然たる民間信仰・庶民信仰なので、神社や寺院とはほとんど関わりはない。村人が生活の中から生み出し、信仰し、祭りをしてきた手作りの神、最も身近な神である。したがってその形態もまたバラエテイに富んでいる。信州や上州などで見られる柔和な親しみやすい顔の肩組み握手双体像は石造道祖神の最もポピュラーなものである。それらについては前書で紹介した。
 本書には、「目一つ小僧」が預けた帳面を手にする単体坐像(伊豆市)、丸彫りの杖持ち双体像(酒々井町)、裃を着けた双体像(長岡市)、片手拝み双体像(佐久市)など珍しい形態の道祖神も収録されている。出会ったこれらの道祖神は、私の“道祖神ワンダーワールド“を広げ、深めてくれた。
 村人たちがさまざまな願いをこめて造立した道祖神も、時の流れには抗うすべもなく摩滅や剥落、欠損した像も少なくない。道路改修で社寺の境内、ところによっては墓地の端などに片づけられているものもある。また忘れ去られたように村はずれの草叢に沈んでいる像も見かけた。だが諸々の野仏に囲まれ立つ道祖神。それは村人により強く信じられているからに他ならない。村人の生活に根ざし、心の支えになってきた道祖神。その塔碑は多彩で魅力的である。こうした風景に接すると「道祖神はその地域の文化財」という思いがいっそう強くなっている。

還暦祝い唄
【No.1386】 2018年10月14日

 還暦を迎えた教え子たちの同窓会に招かれた。出席者は33名。佐賀から参加の谷口さんは「二泊三日の里帰り」と嬉しそう。静岡・函南町から来た加藤さんに「函南の畑毛公民館の前の道祖神は立派」と話したら「ウチの近くです」と驚き、喜んだ。
 【お祝いの言葉】として千昌夫の「還暦祝い唄」を歌った。
気がつきゃ何と六十年よ 白髪小じわが我が勲章さ 胸をたたいて悠々と もう一度青春(はる)を呼ぼうじゃないか 今日はめでたい 今日はめでたい還暦祝い唄

 早世した仲間をしのび、これからを語り合い、カラオケも楽しみ、五時間を過ごした。

宮城県から「返ってきたエコー」
【No.1385】 2018年10月08日

10月6日
宮城県の『エコー』の読者・Wさんから便りが届いた。
八月に御家族で安曇野を旅した折「穂高神社に参拝し、そこで道祖神を見つけたので写真を撮りました」と報告。
 カメラが得意なWさんだから、見事なアングルの作品(「餅つき道祖神」などA4判で7点)も同封されていた。こんな報告をいただくとほんとうに嬉しい。

とりあえず呑む
【No.1384】 2018年09月26日

9月25日
『続道祖神ワンダーワールド』の三校を終え出版社に渡す。校了。だがこの期におよんでも写真の差し替えなど迷惑をかけている。「10月中旬には」ということ。とりあえずビールで締めくくりをした。疲れがどっと出た。

9月23日
今日の「朝日歌壇」の次の二首、「我が意を得たり」。
四季天気冠婚葬祭喜怒哀楽きっかけあればとりあえず呑む 村上ちえ子
メメントモリ心にあれど時にまた忘れて今宵遠花火見る  本多 豊明

 きょうは秋分の日・彼岸の中日。「なかの中日アズキ飯」を仏壇に供える。またこの日は「第71回秦野たばこ祭り」の最終日で夜は花火が上がる。
 365日欠かさない晩酌は「とりあえずビール」、そしておもむろに…冷酒。
 二カ所からの打ち揚げられた花火が権現山と弘法山の夜空に咲く。去年の「とちおの花火大会」のことなど想いかえしながら、その遠花火を二階のベランダから見ていた。手には…。

月見まんじゅうは五個で許してもらおう
【No.1383】 2018年09月15日

9月15日
「中秋の名月・十五夜」は9月24日だが、わが家は《日》で行っている。月見まんじゅう、本来なら15個供えなければいけないが、食べきれないので5個で許してもらおう。お豆腐も買ってきた。ススキは庭から。
 九月の月見は「芋名月」とも言われているので里芋を一株掘ってみた。小さな芋が三つとれた。栗とカボチャも自家製。それらを飾った座卓を眺めたが色合いが少し暗い。冷蔵庫をのぞいたら鮮やかなオレンジ色の人参があったので、それに引き立て役をしてもらった。小雨が降っている。今夜は月見はムリだろう。
 「道祖神の里めぐり」の二校が終わる。このペースだと10月中ごろに発行がズレそうだ。

伊勢原でP広報紙クリニック
【No.1382】 2018年09月13日

9月12日
 伊勢原市P連の「広報紙クリニック」を中央公民館で。14校から50名ほどの参加。9時半から3時間、一学期に発行された全紙の紙面の講評する。
 優れている企画、記事、写真を褒め、研究したい事柄を提示する。一学期に二回発行した三校の頑張りは特に褒めた。研究してほしいことの第一は「色文字」。カラー全盛の今、見出しや記事の文字まで多色で作られる。広報紙をカラー印刷で作ることの意義が理解されていない。
 講座の後 秦野東中の「東中新聞」を私と作ったFさんが「今日、先生に会えることを楽しみにしていました」と言い、次号のレイアウトのアドバイスを求めた。

コムラサキシキブ 栗 サンマ
【No.1381】 2018年09月03日

9月1日
 コムラサキシブが薄紫の実を結び始めた。秋になった。
 午前中栗の収穫をした。10sほど拾う。例年より稔りが早いのもこの夏の暑さのせいなのだろう。ご近所の皆さんにも食べてもらった。
 今日発行された「広報はだの」は第1200号。その記念特集のページに私も登場。

9月2日 
 気仙沼のサンマが届く。「今の時点では昨年に比べ今年は豊漁」と三陸新報が伝えている。その記事の中に現在のサンマの魚場は気仙沼から片道二昼夜・1300kmのロシアの経済水域とか。サンマ漁の漁師さんのご苦労は想像を超えるものだろう。美味しくいただいた。
「みちしるべの会」の7人でウオーキングマップづくりを午後三時間。本町地区編はほぼ完成。私の担当である寺山地区の作成に入る。寺山は「まほら」であることをあらためて確認する。

私 長岡出身です
【No.1380】 2018年08月27日

8月25日
 「秦野と富士山信仰」について話を聞きたいとHさんTさんが来訪。
 話は道祖神に及び、長岡市栃尾のちょんぼ地蔵道祖神の写真を見てもらった。すると「私 長岡出身です」とHさん。「ちょんぼ地蔵道祖神祭りは今日と明日。毎年8月25・26日に行われる」。「栃尾では26日には花火大会も行われる」と言ったら「こんなに珍しい道祖神があるなんて知らなかった。長岡市は広い。栃尾は私が生まれた所から一山越えたところだから。今度帰ったら見てきます」と嬉しそうなHさん。Tさんが言った「今日の武先生との出会いは偶然じゃないと感じた。Hさん、来てよかったね」。

17紙が完成 茅ヶ崎での親子壁新聞づくり
【No.1379】 2018年08月23日

8月22日
 茅ヶ崎市立南湖公民館の「夏休み親子でつくる壁新聞講座」の第二日目。
 きょうは17名の小学生とお母さん12名が参加。緊急工事新聞、マンホール新聞、富士山新聞、火星大接近新聞、郡上おどり新聞、ゴンズイ新聞、神奈川県警新聞などユニークな新聞も完成した。
 「緊急工事新聞」は、わが家の前で突如始まった道路工事を密着取材した小三の男の子。工事の人と仲良しになり道路ローラーの運転席に座らせてもらったことを報告している。今人気の「デザインマンホール」のカードと写真で構成されているのが「マンホール新聞」。作ったのは小一の女の子。炎天下の街を歩きマンホール絵をカメラに収めている。秦野市も今月11日にマンホールカードを希望者に配布した。私も一枚入手し、この女の子に今日プレゼントした。
 「富士山新聞」はお母さんが一人で作った新聞。長男が十歳になった記念にこの夏家族で富士登山を行い、全員が登頂できた感激を新聞にした。家族新聞はその家の歴史を記録することも出来る。
 ネットから得た情報だけで作られた新聞もあった。新聞づくりが目指すものの一つは、取材を通して他の人の声(考え)をきくことにある。これは楽しいこと。大変でもあるが…。
 「できれば来年も再会したい」と言われた。

新聞づくりのシーズン到来
【No.1378】 2018年08月21日

8月21日
 甲子園の熱闘も今日で終わった。丹沢から降りてきた赤とんぼが裏の畑でも見られるようになった。夏から秋へ季節は移りつつある。そして私にも「新聞づくり」の秋のシーズンが訪れた。
 きょうは東公民館で「夏の思い出をかべ新聞に」の講座の第二日目。15人の児童と11人のお母さんが出席。小一から小六の児童が作った新聞はどれもこの夏休みの生活の充実を伝えるものだ。完成した新聞を高く掲げ、取材の苦労や珍しい体験談を聞かせてもらった。どの子の表情も新聞をつくり終えた充実感に満ちたものだった。そして「大変だったけど楽しかった。来年も」という言葉を聞いたとき私の心は和んだ。
講座の後、「新聞のことでは無いけど聞きたいことがある」と小三の子が来る。そして「先生は何歳ですか」と尋ねた。「四日前が82歳の誕生日だったよ。でもなぜ私の年齢を知りたいの」と逆質問してみた。すると「担任の先生より武先生の方がハキハキしているから」だとのこと。「ハキハキしている」とは嬉しい言葉だ。

東地区再発見プロジェクト
【No.1377】 2018年08月20日

 東地区自治会連合会、東公民館、まほら秦野みちしるべの会で、「東地区再発見プロジェクト」を立ち上げ、東地区ウオーキングマップづくりを始めた。
 きょうはその具体的な活動の初回、高橋自治連合会長、瓜本公民館長、久保田寺山自治会長他二人、「みちしるべの会」からは横山会長以下七名の総勢十二名で、午前9時から寺山地区の実地踏査を行い、さらに地図に取り込みたい社寺、野仏、文化遺産などについて学習会を持った。この学習会の中で、「ウオーキングマップが目指すものを明らかすることが課題」と確認できた。
 東地区は「新東名」の工事が進行中であり、景観、道路などさまざまな変容が起こりつつある。それだけにマップ作りの視点や制作そのものに難しさを感じている。

8月15日
【No.1376】 2018年08月15日

 6月23日 沖縄慰霊の日
 8月 6日 ヒロシマの日(原爆の日)
 8月 9日 ナガサキの日(原爆の日)
 8月15日 終戦の日(敗戦の日)

 1975年、天皇陛下は沖縄初訪問時に慰霊碑「魂魄之塔(こんぱくのとう)」を題に「琉歌」を詠まれた。

 花よおしやげゆん 人知らぬ魂
 (花を捧げるのです。誰にも知られず、戦場で亡くなった無名の人々の魂に)

 戦ないらぬ世よ 肝に願て
 (戦争のない世を、心に願いながら)

神奈川新聞で紹介 「ECHO」350号に
【No.1375】 2018年08月01日

 『ECHO』が350号に到達したということで、昨日「神奈川新聞」が取り上げてくれた。3段見出しで81行という思いもよらない大きな扱いにただただ感謝。教え子から「おめでとうございます。スゴイ! これからも頑張って」と電話が入る。それで「もうしばらくは書けそう」と応えた。
 吉成さんから、祝350号と「続道祖神の里めぐり」の予約のメールを頂いた。ありがたいこと。その「続」の初校が今日終わった。

異常気象でスイカが
【No.1374】 2018年07月27日

 防御対策をかなり心がけた今年のスイカづくり。カラスやハクビシンにヤラレルことなく、ここまでは7個が順調に育ってきた。差し渡し20センチほどの小玉だが縞模様も日に日に鮮かになっていくのを見るのは楽しい。
 ところが今朝、3個のスイカが割れているのを発見。鳥獣に襲われた割れ方ではない。丸味の最も大きいところの少し上部が横一線で割れている。発見したときは「何で」と、かなりのショックを受けた。
 それで対策をネットで調べたら、今年の異常気象が原因らしいことが分かった。 高温で日照りが続いたので皮が硬くなっているところに一挙に水分が入り込み成長するので、皮がその成長に対応できなくなって割れるのだそうだ。昨日未明の豪雨がその原因なのだ。
 一番大きなものを切り分けてみた。果肉の赤はまだまだだが、スイカの香りは十分。それで「今年のスイカだよ」と仏壇に供えた。
 付け加えれば「割れを防ぐ方法はない。割れにくい品種を選びなさい」。割れたものは「どうしようもない」のだそうだ。

「継続は宝」 夏休み壁新聞づくり講座
【No.1373】 2018年07月26日

7月24日
 秦野市立東公民館で「夏休みの思い出をカベ新聞に」の講座。2002年が第一回だから今年で17回目。14家族・35名(小学生20名・お父さん1名)の参加があった。その中の赤柴さんは6回目の参加。彼女は幼稚園児のときも兄姉と一緒に会場に居た。赤柴家の参加は通産すれは10回を数える。
 この講座は市P連の情報委員会がお手伝いしてくれる。この日は8名の江お母さんが手伝ってくれた。この支えがあるから講座が続くのだ。

7月25日
茅ヶ崎市立南湖公民館は10:00〜12:00で「夏休み親子ででつくる壁新聞」講座。
 出席者は16家族・38名。小学生19名が新聞づくりに挑戦する。
 茅ヶ崎での壁新聞づくりは2013年から始まったのだが、参加者にはリピーターが多い(今年は10名)。苗川さんは6年連続。5回目の参加も一名。

 赤柴さん、苗側さん、そしてリピーターの皆さん「継続は宝」です。

 秦野は8月21日、茅ヶ崎は8月22日が第二日目。その日に完成し発表会を持つ。どんな新聞が出来るか今から楽しみにしている。

寺山のお盆
【No.1372】 2018年07月14日

7月13日 
 秦野の寺山は今日からお盆。午前8時にお墓の掃除に出かけた。ご先祖様は生家に戻ってこられるのだから墓は留守。でもお帰りになったとき綺麗になっていたら喜ばれるだろうと掃除をするのだ。
 墓石を洗い、花を供え、線香を手向ける。2時間ほどで終わる。8時という早い時間帯なのに、幾組かの家族の姿が見える。皆さん、明るく挨拶を交わしている。帰ってから居間に盆棚をしつらえる。 昼前、妹夫婦が墓参りに来た。
 午後は「ツジ」つくり。午後五時前に「ツジ」の前で「迎え火」を焚き、キュウリの馬とナスの牛に乗ったご先祖さんを、灯明が灯った盆棚に迎え入れる。この頃になると近所の人が「ツジ」に線香を上げに来る。我が家には6軒が詣でて下さる。
 私も線香を上げて回るが、普段ほとんど顔を合わせることが無いご近所の皆さんと言葉を交わすことが出来る。きょうはヒサコさん、テルさん、ナオミさん、ケンちゃん、サダオ・ヤスオさん兄弟、ヨシノリさんの奥さんと話が出来た。マサキさんは「体調いかがですか」が第一声だった。嬉しかった。この「線香上げ」はなくしたくない。大事な地域の風習。

 お盆が過ぎると夏休み。本町幼稚園の園長先生と先生が壁新聞の用紙を求めに来てくれた。本町幼稚園は夏休み行事として「親子壁新聞づくり」を数年前から実施している。
 そして東中のカタノさんが、活版4ページの学校新聞の企画を携えて相談にきた。かなり硬派なテーマなので、むずかしいかもしれないが、夏休み中も活動するとのことで、カタノさんのガンバリに期待したい。応援したい。

《叱る》の特集を
【No.1371】 2018年07月11日

7月10日
 茅ヶ崎市役所でPTA広報づくり講座の第三日。五月の第一日は「理論編」。六月の第二日は「実技編」。そして七月の今日は「紙面クリニック」。この日までに発行された広報紙をスクリーンに映し私が評価する。
 広報委員にとって、良いにしろそうでないにしろ、頑張って作った広報を読んでもらうこと・評価してもらうことは待ち望んでいるはず。だから出来るだけたくさん褒める。そして「次号のために」ということで改善点も指摘する。
「目黒での痛ましい事件を踏まえ、これからの広報づくりで《叱る》の特集を組んでほしい」と講座の終わりに特にお願いをした。
 「《叱る》のこと、むずかしいけどやりたいです」と言って帰っていったお母さんたち。三回すべて出席という委員もいた。茅ヶ崎のお母さんたちは明るく元気、なにより前向きがいい。
 そういえば茅ヶ崎では15日に勇壮な「浜降り祭」が行われる。国道一号線には祭りを告げる注連縄が長ーく張りめぐらされていた。


『ECHO』は350号になるが
【No.1370】 2018年07月09日

 『ECHO』350号を出稿した。350号は一つの区切りだと思っている。このごろ数字を過分に意識している自分に気づいている。曰く「『ECHO』創刊34周年」、「訪ねた道祖神の里144」、「『まほら秦野みちしるべの会』は創立12周年」等々。
 確かに数字は一つの事実であり、歴史かもしれない。だが、単に数を数えるだけなら、回数を重ねただけならそれでは歴史にはならない。積み重ねにはなっていない。
 「日本百名山」の深田久弥氏は、その書に確固たる足跡を印している。『ECHO』の発行は私にとって存在価値はあるものなのか。そんなことを今しきりに思う。多分“旅の終わり”が近づいているからだろう。

続『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』
【No.1369】 2018年07月07日

 この秋に上梓『道祖神の里めぐり』
 ・『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』の続編 
 ・刊行は今秋(10月初旬)の予定

「道祖神の里めぐり」を再開したのは2016年8月29日、長野県の諏訪盆地と松本盆地から。そして気がつけば安房、上総、駿豆、上州路、信州の佐久平や伊那谷、越後長岡、上州の安中、下野は鹿沼にと足を運び、めぐった里は44。その足跡をこのたび『道祖神の里めぐり』としてまとめることにた。
本書『道祖神の里めぐり』では「目一つ小僧」が預けた帳面を手にする単体坐像(伊豆市)、丸彫りの杖持ち双体像(酒々井町)、裃を着けた双体像(長岡市)、片手拝み双体像(佐久市)、烏天狗道祖神(町田市)など珍しい形態の道祖神も紹介する。
 出版社にきょう出稿。10月初めには書店に並ぶ。

六月に梅雨明け
【No.1368】 2018年06月30日

 関東地方は観測史上最速の「梅雨明け」とか。庭の山百合の開花も始まった。今年は11株が蕾を持っている。蕾の数は多いものは9つ。例年だとお盆前が見ごろなのだが、今年は来週に咲きそろいそうだ。
 26日、赤に白の縁取りの朝顔が一つ咲いた。そして今朝もまた開いた。ナデシコも次々に花を開いている。ただアジサイの花はこの気候では元気がない。このままの天候だと、湿った土地が好きな里芋は不作かもしれない。キュウリがまっすぐに育たないのは水不足だからなのだろう。

  

動き過ぎ
【No.1367】 2018年06月18日

6月17日
 つかの間の梅雨晴れ間の一日、庭の草取りを午前中、午後から竹の子取りに竹薮へ、帰ってから里芋畑の除草と土寄せ。この日のビールは家族からの「父の日」のプレゼント。疲れたが納得と充実の一日。
 12日は茅ヶ崎市でPTA広報講座。6年前から年三回の講座を担当している。通いなれた道なので車で行く。だが約一時間の運転への怖さを感じ始めている。
 昨16日は藤沢市で150分のPTA広報講座。家を出たのは7時半、帰着は午後3時。体力的にはかなりハードな一日。だが、参加者の反応はすこぶる良好だったので心は軽やかだった。足運びは?
 
 心臓血管の手術をしたのは二年前の六月。そのことを考えると《動き過ぎ》。

HP ようやく更新
【No.1366】 2018年06月07日

6月7日
 2カ月ぶりにホームページの更新。5月20日は『ECHO』の創刊日。その5月20日に更新が出来なかった。五月は「かなり忙しい日々だった」と言い訳するが《怠惰》。 
 この日記を書いていたら『東中新聞』が届いた。その号数は1111号! 月3回発行のペースは堅持されている。見習わなくてはいけない。

 今週の9日は「秦野ゆとりの会」の「アサガオの行灯づくり」の講座。10日は「まほら秦野みちしるべの会」の活動の一つである「秦野ウオーキングマップづくり。
 きょうは晴天だが梅雨入り宣言はされた。野菜畑にまたハキダメギクが群生し始めた… 気になる。山百合の蕾のふくらみ大きくなったので支柱を立てなければ。

お父さん委員長四名の参加 足柄下郡P広報講座 
【No.1365】 2018年06月06日

6月5日
 足柄下郡PTA連絡協議会の「PTA広報紙づくり講座」を湯河原町で。参加は8校で31名。四人のお父さんが広報委員長として出てきてくれた。今回もお父さん広報委員が講座に出席されたが、これは下郡P連の特長と喜ぶ。
 質疑の時間の中で、特に私から「P広報委員会と教職員との関わり(協力や指導)について尋ねた。総じて言えば、先生方は協力的で、児童、生徒の写真の掲載などについても特別な指示など無いようだ。「あまり取材の範囲を広げないほうが良いのでは」と言われた委員会もあったが「頑張りすぎると負担になるから」と気遣う言葉と広報委員会は受け止めていた。発行された広報紙を先生方が褒めることをしてほしいのだが、その点についてはまだ不十分のようだ。
 質疑の終わりに今回が五回目の参加というA小のEさんが、昨年の活動の中で私に相談したことを披瀝し「困ったことがあったら武先生に相談しよう。厳しそうに見えるけどやさしくていねいにアドバイスして下さるから」と私への相談を促してくれた。私としてもこの講座の一環として相談を受けると発言した。
 講座が終わって、秦野生まれで末広小、本町中の卒業生というお母さんが話に来た。講座の中で末広小と本町中の広報紙を充実したものとして紹介した。その二校が「私の母校」と仲間に言ったとのこと。過日の座間市での講座でもこれと同じようなことに出合えた。母校や故郷は誰の心の中にも厳然と存在していると思った。
 会場の目の前は吉浜の海岸。サーファーの数が多いのは晴天で高温。六月の海原はサーフィンに良い波を作っていた。

 広報講座で出合った四つのこと
【No.1364】 2018年05月24日

5月23日 
 座間市のPTA広報講座。参加者は50名ほど。二時間半の講座が終えると三つの相談があった。
 一つは「広報活動費が前年より少なくなった。広報は大事なものという今日の話と逆行しているのがウチのPTA」との訴えを聴く。次は表紙のレイアウトについて三つのパターンを示し、どれがいいのか選んでほしい、アドバイスもというお願い。
三つ目は講座で例示した広報紙をスマホで撮らせてほしいというお願い。そして、このグループの一人が、私が優れた広報紙として紹介したN中の卒業生であることを告げ「嬉しかった」と。往時の学級担任を尋ねたら、3名の先生の名前をすらすらと挙げる。そして小学校の担任先生はフルネームで。「教師冥利に尽きる四先生」と思った。

広報は耕報
【No.1363】 2018年05月09日

5月8日   
 午前10時から伊勢原市PTA連絡協議会の広報紙編集講習会。会場は中央公民館。120名ほどの参加があった。駐車場が満杯で帰った人もいるらしい。
 数年前から伊勢原市の小学校のP広報紙に紙面の充実ぶり二はめを見張るものがある。ライバル意識も秘めて《切磋琢磨》する小学校10校。今日もT小学校は全広報委員が受講。講座終了後、ロビーで企画会議を持っていた。ノートパソコンで編集作業に取り組んでいる姿も見られた。
 「広報は耕報」これはこの講座での私のまとめの言葉。広報づくりで苦しみ、悩み、喜び、楽しんでほしい。

五月になりました 活動再開です
【No.1362】 2018年05月03日

5月2日
 午後3時45分から東中学校の「新聞づくり講習会」。退職してから毎年この講座を受け持っている。
 集まったのは生徒会広報委員会の委員と各学級の新聞係で40名ほど。
 創刊が1950年の学校新聞『東中新聞』の発行号数は4月末現在で1100超えている。日本で最も多い発行号数を数えるのが『東中新聞』。それを誇りにこの一年間新聞づくりに取り組んでほしいと話した。その創刊号の発行に私も新聞委員の一人として携わったことも話した。
 会が終わって広報委員長の片野さんから今年度の『東中新聞』の主要テーマについて相談があった。月三回のペースで発行される『東中新聞』を精一杯応援したい。

5月1日
 「JAはだの」の組合員講座の開講式に出席。この講座の中の「地域の文化・伝承」を2010年から担当しているので毎年出席を要請される。
 受講生は125名。その受講者名簿の中に10数名の知り合いを発見。その内の一人Kさんが挨拶に来てくれた。「秦野に来てから農業に関心をもつようになり、頑張っている」と笑う。Kさんはこの講座の最上級クラス「専修講座」の受講生。ちなみにKさんの娘さんはMさんでPTA広報づくりでの顔見知り。
 JAでのこのような講座を持っているJAはだのは先駆けだそうだ。

甘楽PA
【No.1361】 2018年04月28日

4月24日
 8時50分、その《出会い》はあった。
 私は上信越自動車道の甘楽PAのベンチに腰を下ろしていた。観光バスが走る時間帯ではないし、小さなPAなので人の動きも少ない。そんな光景をぼんやり見ていたら、視界に海老茶色のジャンパーの女性が入って来た。
 一瞬「どこかで見た顔」と思った。相手も私を見て驚いた表情。「えっ 武先生?」「渡辺さんだよね」と私。その人は東婦人会長の渡辺明美さんだった。「こんなところで出会うなんて」と、両の掌で口のあたりを押さえる渡辺さん。「道祖神ワンダーワールド」の講座にも出席しているので「先生、また道祖神ですか」と聞いてくる。
 群馬と栃木の道祖神を見に行く我が家。渡辺家は三人で善光寺詣でとのこと。思いがけないこの出会いは、これから始まる両家の旅が充実した楽しいものになること請け合いと思った。
 両家の旅をこのように演出して下さった道の神・道祖神さん、ありがとうございます。

終の棲家は埼玉
【No.1360】 2018年04月21日

4月19日
 秦野の歴史や民俗について学んでいる「秦野民俗懇話会」の例会。今回は有形文化財の保護について意見交換。5人の会なのでビールを飲みながら。だが飲み会ではない。それぞれが今追いかけている事象について饒舌に語った。ああやっぱり“酔っ払いの会”か…。

4月20日
「終の棲家は埼玉です」と埼玉に移住するHさんが挨拶にみえた。Hさんは市政50周年記念の『市民がつくる広報はだの』の編集メンバー。この編集メンバーは毎年7月6日に集まる「夢心会」という会を作ったがHさんは創立時から幹事を務めてもらった。「みちしるべの会」の講座にもよく参加してくださった。「7月は必ず来ますから」とにこやかだったがその表情には惜別の感にあふれていた。
 新しい地でまたHさんらしい生活をされることを信じ「さよなら」をした。

新たな心で
【No.1359】 2018年04月17日

4月14日
「まほら秦野みちしるべの会」の年度総会と懇親会。会員19名のうち14名の出席。
12年を経た会の活動も10周年記念の研究誌を一昨年発行したことで一区切り。そのため次に向けての目標がなかなか定まらない。それで今日の話し合いで15周年を目指し、新たに「古道・大山道を歩く」のウオーキングマップを作成することにした。先ず 5月・6月に本町地区の2つのルートを歩き作図に入る。
 多くの趣味の会は会員の年齢が高まるにつれ活動が下降線をたどる。いっぽう退会者が出はじめる。「みちしるべの会」もその流れに入りそうだったが、昨年8名の新会員を迎えたことで新たな動き・会の活性化がみられるのは嬉しいこと。


4月15日
 座間市教育委員会の「広報紙づくり研修会」に出かける。80名を超える出席者。PTA広報委員がほとんどだが、年配の男性の姿もちらほら。各種団体の広報担当者にも参加を呼びかけている講座だからだ。
 PTA広報講座が開かれるのは5月の連休明けが一般的だが、座間市はこの時期に行われる。だから私の話も年度第一号の企画や編集にやくだつことを願ったものになる。
 30年度の新聞広報講座はきょうが初日。毎年そうだが、初日は新鮮な心で登壇している。そして充実感と疲れを感じて帰宅の途に着くのだ。

PTA広報紙コンクールの表彰式で
【No.1358】 2018年04月15日

4月14日
 本町公民館で行われた秦野市PTA連絡協議会の「平成29年度広報紙コンクール」の表彰式に出席。その中で審査員を代表して次のような講評をした。 
1審査の基準は企画・記事・レイアウトの三分野。各項5点満点。
2PTA活動の動力源・推進力は本部と広報紙 両者は車にたとえれば前輪と後輪。また左右の両輪。30年度の市P連と各校PTAの活動が実り多いものになるよう広報紙づくりが進められることを願う。
 終わって入賞紙の委員さんたちと言葉を交わした。“やり遂げた”という達成感がその表情や言葉に表れていたのは私にも嬉しいことだった。

東中新聞
【No.1357】 2018年04月07日

4月6日
 11時ごろ、この春卒業した『東中新聞』の編集長のKさんと副編集長のYさんが訪ねてきた。この日は東中は離任式。お世話になった先生を見送りに来た帰りとのこと。
 学校は違うが二人とも付属高を選んだ。洗練された個性的な制服を身に着けた二人にはじける若さを見た私だった。それで三人でカメラに収まった。これからの成長が十分期待できる話をして帰っていった。頑張り屋の二人を応援しよう。
 午後の4時過ぎ、今年度の『東中新聞』の編集長Kさんが、4月5日と6日に発行した『東中新聞』を持ってきてくれた。5日号は「入学おめでとう」号。6日は「生徒会委員会紹介」号。いずれも新一年生が心配なく中学生活が出来るようにというアドバイスが書かれている。『東中新聞』は学校生活の中に活きていると思った。
 こうして、新しい一年が私にも始まった。

花の色
【No.1356】 2018年04月02日

4月1日
敷地内で見られる花々の色。
散り始めたサクラはわずかにモモイロが強くなる白 ピンクも見えるが白が強いシダレザクラは白泉寺の子 
レンギョウの黄、ビオラも西洋タンポポも黄 花芯が黄のスイセンはそろそろ終わり 
ユキヤナギは白 桃の白い花はふくよかで長持ちがする 
タチツボスミレは薄い紫だが三色スミレの紫は濃い 
ホトケノザの花房はウスムラサキ
ヤブツバキはしっかりとした赤 八重のツバキはピンク
春の庭でひときわ目立つのは紅紫のミツバツツジ 
コバルトブルー・四月のイヌフグリは二月のころの鮮烈さはない
チューリップは赤・黄・白
ドウダンツツジは薄緑の花弁から白い小さな釣鐘状の花を咲かせる
 
 色の微妙な違いに名前をつけている日本人。だが花の「赤」はそれぞの花が生み出す固有の赤。

29年度のまとめ
【No.1355】 2018年03月30日

 28日は秦野市PTAa広報紙コンクールの審査会。そして今日は午前10時から市P連情報委員会の委員長・副委員長さんと次年度の「PTA広報講習会」の打ち合わせ。講座は5月だが、30年度の情報委員会のために下ごしらえをするのが今年度の情報委員会の最後の仕事。
 打ち合わせが終わってから一年間の活動の成果を聞いてみた。二人の第一声は「楽しかった」と笑顔で。そして市内22校の委員との出会いは人生の宝物の一つのになったとも話す。こうした前向きの姿勢が子どもたちに幸せをもたらすのだと思った。
 29年度の私の活動も今日で終わり。新聞・広報づくりの講座は33回。「まほら秦野」や道祖神の講座26回。頑張ってくれた身体に何より感謝しなければ。30年度の活動のスタートは4月15日の「みちしるべの会」の総会。

ウグイスの初音
【No.1354】 2018年03月27日

3月26日
 6時半に朝食を摂り始めた。すると裏からウグイスの鳴き声、「ホー」の部分は全く未熟だが「ホケキョ」はそれレらしく聞える。ウグイスは春を告げる鳥と言われるが、我が家の周りでこの時期に声を聞くのは珍しい。覗きに行ってみた。モチノキの生垣の中をえさを求めて動き回る姿が見えた。
 今日は座間市教委が行う座間市PTA広報紙コンクールの審査会。担当の生涯課長、PTAの代表と私で6名が審査。結果は順当。気づいたことの一つ、保護者はわが子の写真が載っている広報は喜んで読むということ。

桜 三本
【No.1353】 2018年03月25日

 今日の暖かさで我が家のソメイヨシノは三分咲き。昨日の午後、出かけ際に枝垂れの下枝に薄ピンクの花がたくさん開いているのを見つけた。この木は白泉寺の枝垂桜の実生のもの。
 高遠で求めた楊貴妃という八重桜はまだ芽は小さくて花芽かどうか判らない。四月下旬が開花なので、見守るしかない。でも期待したい。

クレーンゲームで勝つ
【No.1352】 2018年03月20日

 小田原の日帰り温泉に行く。そこでぬいぐるみのクレーンゲームをしてみた。はじめはライオンキングのキャッチを狙ったが4回であきらめ、スヌーピーに挑戦。するとなんと3回目でキャッチに成功。ところがクレーンが取り出し口に向かう途中で止まってしまった。店員さんを呼び、対応してもらおうしていたら、吊り上げたスヌーピーが落下。「エーそんなの無いよ!」。でも店員さんはそのスヌーピーをケーム機から取り出し「おめでとうございます」と渡してくれた。
 全長60aのスヌーピーは今、応接室のソファ上で眠そうな顔で腹ばいになっいる。「寝そべりスヌーピー」というのだそうだ。

なぜか悲しい味
【No.1351】 2018年03月16日

 70歳になった教え子が「この三月で仕事を終えます」という手紙とともに自分史「マイ・ヒストリーその一」を送ってきた。その一は最後の職場の記録。近日中に「その二・生い立ち編」を。そして「その三・教職編」を明年中に上梓するつもりとのこと。年度末・三月は《別れの季》だと感じた。読後感を届けた。
 PTAの広報づくりに携わったお母さんたちから指導のお礼の便りもとどく。どなたもその活動に充実感を得たようだ。
 お茶の木の垣根の根元にフキノトウを見つけた。晩酌のつまみはフキノトウの甘味噌和え。フキのほろ苦さと甘い味噌、この組み合わせを最初に試みた人に感謝する。でもなぜか悲しい味だ。

「エコー」の読者
【No.1350】 2018年03月06日

 4日・5日の新聞の俳壇・歌壇に「エコー」の読者のお二人が入選された。
  蛇口より飛び出し撥ねる春の水   鈴木伸男
  電線にムクドリぞわりと群れをなしツグミ孤高に暮れて行くなり  木口まり子

春到来
【No.1349】 2018年03月03日

 買出しから戻ってきたら玄関脇に草花の苗が置いてあった。その苗を見て贈り主が判明。「モモイロタンポポ」の主だからMさからだ。桃色のの花を咲かせるから「モモイロタンポポ」。別名は「センボンタンポホ」。枝分かれしてたくさん花を咲かせるのでその名が付いたのだそうだ。五月ころの開花がが楽しみ。
 今日は「ひな祭り」。スーパーのケーキ屋さんとお寿司の売り場が若いお母さんと子供でにぎわっていた。私の世界では秦野のひな祭りは4月だったが…。今週は中学校の卒業式。春到来である。

弥生三月
【No.1348】 2018年03月02日

 夕刊を配達するおじさんが「風に飛ばされるといけないから手渡しで」とわざわざ別棟まで持ってきてくれた。弥生・三月の始まりにこんな心遣は嬉しい。

私にとって道祖神は「ワンダーワールド」です
【No.1347】 2018年02月25日

2月24日 
 秦野市市民活動サポートセンター主催の【はだの雑学大学】第9回講座「道祖神ワンダーワールド」を市保健福祉センターで持つ。この講座は「秦野の道祖神」、「神奈川の道祖神」に続き三回目。今回は「日本の道祖神」がテーマ。受講者は50余名、顔なじみの道祖神ファンがほとんど。

 受講者の一人の松本さんはこんなブログを書いてくれた。
「武勝美先生による『道祖神ワンダーワールド その3』を拝聴。左義長などの説明後、高崎市倉渕町、長野県安曇野市穂高町、諏訪市など多くを取材され、道祖神について時代背景や想いについて語られた。道祖神の魅力が増した」
 
 秦野の道祖神を訪ねスケッチしている井越さんからその作品集を見せてもらった。道祖神が長い時を経て、砕け欠落した石くれであればあるほどその姿に魅せられ、井越さんの秦野の道祖神めぐりは続く。井越さんは秦野に住んでまだ二年とのこと。

 講座の後で一人の女性が「この近くに道祖神はありませんか。きょうの話でどうしても道祖神を見たくなったので」と相談にきた。突然のことで戸惑った私に、傍らにいたMさんが「マラセの神がある」と行き先を教えてあげていた。

 道遠くは愛川町から二人の参加もあった。道祖神の授業を企画した本町小のK先生とも話が出来た。 「みちしるべの会」から八人、三名の「エコー」の読者、婦人会の二人など大勢の人に出会えた。ほんとうに幸せな時をいただけた。私にとって、今日もまた道祖神は「ワンダーワールド」だった。主催者、受講者の皆さんに心からお礼を申し上げます。

うれしいこと
【No.1346】 2018年02月22日

2月21日
 夕方、本町小学校のK先生の来訪。1月におこなった道祖神の授業のまとめを子供たちとしているが記述内容が正確かどうかを見て欲しいとのこと。そしてその学習の発展として次のような具体例を笑顔で報告してくれた。
  
◇通学路の四辻に立つ道祖神にはいつも花が供えられている。そのことに気づき花を手向けられる人にそのわけを聞いた。すると車がたくさん通るので交通安全を道祖神にお願いしていると話されたのだそうだ。

道祖神の本4冊を預かる
【No.1345】 2018年02月17日

2018年2月16日
大井町のIさんの来訪。蔵書の「信濃の道祖神」「続信濃の道祖神」田中康弘、「縄文の神とユダヤの神」佐治芳彦、「小田原の道祖神」小田原市教育委員会の4冊を私に預けるとのこと。2016年9月にも石造道祖神に関する稲葉蔵書7冊を預からせてもらった。この7冊は以降の道祖神めぐりの教本となっている。今回の4冊も私の「里めぐり」の熱を高めさせるのは必定。

道祖神ワンダーワールド「日本の道祖神・群馬、長野編」
【No.1344】 2018年02月13日

【ご案内】
 はだの雑学大学第9回講座
 「道祖神ワンダーワールド・日本の道祖神」
                 講師 武 勝美
 日 時  2月24 日土) 午後1事30分〜3時
 会 場  秦野市保健福祉センター3階 第4会議室
 定 員  60名 先着順
 飼料代  300円
 締め切り 2月17日 
 申込み  市民活動サポートセンター 0463-83-1760

 ・「道祖神のメッカ」と言われている群馬と長野の双体道祖神を画像で観ます。

東中の学級新聞が日本一に
【No.1343】 2018年02月11日

 毎日新聞と全国新聞教育研究協議会が主催する第67回全国小・中学校・PTA新聞コンクールで、秦野東中の2年2組の学級新聞『森のくまさん』が最優秀賞に輝いた。 応募締め切りの今年1月6日時点で25回の発行は驚異的。
 このコンクールでの東中学校の学級新聞は『森のくまさん』で4回目の「学級新聞日本一」の獲得となる。(2月10日・毎日新聞発表)

道祖神の移転
【No.1342】 2018年02月06日

 昨夜入った電話
 「畑地の改修でセットバックがされるので、ウチの庭のセーノカミさんが動かされるらしい。どこに移されるのか聞いてない。捨てられることはないだろうが、今は放りだされ、横倒しになっている。庭の大事な神さんだから心配だ」。「文化財というような道祖神さんじゃないけど…、どうしたらいいのか。道祖神について詳しい先生と聞いたので、こんな電話をしたんだが…」。とつとつとした口調で10数分、話をされた。「業者さんや施主さんに庭の皆さんの気持ちを話してください。大丈夫です、伝わりますから」とアドバイスした。
 話に出た道祖神は大山道の道標を兼ねていて珍しいしいもの。秦野の道祖神は人々の生活の中に息衝いていると思った。道祖神に関心を持つ私に相談を持ちかけてくれたその方に感謝したい。

「寺山の路傍の神仏を訪ねる」 自治会の健康ウオーク
【No.1341】 2018年01月29日

1月28日 
 寺山自治連合会が毎年行っている「健康ウオーク」。今回は21日の「文化講演会・寺山の道祖神」の続編として、寺山の路傍の神仏を訪ねるウオークになった。参加者は20名ほど。
「まほら秦野みちしるべの会」の四名(横山、浦田、小山田、私)が説明役を引き受け、六カ所の道祖神所在地と鹿島神社、学校水道の水源地、東雲小学校跡地、波多野城の所在地、道永塚、清水湧水池跡など寺山の文化遺産を見てまわった。参加者の一人が「寺山の遺産として記録に残したいですね」と話しかけてきた。

第一回「ふるさと東」見て歩き
【No.1340】 2018年01月26日

1月25日 
 東地区で暮らしている、64歳になった教え子たち14人が集まった。関心を持たなかった、いや仕事で持てなかった「ふるさと東」のことを知りたいということで、見て歩きをする集まり。
 この日は蓑毛・大日堂から東田原の実朝公御首塚まで歩く。私にも声がかかり参加。才戸で、祀られている野仏群の説明をする。御首塚では鎌倉で暗殺された実朝公の没800年が二日後(1月27日)であることを話した。そして、塚の近くに住むFさんに、今日集まった15人を代表して27日に香を焚くように頼んだ。昼食はふるさと公園の「東雲」でお赤飯つきのかけそば。アルコールは無し。午後2時に解散。
 今日がスタートのこの会、これから年数回のペースで集まりそうだ。「ふるさと東」には、見たい、知りたいことがたくさんある。

寺山
【No.1339】 2018年01月24日

1月21日
 寺山自治連合会の第23回文化講演会。過去にも「寺山の地名」などで話したことがある。今回は「寺山の道祖神」がテーマ。出席者は30数名で女性も4名。司会、開会の言葉、連合会長挨拶、そして受付、これらこの日の運営に関わった人たちはすべて東中時代に教えた子。といっとも全員60歳代で地域のリーダー。年1回の開催だから23年間続いているということ。彼らが地域を守り、育ててくれていることを頼もしく、そして嬉しく思った。

1月22日
 本町地区の知人から雑用の電話が入った。ついでに降雪のことを聞いてみた。「降ったけど積もっていない」とのこと。我が家の庭は20pほど積もった。夕方、別棟から母屋に戻ってくるのに長靴が必要だった。
 午後9時ごろから雨に変ったので、夜半屋根に積もった雪がすべり落ちるドスンという音が続いた。寺山は雪景色の一日だった。 

秦野高校の「地域公開講座・神奈川の道祖神を訪ねて」
【No.1338】 2018年01月21日

1月20日
 秦野高校の「地域公開講座・神奈川の道祖神を訪ねて」(10:00〜12:00)を持った。講座の内容はPPTで「神奈川(相模国)の地域に見る道祖神の形態」を見てもらい、それに私見を添えた。
「神奈川(相模国)の地域に見る道祖神の形態」
 1 西相模(伊豆型) 僧形単体坐像 
 2 三浦半島 石碑 
 3 丹沢山塊の東の端 男根型 
 4 丹沢山塊の南面 僧形双体合掌像
 5 西丹沢山麓 奇石(丸石 陽石)
 6 その他 藤沢・境川の東の相模の一部と武蔵の一部(庚申塔)

 参加者は15名でほとんどが熟年の方。その中に柿内さんの顔があった。柿内さんは数年前「目一つ小僧」の紙芝居を見て、秦野の道祖神信仰について興味を持った40代の女性。他に東中学校の教え子・片野さんも来てくれた。
 質問の時間が20分を超え、閉講が12時10分になった。私にとっては“充実した講座”だった。

タエちゃん
【No.1337】 2018年01月17日

1月16日
 湯河原町の文化福祉会館で足柄下郡PTA連絡協議会の「PTA広報紙づくり講座」。箱根、真鶴、湯河原町の9校のPTA広報委員45名の参加。
 先ず9校・17紙のクリニックを行う。年度も終わりに近づいている時期なの年度最終号の企画についてのアドバイスも。
 会場の隅に年配の女性が一人控えていた。休憩の時間に私のところに来て「お久しぶりです。お元気ですね。湯河原に見えると聞いたので」。タエちゃん! 私の東中時代の教え子。この町へ嫁いで40年。子育て真っ最中のころはPTAや子供会の役員、ママさんバレーでがんばった彼女。私が湯河原に来ると知り、激励に来てくれたのだ。
 2時間の講座を聞いた感想は「客観的に聴けた。PTAの在り方についての先生の言葉は納得できた」。
 昼食は彼女の姉さんのお店へ。お勧めの金目鯛御膳をいただいた。この日の講座が、平成29年度の私の新聞づくりの最後の講座。タエちゃんとの感激的な出会いもあって想い出に残る一日になった。

本町小三年生 よく聴いてくれました
【No.1336】 2018年01月13日

1月12日 本町小学校3年生(児童130人)の「地域学習10:40〜12:15(3,4校時)」の授業を三人で担当。

@本町地区の野仏と道…田中嘉津明 
A「目一つ小僧」紙芝居の上演…関智子 
B秦野のドンド焼き「トッケダンゴ」…武

 事前に「道祖神」について調べて話を聞いてくれたので、授業の中での「質問タイム」では10数名の手が挙がり時間切れとなってしまった。給食をいただいた後の昼休みの時間、そして最後は校長室に戻る私に6人の児童がついてきて校長室でも質問を受けた。質問はすべて自分の言葉でしてくれた。どの子もワークシートに懸命に書き込む姿に、担任の先生方の指導が本当によくなされていると思った。私たち三人はとても貴重な、素晴らしい体験をさせてもらった。先生方に、そして何より子供たちに「ありがとうとございました」とお礼の言葉を申し上げたい。

◇私への主な質問 
・日本で一番大きな道祖神は 
・日本で一番古い道祖神はどこにあるのか
・一番新しい道祖神はどこに 
・道祖神がたくさんあるところは 
・道祖神の無い県は
・よその国にも道祖神はあるのか 
・中国にもあるのか 
・道祖神の形はどんなものがあるのか、幾つあるのか 
・双体道祖神だけでなくほかの形もあるのか
・二人の道祖神だけでなく一人のものもあるのか
・(手書きのイラスト・肩組み握手像を見せて)これと違うものはあるのか 
・火の中に投げ込んだ道祖神はどうなるのか 
・道祖神はどんな病気から私たちを護ってくれるのか
・先生はなぜ道祖神が好きなのか 
・ドンド焼きに行きたい やっている場所を教えて

大澤和子先生 逝く
【No.1335】 2018年01月07日

 大澤和子先生の訃報が届いた。享年91歳。
 
 昭和46年、毎日新聞創刊100年記念の全国学校新聞コンクールで、大澤和子先生の指導する市川市の宮久保小学校の「みやくぼ」と、秦野東中の「東中新聞」が『特選』に選ばれた。
 その副賞として両校の新聞委員長は札幌オリンピックの開会式に招かれ、大澤先生と私も同行した。そのご縁で大澤級(小学生)と武級(中学生)で学級新聞の交換を始めた。先生は私のクラスの子たちの卒業式に房総の春の花を届けて下さったのだった。以降40年余、新聞づくりを通して交流は続いてきた。「エコー」も読んでくださった。
 大澤先生の思い出の一つ。千歳空港に着く直前、大澤先生は「四人の中で誰が最初に雪で転ぶか」と楽しげに話されたのだが、タラップから地上に足を着けた瞬間滑って尻餅をついたのは先生だった。

 長い間のご指導・お付き合いありがとうございました。 合掌

駅伝応援と道祖神 
【No.1334】 2018年01月04日

2018年 1月3日
1 今年も二宮の山西で道祖神さんと一緒に箱根駅伝のランナーを応援。妻の教え子の文化放送の槙島アナウンサーは実況放送を今年も担当。こっちにも声援。
2 小田原・根府川で昼食。これも例年通り。
3 義兄の墓参り。小田原上曽我の瑞雲寺
4 そして「道祖神の里めぐり」
 @小田原市千代 三島神社境内の双体2基 小田原市 千代208-12付近
 A上曽我の瑞雲寺前の公園内の双体 小田原市 上曽我857付近
 B曽我原東光院の横の双体2基 小田原市 曽我原268付近
 C曽我別所の双体1基 これは六本松通・大山道の脇 
5 帰途は「六本松通・大山道」を。
 @【大山道の解説板】小田市曽我別所 (横に 二宮尊徳 遺髪塚)
 A【六本松の碑】小田原市(近くに芭蕉の句碑) 
 B【大山道の道標】中井町久所466付近
 C【一本松峠の道標】中井町北田45-3付近

秦野を知りたい
【No.1333】 2017年12月31日

12月30日
 10月の同窓会で出会ったKさんが突然現れた。彼は大きなホテルのシェフだったので、海外勤務を含め30年以上も秦野を離れていた。だから「秦野のことは何も知らない。時間に少し余裕が出来たので、秦野のことを知りたい」と地域めぐりの相談に来た。誘われた同級生の何人かも興味を示し参加するとのこと。蓑毛の大日堂が第一回目の候補地。先約があるが、時間をやりくりすればなんとか参加できそう。私もそうだったが、定年という区切りを迎えるとふるさとに想いを馳せる人が多い。一年の終わりにこんな話を持ってきたKさんの心境をなんとなく理解できた。

小学校三年生は《手強い》ぞ
【No.1332】 2017年12月29日

12月28日 
 来年の一月十二日、本町小学校三年生の「地域学習の時間」で「本町地区の道祖神と道祖神祭り」の話をする。その最終打ち合わせを担当の加藤先生とする。こちらは「みちしるべの会」の田中さん、「チーム竹の子」の関さん、そして私。この三人で二時限の授業をするのだが、児童数 130人超は《手強い》。「しっかり準備をしなければ」と三人は確認した。

小学生のキャンプで「目一つ小僧」の話
【No.1331】 2017年12月17日

 12月16・17日に、一市四町一村(秦野市・二宮町・大井町・松田町・中井町・清川村)の青少年交流キャンプが秦野市表丹沢野外活動センターで行われた。参加者は小学4〜6年生で40名。その17日に「秦野の民話・目一つ小僧」の紙芝居を『チーム竹の子』で公演した。午前8時45分から45分の公演を三回。伊東祐子さん関智子さんが紙芝居、私は「秦野の道祖神祭りとトッケダンゴ」の話をする。キャンプ参加者で今年1月の道祖神祭りに出かけた子の数は半数に満たないのが現実。それでもいくつか質問もあった。少しでも興味を持ってくれたらうれしいのだが。『チーム竹の子』の三人も勉強ができた。

研修旅行の旅先で
【No.1330】 2017年12月16日

 12月13.14日
 「まほら秦野みちしるべの会」の8名は県外研修に出かけた。研修地は山梨県と静岡県。その研修旅行でのエピソード。
 13日の昼食は大きなドライブインで。そこで私たちに対応してくれた若者は「秦野からのお客さんと知り、私が担当すると申し出ました。私、東海大で学びました。住んでいたのは下大槻、近くにコンビニがありました」。会員のKさんは上大槻の住人。わたしを含め会員の多くは彼の住んでいた辺りは歩いている。それで若者との話は弾んだ。一日目の研修の最後はワイン工場。試飲ホールにいた女性は厚木東高校で学んだという。それで「妻は東高で古文を教えていた」と言ったら「えー」と驚く。「と言っても20年も前の話だから」と私。
 二日目の研修地の一つは山梨県立博物館。案内カウンターの女性に道祖神の資料があるのかを尋ねた私。言葉を交わしている内に「どちらからお出でですか」と聞かれた。「神奈川の秦野」と答えたら「私、鶴巻に住んでいました」とその女性。それで、鶴巻中に勤務していたと言ったら「子どもは鶴巻小学校でした。その後こちらに来ました」。研修の最後は静岡県小山町の文字碑道祖神の訪問。その道祖神碑の前で私たちを待ってくれていたのはOさん。Oさんとは今年2月にこの道祖神の前で出会った。Oさんは秦野市内の病院に入院したのだが、同室の患者が私の近所のKさん。このエピーソードを会員に紹介すると、会員のWさんが「私、その病院の事務室に勤務していました」と言う。そして二人は病院やお医者さんのことを懐かしんで話し合うのだった。
 神奈川の秦野と山梨の北杜市・笛吹市。静岡の小山町とはそれほど離れているわけではないから、今回のような出会いがあっても不思議ではない。だが、旅でのこうした出会いは楽しいし心に残る。今回の研修の成果の一つと言ってよいだろう。

新聞づくりの指導をこれからも
【No.1329】 2017年12月11日

12月10日、秦野市文化会館で秦野市教育委員会から「秦野市教育功労者表彰」を受けた。「市内小・中学校・PTA新聞づくりの指導を通して学習活動の向上に貢献」したことがその授賞の理由。
 1960年から学校新聞づくりに関わり今日まで来た。その新聞教育が認められたことが嬉しい。これからも出来る限り新聞教育活動の後押しをしたい。

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