- 寺 山 だ よ り -

8年経って
【No.1416】 2019年03月15日

3月14日
 8時過ぎだった。家の裏のモチノキの生垣からウグイスの初音。まだ未熟な「ホーホケキョ」だが嬉しくなり、妻に知らせる。わが家の「春の訪れ」である。
 福島に住む教え子から『福島民報』が送られてきた。添えられた手紙に「福島民報が2月28日から3月11日まで『福島の今』を特集(見開き2P)したので送ります」とある。2月28日の特集は「県人の県内外の避難者は42104人(2/27時点)」と報じている。
 3月12日の『三陸新報』の一面の記事の見出し「2月末の気仙沼の人口 震災前比 15000人減る」。インフラの整備、産業再生、原発被災地への根本的な対応など【道半ば】にさえ遠い。

あれから8年
【No.1415】 2019年03月12日

3月11日
 東日本大震災・あれから8年 

 原発の燃料デブリに触れ初めたり冥くて遠き廃炉への道  諏訪兼位
 それからの幾代氷の神殿F  永瀬十悟  ※「神殿F」は福島第一原発
 

女性交流会で渋沢地区を歩く
【No.1414】 2019年03月11日

3月10日
 西公民館を拠点に活動している「女性交流会」の「西地区めぐり」がわれ、渋沢・栃窪地区を歩いた。 「みちしるべの会」の横山・田中さんが古道や社寺、野仏など案内。私は道祖神の話をした。参加者は公民館長、婦人会会長など12名プラス子供3名。
 今日の企画は「みちしるべの会」の鈴木・相原さん。会の終わりに、館長さんから「地域を知ることので人々繋がりが強くなる。これからも活動を続けてほしい」と励ましの言葉。

道祖神の落穂ひろい
【No.1413】 2019年03月10日

  静岡・小山町の小野寺さんから「長田さんから借りて『続道祖神ワンダーワールド』を読んだ。小山町の道祖神を取り上げてくれて嬉しい。お役に立てばと思い道祖神の本を贈呈します」と電話があった。そして届いた本は『富士山麓の道祖神 駿東編』吉川静雄著・昭和53年刊。
 きょう更新した「ECHO」にも書いたが、「道祖神の落穂ひろい」と称して、気になる、見残した道祖神に会いにでかけている。頂いた本の中にもその候補はたくさんありそうだ。

富士道を歩く
【No.1412】 2019年03月08日

3月7日
 東公民館事業の「シリーズ・古道大山道を歩く」講座の一つ『富士道を歩く』に参加。この講座は「まほら秦野みちしるべの会」が12年前から講師を務めている。
 少し心配な気象状況だったが、26名が蓑毛・大日堂から渋沢まで歩く。会からは横山・浦田・田中・綾部・和田さんが講師として参加。私は昼食の後「才戸の石仏群」の解説をした。かつての同僚Tさん、そして教え子Mさんの顔が見えて嬉しかった。特にMさんは東中学卒業以来の再会だったが、往時の面影がはっきり残っていた。

出版祝賀会
【No.1411】 2019年03月03日

3月2日
 67歳の教え子9名(女性3名)が集まlり、伊勢原の「彩食絢味」(教え子・Sさんの店)
で出版祝いの会。1月の予定だったが私の「インフル」で今日になった。
 子供のころのダンゴ焼きの思い出話のなかで、蓑毛では「ダンゴ焼き」や「ドンド焼き」ではなく「ドンドン焼き」と言っていたことを知った。道祖神を意識するようになったという言葉はうれしかった。9名は東中で野球部とテニス部に所属した子たち。野球部の顧問だった私の“悪行”の思い出話が三時間もの宴を盛り上げた。

2月24日
 70歳になる教え子が出版祝賀会を開いてくれた。八王子市、相模原市、平塚市からも来てくれた。5人(男姓3名)の会だけにどの話題も全員が共有でき、和やかなもそして深い交わりが出来た。カラオケにも全員が参加。「津軽慕情」と「音無川」を歌う。これはマイナーで古いカラオケ曲なので安心して歌える。「10月にクラス会を開くので」と再会を約束され9時半に散会。ありがたい、もったいない会だった。

第68回全国新聞コンクール
【No.1410】 2019年02月13日

 第68回全国小・中学校・PTA新聞コンクールの結果が2月9日発表された。
 中学校学校新聞の部で秦野東中の『東中新聞』が「優秀賞」と主催者の「全国新聞教育研究協議会賞」を受賞。その伝統と歴史の力を遺憾なく発揮したと言えよう。
 PTA新聞の部では秦野市の『稜線』北小PTA・『ふれあいの丘』渋沢中PTA・『みなみPTAかけはし』南中PTAの三紙が「努力賞」を受けた。こちらも「PTA広報の秦野」の実力を見せてくれた。
 4紙の皆さん、おめでとうございます。私も嬉しいです。(第68回コンクールへの応募総数は11,293点)

45万
【No.1409】 2019年02月09日

2月9日
 HPのアクセス45万に到達 。開設は2000年10月8日なので今日でちょうど220ヶ月経過。昨日今日とアクセスが多いのは、サイトの中の「ライブカメラ映像散歩」で「降雪」の情報が得られるからだろう。その雪が寺山では午後三時過ぎからちらつき始めた。

確かな春の足音が
【No.1408】 2019年02月06日

2月4日
 節分。好天。午後2時から5時まで西公民館で「みちしるべの会」の『ウオーキングマップ』づくり。本町地区に続いての「寺山地区編」の最終校正。作成委員6名(横山、田中、横溝、柳生、笠井、武)の声を十分に取り入れたものが出来る。寺山編は私の担当なので発行が待ち遠しい。「本町曾屋地区編」も少し編集を進めることが出来た。それにしても、日曜日の午後という時間帯に集まってくるこの人たちの心意気に、私は感じるものがたくさんあった。
 
2月5日 
 立春。文字通り「春」のような暖かな気候。登校する中学生の声も心なしか明るい。

2月6日
 「JAはだの」の2018年度組合員研修講座の閉講式に「講座担当講師」として列席。96名が修了証を受けた。年間を通して研修した皆さんに、私も賞賛の言葉を贈った。記念講演「JA自己改革と協同組合としての発展」(西井賢吾氏)は興味深いものだった。

ムクドリの来訪
【No.1407】 2019年02月02日

2月1日 
 午後4時過ぎ、パソコンに向かっていたら右側のガラス戸にドシンという音。「アッ、まただ」と思った。
 その思った通りの出来事、ガラス戸の下に鳥が一羽うずくまっている。外に出て近づいたが動かない。姿勢は立っているのだ動けないのだ。ガラス戸に衝突し脳震盪を起こしているのだろう。ヒヨドリより小型。全体に黒っぽいが焦げ茶色の羽も見える。嘴は黄色で白い部分が目立つ顔。ムクドリだった。ザルに収容したが、暴れることもなかった。10分ほど経って動き出したので写真を撮り夕空に放した。 
 ガラス戸の多い「エコー教育広報相談室」。ときには野鳥も訪れる。ヒヨドリの“突撃訪問”も過去に数回ある。

2月1日 二十六夜月 お棚納め
【No.1406】 2019年02月01日

2月1日
 今朝も午前5時過ぎの起床。新聞を取るため濡れ縁に出る。すると南東の空に細い月。その上方に金星が輝く。その輝きは清冽。金星の西に光るのは木星。
月齢は26日の今日の月の出は午前4時半ころとか。
 江戸時代の中ごろから行われようになった民間信仰「月待講」に「二十六夜講」がある。「月待講」とは。講の人たちはその月が出るまで勤行や飲食、会話を楽しんで待つ。そして月が昇ったら心願を掛けて解散する。だから「二十六夜講」の解散は夜明け近くになる。その二十六夜待ちの講の人たちが見たのはこの月なのだ。二十六夜の月の中には阿弥陀三尊が現れると言われている。
 
 2月1日はわが家では「お棚納め」である。昨夜、五カ所の神仏に灯明を灯し、白いご飯を食べてもらった。それで今朝は正月飾り・しめ飾りを下ろす。新年を迎えるために使った神具や食器類も片付ける。下ろした正月飾りは初午の日に畑でお炊きあげをする。 

盛況でした「道祖神は千姿万態」の講座 
【No.1405】 2019年01月29日

1月27日 
 「はだの雑学大学」の『道祖神は千姿万態』の講座を保健福祉センターで。山北町、愛川町、伊勢原市など市外からの受講者もあり56名、満席。年齢層も40代(女性)から80代まで巾広かったのも嬉しかった。だが講座は準備した資料の半分くらいのところで「タイムアップ」。出席された皆さんにはほんとうに申し訳けなくお詫びいたします。
この講座に関するメール
〇今日の講座、娘(武注・大学2年生)と参加する予定でしたがインフルになって4日目。残念ですがまたの機会に誘ってください。AA
〇 今日の雑学大学は「道祖神ワンダーワールドPartW道祖神は千姿万態」に参加。講師は武勝美先生で、全国の珍しい道祖神を地区別にコメントを加えながら紹介された。ボリュームタップリな資料と「道祖神モナカ」の土産つきの講座だった。MM
〇昨日は大変に楽しいお話ありがとうございました☺️時間を忘れる位でした。ボールペンのインクが途中で無くなり書くことができなくなったのが心残りです。一緒に行った連れ合いの太一も大変良かった‼️と楽しんでいたようです。また機会があれば是非参加させてください。寒いなか風邪などひかれませんよう☀️TM

もうすぐ春
【No.1404】 2019年01月24日

1月23日に届いたメール

「紙風船」の詩をよんで
「落ちてきたら…今度はもっともっと高く 美しい願いごとのように」。広報紙づくりはいろいろ厳しい条件(先生方や本部さんとの温度差など)もあり、くじけてしまいそうなときもありました。でも、学校に中々来られない保護者の方に学校での子供たちの様子や、PTA活動の大切さを少しでも広報紙を通してお伝えしたいという気持ちは変わりませんでした。大変だったけれど広報委員をやってやっぱり良かったと笑顔で言えるように、委員の皆さんと力を合わせて最終号を頑張ります。N

 Nさんへ 「“春”はやって来るのではない 自分から“春”になるのです」― 私が好きなあるデパートのキャッチコピーです。

詩「紙風船」
【No.1403】 2019年01月23日

1月21日 湯河原の講座に出席されたS(PTA会長)さんからメールが届いた。

武先生 先日の湯河原での広報誌クリニックありがとうございました。いっしょに受講した広報委員も初めてだったのですが、大変勉強になったと話しております。
また本校の『芹原』を褒めていただき、たいへんありがとうございました。その折、先生からご紹介いただいた詩、たしか「紙風船」という題だったと思いますが、広報委員が次号に掲載してみたいと申しております。ただ受講した私たちは、不覚にも作者等をメモをしておりませんでした。この詩の詳細を教えていただこうと、メールさせていただきました。お忙しい中、申し訳ありませんが、この詩の作者などお教えいただけると幸いです。お手数をおかけしますが、宜しくお願いいたします。
 


私の返信 
 おはようございます。過日はお世話になりました。ありがとうございました。
 詩「紙風船」のこと、私の想いを受け止めていただき嬉しいです。

 紙風船   
          黒田 三郎

 落ちて来たら
 今度は
 もっと高く
 もっともっと高く
 何度でも
 打ち上げよう

 美しい
 願いごとのように


この詩のいのちは、終わりの「美しい 願いごとのように」にあります。「風船はどんなに高く打ち上げても、それは地に落ちる」。でもその落ちてくる紙風船を何度も打ち上げる、そうすることで「光さす青空が見える」。そのことに生きる証を見つけようという励ましを感じます。
 昨年三月発行の『芹原』の表紙、生徒たちがカラーボールを投げ上げている写真を見たとき、この詩が浮かんできました。この詩は卒業生に贈る言葉としてもイイなあ、と思ったからです。この詩は小学6年の国語の教科書(学校図書)に載っていました。
 S会長さんと広報委員会の皆さんの「卒業おめでとう号」づくりでのご健闘をお祈りいたします。武勝美
  

秦野高校草創140周年記念誌
【No.1402】 2019年01月20日

1月19日 
 秦野高校草創140周年記念誌の編集に携わることになった。その第一回会議に出席。なんと私が最年長(昭和27年卒)。委員のそれぞれが学生時代の思い出、母校に寄せる想いを熱く語る。
 140年という膨大な時間の中に生じたさまざまな事柄をどのように纏められるのか。不安感と大いなる期待とが入り混じった心境の私だった。

 平成30年度最後の広報講座を湯河原で
【No.1401】 2019年01月19日

1月18日
 湯河原町での足柄下郡PTA広報講座に出かける。冬晴れの空と海は小さな旅の気分。
 ちょっと場違いとも思ったが、次の詩を導入にして講座を始める。年度最終号のためのアドバイスが中心の講座。

  簿 
                  中桐 雅夫
 
 根府川と真鶴の間の海の
 あのすばらしい色を見ると、いつも僕は
 生きていたのを嬉しいと思う、
 僕の眼があの通りの色なら
 すべての本は投げ棄ててもいい。
 沖の方はパイプの煙のような紫で、
 だんだん薄い緑が加わりながら岸へ寄せてくる、
 岸辺にはわずかに白い泡波がたち、
 秋の空の秋の色とすっかり溶けあつて、
 全体がひとつの海の色をつくつている、
 猫のからだのようなやわらかさの下に、
 稲妻の鋭さをかくしている海、
 ああ、この色を僕の眼の色にできるなら、
 生きてゆく楽しさを人にわかつこともできるだろう。

ダンゴ焼き
【No.1400】 2019年01月16日

1月15日 
 昨日は道祖神祭り・ドンド焼き。その火でチョッピリ炙ったダンゴを近くの二つ事業所に持って行った。
 「これを食べると風邪を引かないから」と三色のダンゴを渡す。受け取る人たちの童心に帰ったかのような笑顔が見られ嬉しかった。

インフルエンザに罹る
【No.1399】 2019年01月12日

1月5日〜9日 
 5日の夜からのセキ・喉の違和感。6日午後、「もしや」と体温を測ったら39.4℃。すぐに休日診療所に行き検診。医師から「間違いなし。インフルエンザ」と明快?な言葉をもらう。薬局で薬剤師さんの指導の下「吸入型」の薬を呑む。これがインフルの治療法。「数日間は安静に」と指示された。
 そして7日の夜、消灯し眠ろうと目を閉じると、寝室の天井に土のドームのようなものが見える。それが私を包み込むように迫ってくる。眼を開け見回すと数え切れないほどの郷土玩具が薄暗い部屋に見える。
 眼を開けそして閉じれば、後から後からさまざまな《幻視》が…。《幻聴》も当然発症。薬の福作用らしいこの症状が9日まで続いた。
 昨日・11日で『幻覚』は終わったらしいので一週間ぶりにビールを飲んだが「なに? この味?」。

例年のごとく 駅伝&道祖神
【No.1398】 2019年01月04日

1月3日
 例年のごとく、二宮町山西の道祖神さんと一緒に駅伝の応援。その後小田原の羽根尾と高田の道祖神、を見にいく。羽根尾の道祖神は祠型で祠の正面に双体像の浮き彫り。高田の道祖神は小田原最古・寛文10年の紀年銘がある市文化財。帰り道松田町文久橋の袂の双体像を見る。これは舟後光形だが変形で珍しいもの。

年越し
【No.1397】 2019年01月01日

12月31日
 私の好みで建てた家の特長は明るいこと。それは窓が多いことを意味する。母屋にはガラス戸が55枚。それに14の窓を持つ別棟もある。だから暮れの大掃除はガラス窓拭きに終始。今日も夕方4時まで頑張った。
 そして5時から5か所の神仏の「年越し」の仕度。灯明を灯しお神酒と蕎麦を供えた。6時半過ぎから家族で年越しの食事。「いろいろあった一年でした。お疲れ様。ありがとうございました」と乾杯。

1月1日 
 午前0時に鹿島神社に初詣。拝殿の前に参拝する人の列が出来ていた。この光景は私の記憶には無い。名のある神社仏閣に初参りに出かける前に氏神に参拝するのが望ましいことおもう。菩提寺の円通寺にも参拝。本堂内には3基ストーブが赤々と焚かれていた。鹿島神社の参道脇に円通寺は建つが年頭の参拝をする人はほとんど無い。
 28日から今日までよく動けた。それで無事に越年できた。元日にふさわしい好天の一日。年賀状が8時半ごろに届いた。

上梓へのお祝いの言葉
【No.1396】 2018年12月24日

 『続道祖神ワンダーワールド 道祖神の里めぐり』。本を開くとたくさんのカラー写真、日本中の道祖神と故郷秦野の道祖神がたくさん載っています。何気なく見過ごしてしまうような小さな石碑に、先人たちの生活の中での願いや祈りが込められていることを知りました。様々な方と出会いながら、ある種の冒険をされる先生のお姿が目に浮かびました。
 こんなにたくさんの道祖神に出会い、道祖神にまつわる伝承を収集されるのはとても大変そうですが、道祖神めぐり必携の「七つ道具」と「秦野銘菓・煙草煎餅」。その名称だけでも身分証明になりますし、その場の空気が和んでいろいろなお話も弾んだことでしょう。こんな風に私の「ワンダーワールド」も広がっています。
 「エコー」の中の感想にもありますが、私も先生の文にユーモアが感じられました。取材の苦労を苦労と感じさせない爽やかさが伝わりました。
 先生のいつも変らぬ後活躍を見聞きしていると清々しさを感じ、「私も頑張ろう」という気持ちになります。
これで「まとめ」とはおっしゃらず,これからもご活躍ください!
 「タウンニュース」で先生と奥様のお姿をお見かけしました。お変わりないお元気な姿と笑顔が嬉しかったのです。今、先生の本を戴いてさらに感激しお会いしたい気持ちになりました。一月の講座で先生のお姿を拝見できる日を楽しみにしています。お体にお気をつけてよいお年をお迎えください。  Kamijoh


  ECHO354号と「続道祖神 ワンダーワールド」出版記念祝賀会の祝辞集、素晴らしいですね。祝辞集のトップ記事の「石像は日本の心」 二茅芳郎様のお言葉に心打たれます。
 12月21日 長い間会ってなかった奥田怜子さんと本八幡で楽しい時を過ごしました。はじめに、これお土産ですと『道祖神の里めぐり』をお渡ししましたら、目が光りました。しばらく見入って、「これは贅沢で勿体ない本です。写真も素晴らしく、大きくして見たいです。そのうち写真の展覧会なさるといいですね」と言われした。絵本作家で版画家でもある奥田怜子さんです。武先生の「道祖神の里めぐり」への感想・言葉は流石だなあと思いました。
 ご家族で素敵な年をお迎えください。  Sugawara 
 

松本さん ありがとう
【No.1395】 2018年12月16日

『松本勝行 (眼鏡のまっちやん)』のブログから
12/10
大根地区史跡散策に参加。秦野みちしるべの会の案内で八声橋、東光寺、二子塚古墳、健速神社。地蔵の入を見て歩き、龍法寺では住職による法話があった。また、広畑ふれあいプラザでは昼食後、武勝美先生から「大根地区の地名の由来」などの話もあり史跡散策とウォーキングが楽しめた。木々の葉が赤や黄など色様様に装い、秋の深まりを感じる頃となりました。
12/8
秦野市寺山の武勝美先生は道祖神調査を始め、今迄に130カ所を越える地域を訪ねられた。先生は地域の人から道祖神にまつわる話等を伺い約550余点の道祖神取材を終え2冊の本に纏められた。今日は東公民館に於いて地域別の道祖神の分布、特長や源流、形態など約2時間に亘って発表された。

平成30年の講座終了
【No.1394】 2018年12月11日

12月10日
 大根公民館主催の「大根地区の歴史散策」(参加者20名)のガイドを「みちしるべの会」の横山・浦田・田中・府川さんが務めた。
 私は昼食をはさんでの講話を担当。大根地区の地名の由来やその地名の意味について話した。秦野の「秦」を「ハタ」でなく「ハダ」と発音するルーツの話は参加者の興味をそそったようだ。夜、そのことについて参加者の一人から電話が入った。
 この日の講座で、私の今年の活動は終了。新聞・広報づくり講座と道祖神など秦野の民俗などの講話の講師を36回務めた。

12月8日
 東公民館主催の「道祖神は千姿万態」の講座。16名の出席があった。
 石造道祖神というと双体立像と文字碑を思い浮かべるが、各地にさまざまな願いを込めた道祖神が造立されている。その珍しい道祖神を紹介するのがこの講座。持ち時間は120分だったが時間不足。一人で興に入り、脱線気味だったため。次はそうならないようにする。

12月6日
 「JAはだの」の「組合員基礎講座 秦野の歴史・民俗を学ぶ」を担当。「大山と盆地の暮らし」のタイトルで@秦野市内の地名の由来、A大山信仰と秦野を通る富士道の話、B秦野と葉たばこ、C双体道祖神発祥の地・秦野―について話す。
講座のあとの質問「道祖神は誰が造立してもよいのか」は嬉しい質問だった。受講者34名

「おいでよ」
【No.1393】 2018年11月22日

 菊川市にお住みの「エコー」の読者・クマちゃんから『風狂問わず語り 静岡の道祖神』(小林益次著)を頂いた。静岡の道祖神は天竜川を越えると造立は少なくなる、と言われている。ところが、この本では飯田線沿線(浜松市と新城市)に造立されている20数基の道祖神が紹介されている。
 『続道祖神の里めぐり』をまとめたので「もうこれで」と思っているのだが、「おいでよ。会いにきてよ」と道祖神さんは招いている。

出版記念祝賀会 ありがとうございました
【No.1392】 2018年11月21日

11月17日 
『続Katsumi In 道祖神ワンダーワールド・道祖神の里めぐり』の出版記念祝賀会が開かれた。この上梓に協力していただいた皆さん、日ごろから私の活動を支えて下さっている「みちしるべの会」・「ゆとりの会」・「西のいぶき」の会員さん、そして「エコー」の読者など46名が集ってくださった。我が家も三人が招かれた。嬉しい、ありがたい、そして温かい会だった。

疲れるが充実した日々
【No.1391】 2018年11月12日

11月7日
 退職女性校長の会・「湘南梅の実会(会員129名)」の総会が秦野市で開かれ記念講演を頼まれた。三浦半島から湯河原町までをエリアとする会なので「秦野の道祖神祭りと目一つ小僧」を演題とした。

11月11日
 秦野市の「表丹沢野外活動センター」の「センターフェスティバル」に招かれ紙芝居「目一つ小僧」を公演。この日はセンターから相模湾を見下ろすことができた。終日親子連れでにぎわった。

松田町の道祖神講座
【No.1390】 2018年11月05日

11月4日
 松田町観光経済課が開いている「あしがら塾」に招かれ「神奈川の道祖神」の話をする。申込み以外に7名の飛び入りがあり、事務局は資料づくりで大忙し。前町長島村さんにも聞いてもらった。
 その島村さんから、松田町の道祖神祭囃子(太鼓・鉦・笛)の口説伝授を文字に起こした資料をいただいた。松田の太鼓は「テンテコマッサァン テコマッサァン」と打つ。秦野の峠地区で道祖神祭りに叩く太鼓は「テコテコマツァン テコマツァン」。似ているが微妙に違う。実際に聞いてみたらどう違うのだろうか。興味が湧いた。松田と峠地区は四十八瀬川を挟んで隣り合っている。
 参加者の年配の女性が川口謙二著の『路傍の神様(昭和43年刊)』を手に話しかけてきた。その本は道祖神の密集地帯・神奈川・静岡・群馬山梨・長野の道祖神の写真集で、秦野・伊勢原地区の道祖神は川上さんという女性が撮ったものが収められている(前書きに記されている)。私の前に立たれた女性がその川上さんご当人だった。川上さんが秦野市の中学校の先生だった頃、今から50年も前に道祖神めぐりをされていたのだ。
 「道祖神を次世代に」という川上さんや川口さんの願いは私にも伝わった。私の本『道祖神の里めぐり』が数十年後、道祖神への誘いのきっかけになることを願ってやまない。

 加えれば、この本の初版ものは稲葉一郎さんから預かっている。

『続Katsumi
【No.1389】 2018年10月31日

10/29 秦野市在住の武勝美さんは全国の道祖神めぐりを続け2年前に「道祖神ワンダーワールド」を出版された。今回、ちょんぼ道祖神など一風変わった道祖神など熱の籠った取材を続け、続編となる「道祖神の里めぐり」が発行された。そこで一句。里めぐり楽しい取材とエッセイも。(「眼鏡の松ちゃん」のブログ)


武 勝美棟
 秋も深まってまいりました。その後、お身体の具合はいかがでしょうか。
この度は、『続Katsumi In 道祖神ワンダーワールド 道祖神の里めぐり』の上梓、お目出度うございます。前作を「武勝美 道祖神ワールド」の集大成と思っておりましたのに、続編の何という充実、豊穣ぶり。スゴイ労作に、ただただ感嘆。そして今更ながら、道祖神の多様性、個性、創造性に眼を開かされ、日本の民俗文化の豊かさにその思いを深めることができました。
 中でも、「稲の香をまとひてちょんぼ道祖神」・・・栃尾の奇祭には驚嘆しました。こういう性に対する大らかさは、かつては各地にあったのでしょうが、変わらず受け継がれているのは骨董ですね。
 私は厚木で生まれ育ちましたので、津久井、清川、相模原、伊勢原、平塚などなど、懐かしい地名と道祖神の姿を見ることが出来たのも嬉しいことでした。
 今回の著作は、特に「道祖神とは何か」についての考察にも力が注がれており教えられること大でした。連綿と続いてきた我が国の道祖神研究の列に連なり、新たな一章を加える書とも評価できるのではないでしょうか。また、いろいろな方のエッセイ、思い出、論考など、いずれも読み応え充分、古くさい言い方ですが「錦上花を添える」の感を深くしました。中でも、井越基生きんの淡彩画「秦野の道祖神たち」と添えられた武きんの句・歌、美事ですね。
 連れ立ちて野仏めぐり春うらら  木の実降る谷戸に小さき道祖神
 道の神在りて家あり山眠る    冬日向頬を緩めて夫婦神
など、愛唱できる句がいっぱい、心が温まります。
 「まえがき」「おわりに」はじめ、全編随所に武さんらしい温かくユーモアに満ちた文章を味わえるのも本書の魅カ。巻末の「参考資料」も貴重です。
 思いつくまま、雑薄な感想を述べさせていただきました。これからも健康に留意しながら、ますますお元気に、後に続く者たちを、生身の勇姿で励ましてくださいますようお祈り申し上げます。  吉成 勝好           

『続道祖神の里めぐり』を神奈川新聞が紹介
【No.1388】 2018年10月21日

10月20日
 今朝の神奈川新聞が、6段という大きなスペースで『続Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を紹介してくれた。すると、小田原在住の人から「ウチの方の道祖神祭りを見に来ませんか」とお誘い電話をもらった。来年1月27日、秦野市市民サポートセンター主催で「道祖神の里めぐり」の講座開催も急遽決まった。厚木からは注文も。知人から「出版おめでとう」のメールが届いた。神奈川新聞に感謝。

 『続道祖神の里めぐり』は10月22日から書店で発売。私からも発送できます。読んでください。

『続 Katsumi In 道祖神ワンダーワールド・道祖神の里めぐり』
【No.1387】 2018年10月15日

10月13日 『続 Katsumi In 道祖神ワンダーワールド・道祖神の里めぐり』を刊行。
以下はその書の【はじめに】。
 「道祖神の里めぐり」を再開したのは2016年8月29日、長野県の諏訪盆地と松本盆地からだった。そして気がつけば安房、上総、駿豆、上州路、信州の佐久平や伊那谷、越後長岡、上州の安中、下野は鹿沼にと足を運んでいたのだった。巡った里は42。その足跡を本書「続道祖神の里めぐり」に収めた。
『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』を上梓したのは二年前の2016年6月だった。読者から励ましやご指導の言葉をたくさん頂いた(後述「道祖神日記」参照)。そして続編を期待する言葉も届いた。
 秦野で80余年生きてきた私には「道祖神」という言葉はしっくりこない。どうしても「セーノカミさん」である。「セーノカミ」は「塞の神」の秦野言葉。他所では「サエノカミ」「サイノカミ」「ドーロクジン」などとも呼ばれている。そのさまざまな呼び名を持つように、この神の性格・ご利益も「境を守る神」「悪魔を追い払う神」「火の神」「縁結びの神」「子孫繁栄の神」「子どもの神」「道の神」「旅の神」など。処によっては耳、眼、脚、鼻、疱瘡などさまざまな病を治す神として信仰されている。
 秦野地方では「何の役でも頼まれれば引き受ける人を“セーノカミさん”のような人」ということわざもある。セーノカミさんは百貨店型の「万能の神」である。このように道祖神信仰は純然たる民間信仰・庶民信仰なので、神社や寺院とはほとんど関わりはない。村人が生活の中から生み出し、信仰し、祭りをしてきた手作りの神、最も身近な神である。したがってその形態もまたバラエテイに富んでいる。信州や上州などで見られる柔和な親しみやすい顔の肩組み握手双体像は石造道祖神の最もポピュラーなものである。それらについては前書で紹介した。
 本書には、「目一つ小僧」が預けた帳面を手にする単体坐像(伊豆市)、丸彫りの杖持ち双体像(酒々井町)、裃を着けた双体像(長岡市)、片手拝み双体像(佐久市)など珍しい形態の道祖神も収録されている。出会ったこれらの道祖神は、私の“道祖神ワンダーワールド“を広げ、深めてくれた。
 村人たちがさまざまな願いをこめて造立した道祖神も、時の流れには抗うすべもなく摩滅や剥落、欠損した像も少なくない。道路改修で社寺の境内、ところによっては墓地の端などに片づけられているものもある。また忘れ去られたように村はずれの草叢に沈んでいる像も見かけた。だが諸々の野仏に囲まれ立つ道祖神。それは村人により強く信じられているからに他ならない。村人の生活に根ざし、心の支えになってきた道祖神。その塔碑は多彩で魅力的である。こうした風景に接すると「道祖神はその地域の文化財」という思いがいっそう強くなっている。

還暦祝い唄
【No.1386】 2018年10月14日

 還暦を迎えた教え子たちの同窓会に招かれた。出席者は33名。佐賀から参加の谷口さんは「二泊三日の里帰り」と嬉しそう。静岡・函南町から来た加藤さんに「函南の畑毛公民館の前の道祖神は立派」と話したら「ウチの近くです」と驚き、喜んだ。
 【お祝いの言葉】として千昌夫の「還暦祝い唄」を歌った。
気がつきゃ何と六十年よ 白髪小じわが我が勲章さ 胸をたたいて悠々と もう一度青春(はる)を呼ぼうじゃないか 今日はめでたい 今日はめでたい還暦祝い唄

 早世した仲間をしのび、これからを語り合い、カラオケも楽しみ、五時間を過ごした。

宮城県から「返ってきたエコー」
【No.1385】 2018年10月08日

10月6日
宮城県の『エコー』の読者・Wさんから便りが届いた。
八月に御家族で安曇野を旅した折「穂高神社に参拝し、そこで道祖神を見つけたので写真を撮りました」と報告。
 カメラが得意なWさんだから、見事なアングルの作品(「餅つき道祖神」などA4判で7点)も同封されていた。こんな報告をいただくとほんとうに嬉しい。

とりあえず呑む
【No.1384】 2018年09月26日

9月25日
『続道祖神ワンダーワールド』の三校を終え出版社に渡す。校了。だがこの期におよんでも写真の差し替えなど迷惑をかけている。「10月中旬には」ということ。とりあえずビールで締めくくりをした。疲れがどっと出た。

9月23日
今日の「朝日歌壇」の次の二首、「我が意を得たり」。
四季天気冠婚葬祭喜怒哀楽きっかけあればとりあえず呑む 村上ちえ子
メメントモリ心にあれど時にまた忘れて今宵遠花火見る  本多 豊明

 きょうは秋分の日・彼岸の中日。「なかの中日アズキ飯」を仏壇に供える。またこの日は「第71回秦野たばこ祭り」の最終日で夜は花火が上がる。
 365日欠かさない晩酌は「とりあえずビール」、そしておもむろに…冷酒。
 二カ所からの打ち揚げられた花火が権現山と弘法山の夜空に咲く。去年の「とちおの花火大会」のことなど想いかえしながら、その遠花火を二階のベランダから見ていた。手には…。

月見まんじゅうは五個で許してもらおう
【No.1383】 2018年09月15日

9月15日
「中秋の名月・十五夜」は9月24日だが、わが家は《日》で行っている。月見まんじゅう、本来なら15個供えなければいけないが、食べきれないので5個で許してもらおう。お豆腐も買ってきた。ススキは庭から。
 九月の月見は「芋名月」とも言われているので里芋を一株掘ってみた。小さな芋が三つとれた。栗とカボチャも自家製。それらを飾った座卓を眺めたが色合いが少し暗い。冷蔵庫をのぞいたら鮮やかなオレンジ色の人参があったので、それに引き立て役をしてもらった。小雨が降っている。今夜は月見はムリだろう。
 「道祖神の里めぐり」の二校が終わる。このペースだと10月中ごろに発行がズレそうだ。

伊勢原でP広報紙クリニック
【No.1382】 2018年09月13日

9月12日
 伊勢原市P連の「広報紙クリニック」を中央公民館で。14校から50名ほどの参加。9時半から3時間、一学期に発行された全紙の紙面の講評する。
 優れている企画、記事、写真を褒め、研究したい事柄を提示する。一学期に二回発行した三校の頑張りは特に褒めた。研究してほしいことの第一は「色文字」。カラー全盛の今、見出しや記事の文字まで多色で作られる。広報紙をカラー印刷で作ることの意義が理解されていない。
 講座の後 秦野東中の「東中新聞」を私と作ったFさんが「今日、先生に会えることを楽しみにしていました」と言い、次号のレイアウトのアドバイスを求めた。

コムラサキシキブ 栗 サンマ
【No.1381】 2018年09月03日

9月1日
 コムラサキシブが薄紫の実を結び始めた。秋になった。
 午前中栗の収穫をした。10sほど拾う。例年より稔りが早いのもこの夏の暑さのせいなのだろう。ご近所の皆さんにも食べてもらった。
 今日発行された「広報はだの」は第1200号。その記念特集のページに私も登場。

9月2日 
 気仙沼のサンマが届く。「今の時点では昨年に比べ今年は豊漁」と三陸新報が伝えている。その記事の中に現在のサンマの魚場は気仙沼から片道二昼夜・1300kmのロシアの経済水域とか。サンマ漁の漁師さんのご苦労は想像を超えるものだろう。美味しくいただいた。
「みちしるべの会」の7人でウオーキングマップづくりを午後三時間。本町地区編はほぼ完成。私の担当である寺山地区の作成に入る。寺山は「まほら」であることをあらためて確認する。

私 長岡出身です
【No.1380】 2018年08月27日

8月25日
 「秦野と富士山信仰」について話を聞きたいとHさんTさんが来訪。
 話は道祖神に及び、長岡市栃尾のちょんぼ地蔵道祖神の写真を見てもらった。すると「私 長岡出身です」とHさん。「ちょんぼ地蔵道祖神祭りは今日と明日。毎年8月25・26日に行われる」。「栃尾では26日には花火大会も行われる」と言ったら「こんなに珍しい道祖神があるなんて知らなかった。長岡市は広い。栃尾は私が生まれた所から一山越えたところだから。今度帰ったら見てきます」と嬉しそうなHさん。Tさんが言った「今日の武先生との出会いは偶然じゃないと感じた。Hさん、来てよかったね」。

17紙が完成 茅ヶ崎での親子壁新聞づくり
【No.1379】 2018年08月23日

8月22日
 茅ヶ崎市立南湖公民館の「夏休み親子でつくる壁新聞講座」の第二日目。
 きょうは17名の小学生とお母さん12名が参加。緊急工事新聞、マンホール新聞、富士山新聞、火星大接近新聞、郡上おどり新聞、ゴンズイ新聞、神奈川県警新聞などユニークな新聞も完成した。
 「緊急工事新聞」は、わが家の前で突如始まった道路工事を密着取材した小三の男の子。工事の人と仲良しになり道路ローラーの運転席に座らせてもらったことを報告している。今人気の「デザインマンホール」のカードと写真で構成されているのが「マンホール新聞」。作ったのは小一の女の子。炎天下の街を歩きマンホール絵をカメラに収めている。秦野市も今月11日にマンホールカードを希望者に配布した。私も一枚入手し、この女の子に今日プレゼントした。
 「富士山新聞」はお母さんが一人で作った新聞。長男が十歳になった記念にこの夏家族で富士登山を行い、全員が登頂できた感激を新聞にした。家族新聞はその家の歴史を記録することも出来る。
 ネットから得た情報だけで作られた新聞もあった。新聞づくりが目指すものの一つは、取材を通して他の人の声(考え)をきくことにある。これは楽しいこと。大変でもあるが…。
 「できれば来年も再会したい」と言われた。

新聞づくりのシーズン到来
【No.1378】 2018年08月21日

8月21日
 甲子園の熱闘も今日で終わった。丹沢から降りてきた赤とんぼが裏の畑でも見られるようになった。夏から秋へ季節は移りつつある。そして私にも「新聞づくり」の秋のシーズンが訪れた。
 きょうは東公民館で「夏の思い出をかべ新聞に」の講座の第二日目。15人の児童と11人のお母さんが出席。小一から小六の児童が作った新聞はどれもこの夏休みの生活の充実を伝えるものだ。完成した新聞を高く掲げ、取材の苦労や珍しい体験談を聞かせてもらった。どの子の表情も新聞をつくり終えた充実感に満ちたものだった。そして「大変だったけど楽しかった。来年も」という言葉を聞いたとき私の心は和んだ。
講座の後、「新聞のことでは無いけど聞きたいことがある」と小三の子が来る。そして「先生は何歳ですか」と尋ねた。「四日前が82歳の誕生日だったよ。でもなぜ私の年齢を知りたいの」と逆質問してみた。すると「担任の先生より武先生の方がハキハキしているから」だとのこと。「ハキハキしている」とは嬉しい言葉だ。

東地区再発見プロジェクト
【No.1377】 2018年08月20日

 東地区自治会連合会、東公民館、まほら秦野みちしるべの会で、「東地区再発見プロジェクト」を立ち上げ、東地区ウオーキングマップづくりを始めた。
 きょうはその具体的な活動の初回、高橋自治連合会長、瓜本公民館長、久保田寺山自治会長他二人、「みちしるべの会」からは横山会長以下七名の総勢十二名で、午前9時から寺山地区の実地踏査を行い、さらに地図に取り込みたい社寺、野仏、文化遺産などについて学習会を持った。この学習会の中で、「ウオーキングマップが目指すものを明らかすることが課題」と確認できた。
 東地区は「新東名」の工事が進行中であり、景観、道路などさまざまな変容が起こりつつある。それだけにマップ作りの視点や制作そのものに難しさを感じている。

8月15日
【No.1376】 2018年08月15日

 6月23日 沖縄慰霊の日
 8月 6日 ヒロシマの日(原爆の日)
 8月 9日 ナガサキの日(原爆の日)
 8月15日 終戦の日(敗戦の日)

 1975年、天皇陛下は沖縄初訪問時に慰霊碑「魂魄之塔(こんぱくのとう)」を題に「琉歌」を詠まれた。

 花よおしやげゆん 人知らぬ魂
 (花を捧げるのです。誰にも知られず、戦場で亡くなった無名の人々の魂に)

 戦ないらぬ世よ 肝に願て
 (戦争のない世を、心に願いながら)

神奈川新聞で紹介 「ECHO」350号に
【No.1375】 2018年08月01日

 『ECHO』が350号に到達したということで、昨日「神奈川新聞」が取り上げてくれた。3段見出しで81行という思いもよらない大きな扱いにただただ感謝。教え子から「おめでとうございます。スゴイ! これからも頑張って」と電話が入る。それで「もうしばらくは書けそう」と応えた。
 吉成さんから、祝350号と「続道祖神の里めぐり」の予約のメールを頂いた。ありがたいこと。その「続」の初校が今日終わった。

異常気象でスイカが
【No.1374】 2018年07月27日

 防御対策をかなり心がけた今年のスイカづくり。カラスやハクビシンにヤラレルことなく、ここまでは7個が順調に育ってきた。差し渡し20センチほどの小玉だが縞模様も日に日に鮮かになっていくのを見るのは楽しい。
 ところが今朝、3個のスイカが割れているのを発見。鳥獣に襲われた割れ方ではない。丸味の最も大きいところの少し上部が横一線で割れている。発見したときは「何で」と、かなりのショックを受けた。
 それで対策をネットで調べたら、今年の異常気象が原因らしいことが分かった。 高温で日照りが続いたので皮が硬くなっているところに一挙に水分が入り込み成長するので、皮がその成長に対応できなくなって割れるのだそうだ。昨日未明の豪雨がその原因なのだ。
 一番大きなものを切り分けてみた。果肉の赤はまだまだだが、スイカの香りは十分。それで「今年のスイカだよ」と仏壇に供えた。
 付け加えれば「割れを防ぐ方法はない。割れにくい品種を選びなさい」。割れたものは「どうしようもない」のだそうだ。

「継続は宝」 夏休み壁新聞づくり講座
【No.1373】 2018年07月26日

7月24日
 秦野市立東公民館で「夏休みの思い出をカベ新聞に」の講座。2002年が第一回だから今年で17回目。14家族・35名(小学生20名・お父さん1名)の参加があった。その中の赤柴さんは6回目の参加。彼女は幼稚園児のときも兄姉と一緒に会場に居た。赤柴家の参加は通産すれは10回を数える。
 この講座は市P連の情報委員会がお手伝いしてくれる。この日は8名の江お母さんが手伝ってくれた。この支えがあるから講座が続くのだ。

7月25日
茅ヶ崎市立南湖公民館は10:00〜12:00で「夏休み親子ででつくる壁新聞」講座。
 出席者は16家族・38名。小学生19名が新聞づくりに挑戦する。
 茅ヶ崎での壁新聞づくりは2013年から始まったのだが、参加者にはリピーターが多い(今年は10名)。苗川さんは6年連続。5回目の参加も一名。

 赤柴さん、苗側さん、そしてリピーターの皆さん「継続は宝」です。

 秦野は8月21日、茅ヶ崎は8月22日が第二日目。その日に完成し発表会を持つ。どんな新聞が出来るか今から楽しみにしている。

寺山のお盆
【No.1372】 2018年07月14日

7月13日 
 秦野の寺山は今日からお盆。午前8時にお墓の掃除に出かけた。ご先祖様は生家に戻ってこられるのだから墓は留守。でもお帰りになったとき綺麗になっていたら喜ばれるだろうと掃除をするのだ。
 墓石を洗い、花を供え、線香を手向ける。2時間ほどで終わる。8時という早い時間帯なのに、幾組かの家族の姿が見える。皆さん、明るく挨拶を交わしている。帰ってから居間に盆棚をしつらえる。 昼前、妹夫婦が墓参りに来た。
 午後は「ツジ」つくり。午後五時前に「ツジ」の前で「迎え火」を焚き、キュウリの馬とナスの牛に乗ったご先祖さんを、灯明が灯った盆棚に迎え入れる。この頃になると近所の人が「ツジ」に線香を上げに来る。我が家には6軒が詣でて下さる。
 私も線香を上げて回るが、普段ほとんど顔を合わせることが無いご近所の皆さんと言葉を交わすことが出来る。きょうはヒサコさん、テルさん、ナオミさん、ケンちゃん、サダオ・ヤスオさん兄弟、ヨシノリさんの奥さんと話が出来た。マサキさんは「体調いかがですか」が第一声だった。嬉しかった。この「線香上げ」はなくしたくない。大事な地域の風習。

 お盆が過ぎると夏休み。本町幼稚園の園長先生と先生が壁新聞の用紙を求めに来てくれた。本町幼稚園は夏休み行事として「親子壁新聞づくり」を数年前から実施している。
 そして東中のカタノさんが、活版4ページの学校新聞の企画を携えて相談にきた。かなり硬派なテーマなので、むずかしいかもしれないが、夏休み中も活動するとのことで、カタノさんのガンバリに期待したい。応援したい。

《叱る》の特集を
【No.1371】 2018年07月11日

7月10日
 茅ヶ崎市役所でPTA広報づくり講座の第三日。五月の第一日は「理論編」。六月の第二日は「実技編」。そして七月の今日は「紙面クリニック」。この日までに発行された広報紙をスクリーンに映し私が評価する。
 広報委員にとって、良いにしろそうでないにしろ、頑張って作った広報を読んでもらうこと・評価してもらうことは待ち望んでいるはず。だから出来るだけたくさん褒める。そして「次号のために」ということで改善点も指摘する。
「目黒での痛ましい事件を踏まえ、これからの広報づくりで《叱る》の特集を組んでほしい」と講座の終わりに特にお願いをした。
 「《叱る》のこと、むずかしいけどやりたいです」と言って帰っていったお母さんたち。三回すべて出席という委員もいた。茅ヶ崎のお母さんたちは明るく元気、なにより前向きがいい。
 そういえば茅ヶ崎では15日に勇壮な「浜降り祭」が行われる。国道一号線には祭りを告げる注連縄が長ーく張りめぐらされていた。


『ECHO』は350号になるが
【No.1370】 2018年07月09日

 『ECHO』350号を出稿した。350号は一つの区切りだと思っている。このごろ数字を過分に意識している自分に気づいている。曰く「『ECHO』創刊34周年」、「訪ねた道祖神の里144」、「『まほら秦野みちしるべの会』は創立12周年」等々。
 確かに数字は一つの事実であり、歴史かもしれない。だが、単に数を数えるだけなら、回数を重ねただけならそれでは歴史にはならない。積み重ねにはなっていない。
 「日本百名山」の深田久弥氏は、その書に確固たる足跡を印している。『ECHO』の発行は私にとって存在価値はあるものなのか。そんなことを今しきりに思う。多分“旅の終わり”が近づいているからだろう。

続『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』
【No.1369】 2018年07月07日

 この秋に上梓『道祖神の里めぐり』
 ・『Katsumi In 道祖神ワンダーワールド』の続編 
 ・刊行は今秋(10月初旬)の予定

「道祖神の里めぐり」を再開したのは2016年8月29日、長野県の諏訪盆地と松本盆地から。そして気がつけば安房、上総、駿豆、上州路、信州の佐久平や伊那谷、越後長岡、上州の安中、下野は鹿沼にと足を運び、めぐった里は44。その足跡をこのたび『道祖神の里めぐり』としてまとめることにた。
本書『道祖神の里めぐり』では「目一つ小僧」が預けた帳面を手にする単体坐像(伊豆市)、丸彫りの杖持ち双体像(酒々井町)、裃を着けた双体像(長岡市)、片手拝み双体像(佐久市)、烏天狗道祖神(町田市)など珍しい形態の道祖神も紹介する。
 出版社にきょう出稿。10月初めには書店に並ぶ。

六月に梅雨明け
【No.1368】 2018年06月30日

 関東地方は観測史上最速の「梅雨明け」とか。庭の山百合の開花も始まった。今年は11株が蕾を持っている。蕾の数は多いものは9つ。例年だとお盆前が見ごろなのだが、今年は来週に咲きそろいそうだ。
 26日、赤に白の縁取りの朝顔が一つ咲いた。そして今朝もまた開いた。ナデシコも次々に花を開いている。ただアジサイの花はこの気候では元気がない。このままの天候だと、湿った土地が好きな里芋は不作かもしれない。キュウリがまっすぐに育たないのは水不足だからなのだろう。

  

動き過ぎ
【No.1367】 2018年06月18日

6月17日
 つかの間の梅雨晴れ間の一日、庭の草取りを午前中、午後から竹の子取りに竹薮へ、帰ってから里芋畑の除草と土寄せ。この日のビールは家族からの「父の日」のプレゼント。疲れたが納得と充実の一日。
 12日は茅ヶ崎市でPTA広報講座。6年前から年三回の講座を担当している。通いなれた道なので車で行く。だが約一時間の運転への怖さを感じ始めている。
 昨16日は藤沢市で150分のPTA広報講座。家を出たのは7時半、帰着は午後3時。体力的にはかなりハードな一日。だが、参加者の反応はすこぶる良好だったので心は軽やかだった。足運びは?
 
 心臓血管の手術をしたのは二年前の六月。そのことを考えると《動き過ぎ》。

HP ようやく更新
【No.1366】 2018年06月07日

6月7日
 2カ月ぶりにホームページの更新。5月20日は『ECHO』の創刊日。その5月20日に更新が出来なかった。五月は「かなり忙しい日々だった」と言い訳するが《怠惰》。 
 この日記を書いていたら『東中新聞』が届いた。その号数は1111号! 月3回発行のペースは堅持されている。見習わなくてはいけない。

 今週の9日は「秦野ゆとりの会」の「アサガオの行灯づくり」の講座。10日は「まほら秦野みちしるべの会」の活動の一つである「秦野ウオーキングマップづくり。
 きょうは晴天だが梅雨入り宣言はされた。野菜畑にまたハキダメギクが群生し始めた… 気になる。山百合の蕾のふくらみ大きくなったので支柱を立てなければ。

お父さん委員長四名の参加 足柄下郡P広報講座 
【No.1365】 2018年06月06日

6月5日
 足柄下郡PTA連絡協議会の「PTA広報紙づくり講座」を湯河原町で。参加は8校で31名。四人のお父さんが広報委員長として出てきてくれた。今回もお父さん広報委員が講座に出席されたが、これは下郡P連の特長と喜ぶ。
 質疑の時間の中で、特に私から「P広報委員会と教職員との関わり(協力や指導)について尋ねた。総じて言えば、先生方は協力的で、児童、生徒の写真の掲載などについても特別な指示など無いようだ。「あまり取材の範囲を広げないほうが良いのでは」と言われた委員会もあったが「頑張りすぎると負担になるから」と気遣う言葉と広報委員会は受け止めていた。発行された広報紙を先生方が褒めることをしてほしいのだが、その点についてはまだ不十分のようだ。
 質疑の終わりに今回が五回目の参加というA小のEさんが、昨年の活動の中で私に相談したことを披瀝し「困ったことがあったら武先生に相談しよう。厳しそうに見えるけどやさしくていねいにアドバイスして下さるから」と私への相談を促してくれた。私としてもこの講座の一環として相談を受けると発言した。
 講座が終わって、秦野生まれで末広小、本町中の卒業生というお母さんが話に来た。講座の中で末広小と本町中の広報紙を充実したものとして紹介した。その二校が「私の母校」と仲間に言ったとのこと。過日の座間市での講座でもこれと同じようなことに出合えた。母校や故郷は誰の心の中にも厳然と存在していると思った。
 会場の目の前は吉浜の海岸。サーファーの数が多いのは晴天で高温。六月の海原はサーフィンに良い波を作っていた。

 広報講座で出合った四つのこと
【No.1364】 2018年05月24日

5月23日 
 座間市のPTA広報講座。参加者は50名ほど。二時間半の講座が終えると三つの相談があった。
 一つは「広報活動費が前年より少なくなった。広報は大事なものという今日の話と逆行しているのがウチのPTA」との訴えを聴く。次は表紙のレイアウトについて三つのパターンを示し、どれがいいのか選んでほしい、アドバイスもというお願い。
三つ目は講座で例示した広報紙をスマホで撮らせてほしいというお願い。そして、このグループの一人が、私が優れた広報紙として紹介したN中の卒業生であることを告げ「嬉しかった」と。往時の学級担任を尋ねたら、3名の先生の名前をすらすらと挙げる。そして小学校の担任先生はフルネームで。「教師冥利に尽きる四先生」と思った。

広報は耕報
【No.1363】 2018年05月09日

5月8日   
 午前10時から伊勢原市PTA連絡協議会の広報紙編集講習会。会場は中央公民館。120名ほどの参加があった。駐車場が満杯で帰った人もいるらしい。
 数年前から伊勢原市の小学校のP広報紙に紙面の充実ぶり二はめを見張るものがある。ライバル意識も秘めて《切磋琢磨》する小学校10校。今日もT小学校は全広報委員が受講。講座終了後、ロビーで企画会議を持っていた。ノートパソコンで編集作業に取り組んでいる姿も見られた。
 「広報は耕報」これはこの講座での私のまとめの言葉。広報づくりで苦しみ、悩み、喜び、楽しんでほしい。

五月になりました 活動再開です
【No.1362】 2018年05月03日

5月2日
 午後3時45分から東中学校の「新聞づくり講習会」。退職してから毎年この講座を受け持っている。
 集まったのは生徒会広報委員会の委員と各学級の新聞係で40名ほど。
 創刊が1950年の学校新聞『東中新聞』の発行号数は4月末現在で1100超えている。日本で最も多い発行号数を数えるのが『東中新聞』。それを誇りにこの一年間新聞づくりに取り組んでほしいと話した。その創刊号の発行に私も新聞委員の一人として携わったことも話した。
 会が終わって広報委員長の片野さんから今年度の『東中新聞』の主要テーマについて相談があった。月三回のペースで発行される『東中新聞』を精一杯応援したい。

5月1日
 「JAはだの」の組合員講座の開講式に出席。この講座の中の「地域の文化・伝承」を2010年から担当しているので毎年出席を要請される。
 受講生は125名。その受講者名簿の中に10数名の知り合いを発見。その内の一人Kさんが挨拶に来てくれた。「秦野に来てから農業に関心をもつようになり、頑張っている」と笑う。Kさんはこの講座の最上級クラス「専修講座」の受講生。ちなみにKさんの娘さんはMさんでPTA広報づくりでの顔見知り。
 JAでのこのような講座を持っているJAはだのは先駆けだそうだ。

甘楽PA
【No.1361】 2018年04月28日

4月24日
 8時50分、その《出会い》はあった。
 私は上信越自動車道の甘楽PAのベンチに腰を下ろしていた。観光バスが走る時間帯ではないし、小さなPAなので人の動きも少ない。そんな光景をぼんやり見ていたら、視界に海老茶色のジャンパーの女性が入って来た。
 一瞬「どこかで見た顔」と思った。相手も私を見て驚いた表情。「えっ 武先生?」「渡辺さんだよね」と私。その人は東婦人会長の渡辺明美さんだった。「こんなところで出会うなんて」と、両の掌で口のあたりを押さえる渡辺さん。「道祖神ワンダーワールド」の講座にも出席しているので「先生、また道祖神ですか」と聞いてくる。
 群馬と栃木の道祖神を見に行く我が家。渡辺家は三人で善光寺詣でとのこと。思いがけないこの出会いは、これから始まる両家の旅が充実した楽しいものになること請け合いと思った。
 両家の旅をこのように演出して下さった道の神・道祖神さん、ありがとうございます。

終の棲家は埼玉
【No.1360】 2018年04月21日

4月19日
 秦野の歴史や民俗について学んでいる「秦野民俗懇話会」の例会。今回は有形文化財の保護について意見交換。5人の会なのでビールを飲みながら。だが飲み会ではない。それぞれが今追いかけている事象について饒舌に語った。ああやっぱり“酔っ払いの会”か…。

4月20日
「終の棲家は埼玉です」と埼玉に移住するHさんが挨拶にみえた。Hさんは市政50周年記念の『市民がつくる広報はだの』の編集メンバー。この編集メンバーは毎年7月6日に集まる「夢心会」という会を作ったがHさんは創立時から幹事を務めてもらった。「みちしるべの会」の講座にもよく参加してくださった。「7月は必ず来ますから」とにこやかだったがその表情には惜別の感にあふれていた。
 新しい地でまたHさんらしい生活をされることを信じ「さよなら」をした。

新たな心で
【No.1359】 2018年04月17日

4月14日
「まほら秦野みちしるべの会」の年度総会と懇親会。会員19名のうち14名の出席。
12年を経た会の活動も10周年記念の研究誌を一昨年発行したことで一区切り。そのため次に向けての目標がなかなか定まらない。それで今日の話し合いで15周年を目指し、新たに「古道・大山道を歩く」のウオーキングマップを作成することにした。先ず 5月・6月に本町地区の2つのルートを歩き作図に入る。
 多くの趣味の会は会員の年齢が高まるにつれ活動が下降線をたどる。いっぽう退会者が出はじめる。「みちしるべの会」もその流れに入りそうだったが、昨年8名の新会員を迎えたことで新たな動き・会の活性化がみられるのは嬉しいこと。


4月15日
 座間市教育委員会の「広報紙づくり研修会」に出かける。80名を超える出席者。PTA広報委員がほとんどだが、年配の男性の姿もちらほら。各種団体の広報担当者にも参加を呼びかけている講座だからだ。
 PTA広報講座が開かれるのは5月の連休明けが一般的だが、座間市はこの時期に行われる。だから私の話も年度第一号の企画や編集にやくだつことを願ったものになる。
 30年度の新聞広報講座はきょうが初日。毎年そうだが、初日は新鮮な心で登壇している。そして充実感と疲れを感じて帰宅の途に着くのだ。

PTA広報紙コンクールの表彰式で
【No.1358】 2018年04月15日

4月14日
 本町公民館で行われた秦野市PTA連絡協議会の「平成29年度広報紙コンクール」の表彰式に出席。その中で審査員を代表して次のような講評をした。 
1審査の基準は企画・記事・レイアウトの三分野。各項5点満点。
2PTA活動の動力源・推進力は本部と広報紙 両者は車にたとえれば前輪と後輪。また左右の両輪。30年度の市P連と各校PTAの活動が実り多いものになるよう広報紙づくりが進められることを願う。
 終わって入賞紙の委員さんたちと言葉を交わした。“やり遂げた”という達成感がその表情や言葉に表れていたのは私にも嬉しいことだった。

東中新聞
【No.1357】 2018年04月07日

4月6日
 11時ごろ、この春卒業した『東中新聞』の編集長のKさんと副編集長のYさんが訪ねてきた。この日は東中は離任式。お世話になった先生を見送りに来た帰りとのこと。
 学校は違うが二人とも付属高を選んだ。洗練された個性的な制服を身に着けた二人にはじける若さを見た私だった。それで三人でカメラに収まった。これからの成長が十分期待できる話をして帰っていった。頑張り屋の二人を応援しよう。
 午後の4時過ぎ、今年度の『東中新聞』の編集長Kさんが、4月5日と6日に発行した『東中新聞』を持ってきてくれた。5日号は「入学おめでとう」号。6日は「生徒会委員会紹介」号。いずれも新一年生が心配なく中学生活が出来るようにというアドバイスが書かれている。『東中新聞』は学校生活の中に活きていると思った。
 こうして、新しい一年が私にも始まった。

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